ジルベールの付け火⑦
「いったい……誰のためだ?」
「は?」
「誰のためだと聞いているんだ。
ダールトンと共謀しておきながら、貴様は奴に名君の称号を与えるつもりはなかろう。
今話した計画を推し進めれば国内は大混乱に陥る。
隣国のヴィルシュタインの主戦派あたりと手を組んでいるのか?
それとも————」
「残念。ハズレです。
本当にあなたは他者を高く評価しすぎだ。
故あって、利のために、欲のために……人が行動するには必ず真っ当な理由があると思われている。
ですが、私がこの喜劇を行うのに理由などありません。
あえて言うなら……喜劇がみたいために喜劇を起こすのです。
これでも若き頃は劇作家を志望していたものでね」
「そんなこと……!! 納得できるかっ!!」
「王族として生まれ育ったあなたには分からんでしょう。
あなたは常に舞台に立つ側の人間、看板役者だ。
自らの与えられた役をこなすことにしか喜びを見出せない。
私は劇作家。役者たちを意のままに踊らせ、観客の感情を狙った通りに誘導することに喜びを感じる。
あなたの想像の範囲で私を語らないでいただきたい」
想像を遥かにうわまる悪辣さ。
嗜好が理解できないということがここまで不気味だとは。
もはや目の前の男が、人間ではない……何か魔性の者であってほしい、とすら思えてきた。
治めるべき人民の中にここまで異常な価値観の者がいること自体おぞましかった。
「とにかく、あなたが納得しようがされまいが、もはや幕は上がってしまったのです。
さて……一応、本題に入りましょうか。
わざわざ、あなたはここに何をしにきたのです?」
奴のケロリとした顔を見てようやく理解した。
もはや、私の暴力や脅迫など通用しない。
奴は生きている限り、悪意をばら撒くだろう。
そしてそれは……この国の禍根となる。
拳を握りしめて、構える。
奴を殺すのには拳で十分。
シルバスタンを汚す必要はない。
「…………それは悪手ですよ、陛下。
私を殺すのならば、もっと早くにするべきだった」
「ああ、後悔している。
だが遅すぎるというわけでもないはずだ」
偏向報道を正すことも、レプラの名誉を取り戻すことも、もうできない。
私はどこかでジャスティンのことを信じていた。
平民でありながら王国議会の議員となり、大新聞社を経営するほどに有能な人物であれば、どこかに落とし所を作ることもできると……勘違いだった。
奴のいうとおり、私は他者を信じすぎていたのだ。
「いいえ、遅すぎましたよ。
オルタンシア王国の王、ジルベール陛下ならば私を殺せた。
ですが、貴方は既に正しき王ではない」
「だまれ、私は王だ。
国王として貴様を粛清する。
この塔とともに貴様の喜劇とやらは幕引きだ」
ゆっくりと一歩一歩奴に近づいていく。
自らの手で人を殺すのは初めてだ。
覚悟を決め、躊躇わないよう心を鎮めていく。
「あなたは分かっていない。
あなたがこの劇において敵役となり得たのはあなたが正しき王であったからだ。
しかし、今はどうです?
私憤に駆られて民間人が働く建物に火を放ち、何人もの民を斬り伏せた。
まるで、私がでっち上げた愚王の描写そのままだ」
後退りしながらよく喋る。
命乞いではなく非難の言葉というのが奴らしいが惨めったらしいことに変わりはない。
どんな言葉が出てくるか、一応耳を傾けていたのだが————
「知りませんか?
古今東西、愚かな王というのはロクな死に方をしません。
王としての護身の究極は王として正しくあること、なんですよ」
………………ゾッとした。
背筋を氷の刃で撫でられたかのような危うい冷たさが走る。
何故、何故なんだ?
どうしてコイツが、よりによってコイツがレプラと同じ言葉を————————っ!!?
ようやく、朝からずっと頭に上っていた血が降りてきた。
そして、レプラが王宮を去るときに残した手紙の一節が頭をよぎる。
『王は自分の身を守るために正しくあらねばなりません。
正しき王はたとえ嫌われていようと、罵られようと、刃を向けられることはないのです。
貴方様はマスコミ連中の嫌がらせのような報道とそれに踊らされた愚民どもの声に心を痛められています。
挙げ句の果てには叔父君と娘までが敵にまわってしまった。
しかし、それでも耐えている限りは身は安全なのです。
ゆめゆめお忘れなきよう————』
私はレプラの忠告を失念してしまっていた。
自分が立っていた足場がいきなり消えたかのような焦燥感が込み上がってくる。
「ああ…………アアアアアアアアアッ!!!」
悲鳴を漏らしながら、ジャスティンに襲いかかった。
嫌な予感に全身が縛られ動けなくなる前に事を成さねばならない。
だが、焦りが不安が、私の感覚を悪い方向に研ぎ澄ましているせいで時間の流れが急激に遅くなったように感じる。
鈍重な脚で重い身体を運び、どうにかジャスティンの頭蓋に拳を届かせようと進む。
————間に合えっ!!
と、願いを込めて放った右拳。
軌道上にはジャスティンの顎がある。
この腕が伸び切れば、すべてが終わる…………ハズだった。
ドッ!! と鈍い音が右肩から鼓膜に駆け上がるようにして響き、同時に襲ってきた衝撃によって私は横に倒れるようにして転がった。
この音と衝撃が奴の頭蓋を破壊したものではないことは肩に焼き付くような痛みで分かる。
「っ………ぅぅっ!!」
恐る恐る右肩を見ると矢が刺さっていた。
いったいどこから、と推測を働かせる前に答えが明かされる。
バリバリ! と音を立てて部屋の向こうの窓が割れ、そこから人が入ってきた。
気づかなかったが窓の向こうにはバルコニーでもあって待ち構えていたのか?
いや、それだけでは片付けられない。
何故なら入ってきた者たちはこの新聞社とは関係がない、憲兵隊だったからだ。
「さすがです! 憲兵様ぁ!!
さあさあ! その調子で乱心した国王を取り押さえてくださいまし!!」
嬉しそうなその声に聞き覚えがあった。
「き……さまぁ……どうして」
「どうして、ここに居るかって?
そりゃあ、社長の腹心たるもの!
危機に駆けつけるのは当たり前のことでしょう!」
憲兵隊を案内してきたと思われる男はつい先ほどまで私が連れ回していた少年だった。
おどおどした様子はなりを潜め、溌剌とした表情で私を嘲笑っている。
憲兵の放った矢はかなり深く肩に突き刺さり、右腕が痺れている。
まともに戦えない状態の私に、憲兵隊の長と思われる男は腰に下げた剣の切先を向けて告げる。
「陛下! どうか抵抗なされないでください!!
私は……貴方を斬ってでも、暴挙をお止めする責務があるのです!!」
悲壮感を漂わせながらも揺るがない確固たる意志を持った憲兵。
その崇高なる姿勢に、自分の愚かさと過ちが浮き彫りにされていくように感じて……絶望した。




