第10話 洗濯物に込めた声なき願い
透子は一瞬だけ、柚月の視線の先を追った。バスルームのドアを出てすぐの場所にある洗濯機。蓋は半開きのままで、中には色とりどりの衣類が無造作に詰め込まれている。
無言。けれど、明らかに何かを訴えるような沈黙。
「……洗濯も、ご希望でしょうか?」
あくまで柔らかく、確かめるように問うと、柚月は小さく肩を揺らした。そして、一拍置いてから、かすかに頷いた。
「もちろんです。お任せいただければ、きちんと分別して洗濯いたします」
透子はそう告げ、洗濯機の蓋をそっと開ける。中からは洗いかけのシャツ、タオル、靴下など、生活感の詰まった布が現れた。
少し湿気を含んだ匂いが立ち上る。洗濯機の中で、時間が止まっていた。
「では、洗濯表示を見ながら、色物と白物で分けますね」
その説明に、柚月はまた小さく頷いた。
透子は手早く、だが一枚一枚丁寧に確認しながら、衣類を分けていく。デリケート素材のトップス、色落ちしそうなTシャツ、普段着のスウェット。
衣類の奥から、小さなランジェリーがひとつ現れた瞬間、柚月の肩がぴくりと震えた。耳まで赤く染まり、視線が床に落ちる。
だが透子は、まるで空気を読むように、一切反応を変えず、他の衣類と同じようにごく自然に扱った。畳むでもなく、無駄に見せるでもなく、ただ必要な処理として丁寧に扱う。
部屋の状態では見えなかった“日々”が、洗濯物を通して透けて見える気がした。
洗濯機を回し終え、柔軟剤を注ぎながら、透子はふと柚月に向かって声をかけた。
「乾燥機まで使用してもよろしいですか? それとも、室内干しをご希望でしょうか」
柚月は一瞬だけ口を開きかけ、それからまた迷うように視線を彷徨わせた。
「……乾燥まで、お願いしてもいいですか」
「承知しました。ふんわり仕上げておきますね」
作業の合間、ふと見れば、柚月の表情が少しだけ和らいでいた。はにかんだような、でもどこか安心しているような。
洗濯機が回る間、透子は部屋の隅に目をやった。窓際のカーテンが少しよれていて、隙間から差し込む光が床に線を描いている。
彼女は黙ってカーテンのフックを直し、窓ガラスに軽く霧吹きをかけてからクロスで拭いた。小さな手入れでも、空間の印象は変わる。
そのあいだ、柚月は声も出さずにそっと様子を見ていた。
やがて窓辺の光が柔らかさを取り戻した頃、洗濯機が停止音を鳴らす。透子は軽く頷き、衣類を乾燥機へと移した。
回転するドラムの前で、柚月はそっと立ち止まる。その小さな仕草に、戸惑いや緊張、そして少しの安心がにじんでいた。
透子はその様子に目を向けることなく、ほんのわずかに唇を緩める。
衣類がふわりと回る音と、食器が乾く静かな気配。部屋の空気は穏やかに満ち、柚月の心にも、少しずつ風が通い始めていた。




