第37話 知らないふり
水曜の夜、ちょうど柚月と美鈴がボイスチャットをしている頃。夕食と後片づけを済ませた透子は、自室のパソコンの前に座っていた。
どうしても気になっていたことがある。
柚月とメイがコラボしていたあの配信。
もう一度、きちんと確認したくなった。
ブラウザを開き、動画サイトの履歴から「朝比奈柚葉×月城メイ コラボ配信」のアーカイブを再生する。
賑やかなOPが終わり、あの日と同じテンションのふたりの声が流れ出す。
「なに事かと思ったら『ご飯が美味しい』だって。部屋キレイになって、ご飯が美味しくて電話してくるとか、どんだけ嬉しかったん」
冗談混じりのやりとり。
柚葉の語る日常と、美鈴の反応。その軽快さ、素直な喜び。
そして、チョコレート入りのカレーの話題。
「うん。隠し味にね、チョコレート入れるんだって」
「えっ、なにそれ絶対美味しいやつじゃん!」
(やっぱり、月城メイさんは名取美鈴さんだ)
確信に変わった。もう、迷いはない。
(柚葉が紹介してくれたのだから、その信頼に、全力で応えたい。)
美鈴も、柚月も。
ふたりとも、私が二人の仕事について知っていると知らない。それなら、自分も知らないふりを通す。
そのほうが、きっと平和で、心地よい。
(知らないふりって、少し寂しい。でも——)
画面を切り替え、今度は月城メイ単独の配信アーカイブを再生する。
オープニングから、元気な声が弾けた。
『はいはーい! 今日も月城メイ、元気にまいりまーす!』
見慣れた背景、カラフルなスタンプ、チャット欄の賑やかさ。
透子は、モニターの前でしばらく目を細めていた。
配信は明るく、元気で、おしゃべりで、けれど変に飾ったところがない。
(……中身、名取さんそのままだ)
料理の話題も多かった。
『肉じゃがが得意なんです!』
『明日はビーフシチュー挑戦しようと思ってて!』
『新しいフライパン、買い替えたいんだよね~。ノンフライヤーって実際どうなんだろ?』
料理に関心があるのは間違いない。そして、その言葉の端々から、自炊を日常的にしている様子が伝わってくる。
(もしかして、舌……けっこう肥えてるかも)
プレッシャーを感じる一方で、不思議と胸が高鳴っていた。
自分の料理で、また笑ってくれたら。
家事を通じて、少しずつでも心を許してもらえたら。
そう思うと、次の水曜日が待ち遠しくて仕方なかった。
透子はモニターを見つめながら、そっと微笑んだ。
(あの人たちの暮らしを、もっと良くしたい)
自分にできることがあるなら、迷わず差し出そう。
プロとして、でも、ひとりのファンとしても——。




