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弱キ者、異世界ニテ。  作者: 結果として私はそこにある茶柱を世界中に配る活動をしている。
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第「序」ノ壱 [前編]

僕こと「八雲 晴」は地上にある固形物を焼き付ける太陽の下、天高く昇る太陽に屈しつつも近所の閑散とした住宅街を1人地面に挨拶しながらとぼとぼと歩いている。


普段は自宅要塞から一歩足りとも出る意思を示さない、自称“王族”が何をどうして、こんなある種「悪天候」な天気の中、1人冒険の旅に出なければならなくなったのか。


お茶を濁して体よく取り繕い、言葉鮮やかに彩る事も可能なのだが、それでは僕と言う人間を語るにはあまりに似つかわしくなく、不相応な描写をお届けしてしまう事になる。


僕としてはそうなる事は大変不本意な結末で、一枚の鏡を前にただひたすらに、自身を見つめる姿をお茶の間の皆さまには影の向こうから覗いて欲しいだけなのだ。それがスタッフ一同の願いであり、監督である僕の願いでもあるのだ。


まあ、スタッフと言っても総勢1名、クレジット名は“八雲 晴”の一行だけなのだけれど。


閑話休題。

とにかく脱線した話を元に戻すと僕が外出している理由は単純明快で、所謂「気分転換」だ。


憂さ晴らしとは少し違うけど、感情と言うか内情的にはソレに近い気分転換。


僕は世間一般的な目で見られると、場違いな逸れ者で、真っさらな画材の上に「落ちこぼれ」の烙印を押されている様な人間なのだけども、自分自身の肯定的な解釈によると、それは近からずも遠からずと言う具合の表現で「不服」と言うよりかはある種、言論を持ち合わせていない討論会のようなもので、只々「滑稽」の一言で済ませられてしまう感情になるだけだ。


この所謂「落ちこぼれ」には幾つかのパターンが存在する。少なくとも僕はそう考えている。


ここでは大まかな区分をする事で時間的な割愛とさせて頂くが、要するに「諦めの果て」にいる者とそうでない者。


この話題で重要なのは、実はこんなちっぽけな文章の「どちらに当てはまるか」では無く「自分の区分や位置を正しく把握出来ているか」と言う部分だ。


しかし、大半の「落ちこぼれ」に該当される、された人間達の大多数はこれらの問題を一切の放棄をして有耶無耶に流し、自己の整理を曖昧な形で済ませてしまう。


これは同じ「落ちこぼれ」に属する僕としては大変頂けない事案であり、同時にやるせないと言うか現実的と言うか。何とも二流の考えが頭を駆け回って、そして心のハンドルを掴んで離さない。


行動指針が見えてこない、と言うのは恐怖と言う感情的抑圧がかかると同時に進行意欲を静止させてしまう。


それは、とても悲惨な事でガラクタをガラクタのまま破棄してしまうに他ならない。









さて、ここまで自分の事を棚に上げて問題提起をしてきた訳なのだけれども、結局の所「八雲 晴」と言う人間は何処に位置した落ちこぼれなのだろうか。


不思議と答えは簡単なもので、「諦めきれない落ちこぼれ」が正当になる。


気の合う友人が欲しいし、楽しい青春だって送ってみたい。可愛い彼女だって欲しい。

年頃の男子諸君が思い描く、「普通」の日常という憧れが、頭の片隅にこびりついて剥がれない。


「八雲 晴」と言う抜け殻は現実的な黒子の姿とは裏腹に、やはり人間。一度は表舞台に立って溢れんばかりのスポットライトを浴びてみたいと願う生き物なのだ。そんなつまらない生き物であるのだ。


こんなにも中途半端な落ちこぼれは、人間にも、ガラクタにもなりきれず、只の1人で現代社会と言う孤島に取り残される、そんな悲しき業を背負いし存在になる他ない。


もはや溺死寸前の状態なのだから、たまの一時くらいは恐怖や苦しみの感情を水に流して、感情が赴くまま、羽を伸ばして世界に飛び立つ訓練をしたいと思うのもまた正常な、健全な心情なのだと思う。


「拒絶される世界が怖い」と言う負の感情が足枷になり、自宅と言う名の要塞に閉じこもって何気なくカレンダーを捲っていく日常。この日常に待ったをかけて踏み止まれる力を持っている以上、終わりの見えない輪廻を壊す為、全身全霊を尽くして立ち向かっていく。


そして本日。

都会のコンクリートのジャングルを突き進み、半ば強引な慣らし作業の決行に至った。




――まあ正直の所、こんな猛暑日にこの決断を下した事に少しばかりの後悔は生まれている訳だが。




兎にも角にも、大きな一歩の感覚を確かめながら、当てもない、終着点の見えない旅路を続けている。


何気なく映る都会の景色や、風の匂い、道端の雑草の言葉たちも僕にとっては大変大きな刺激で、細かな振動となり心身ともに伝わってくる。


今日はまだ慣らし始めと言う事もあり、何となく、直感で人との接触が発生し無さそうな場所にふらふらと着陸させているのだけれど、流石は大都会“東京”。


駅のターミナルから少々外れた商業路地。

人並み具合はと言うと、川のせせらぎを楽しむのには少々。いや、かなりの勢いで流れており、「人影無縁」を願っていた僕には中々にハードな惨状になっていた。


おかしいな。今日は火曜日で時刻は丁度、オヤツが出てくる1時間前。先程、路地の中にひっそりと姿を覗かせた児童公園にある、やや古びた時計が時刻を教えてくれたばかりなのでこの情報には大いに信憑性がある。


この情報を踏まえて、一つ疑問点が生じてきた。主婦や子供達が街並みの一角を担うのは理解出来るとして、そのカテゴライズから外れた君達は一体どこから生えてきたんだ。


今、目の前に流れている映像が謎を呼び、それは同時に僕の中での事件となった。

メディアに大々的に取り上げられるべき大惨事である。

しかしまあ、悲しいかな嬉しいかな。実質的な被害者は誰一人おらず、事件は即座に迷宮入りすることとなった。


心の中では嬉々として演劇を開演したのも束の間、ふと我に帰る。


正直な事を申し上げると、当初の予定ではもう少し長く、日が暗闇に帰り始める辺りまで訓練と言う名の冒険を満喫する腹づもりだったが、ここまで川の状態が穏やかでは無いとなると戦略的撤退も致し方ない。


非常に惜しく、心に煙が立ってしまうが、結論を包み隠さずに出してしまうと本日の冒険はこれにて終了、と言う事で可決されたのだった。

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