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【完結】 クラスメイトは『大切な人を救うために死に戻る能力者』  作者: 破れ綴じ
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[27:94] もう大丈夫だから

 ……う~ん。


 辻母から転送されてきた写真も、これで6枚目。

 雷門の前でピースしている辻セイラも、展望台のガラスに張り付いている辻セイラも、まさしく卒業旅行で東京を満喫している姿そのものだ。

 しかし、気になるのはどれもこれも日が高いこと。これらはほとんど昼間に撮られたものということになる。

 写真が届いたのはついさっきで、窓の外はとっくに真っ暗だというのに。


 僕にも写真を共有してくれと頼んでおいたのは正解だった……と言いたいところだが、これでは何の役にも立たないぞ。

 確かに、安否確認という意味では辻セイラと風景が写っている写真さえ送られてくればそれで十分だろう。ちゃんと現地に着いているのだし、順調に観光地を巡っているのだから彼女が楽しめているということも確認できる。だから、撮った写真をその日の終わりにまとめて送信してきても辻家の面々にとっては何の問題も無い。

 だが、僕が知りたいのは辻セイラの記憶の有無なんだ。暗号とか、現在地とかが分かるような情報が無いとどうにもできない。

 唯一夜中に撮られたであろうホテルの一室の写真は……駄目だ、窓の外が見えないから場所を特定できない。防犯意識がしっかりしていて感心するよ僕は。


「はぁ……」


 この写真が教えてくれるのは「昼間、彼女はここにいた」ということだけだ。

 今どこにいるのかは、何一つ分からない。徹底している。

 ……それにしても楽しそうだな、君。

 クレープ片手に、ずいぶん良い笑顔じゃないか。頭を打った翌日とは到底思えない。


 ……本当に、ただの旅行なんじゃないか? 

 いや、だとしたら僕の電話を2回も切る理由が無い。

 いやでも、知らない男の声を嫌がって切るのは当然で……。

 やはり、僕の勘違いなのだろうか。ループなんて起こっていないんじゃ……。


 ……。


 いや、通らない。通らないはずだ。

 家族を置いて、一人で何日も帰れない島へ行く辻セイラなんて、僕は知らない。


「(えっ、兄さん明日から東京行くの?)」


「(そうなの。急にバイトまで休んで……何が目的?)」


「(旅行にしては計画性が無いし……まさか恋人が?)」


「(まあ! うちの息子にまさかの熱愛発覚!)」


 ……聞こえてるぞ。

 恋人ではないからな。母さんが望むなら向こうでロマンスの一つでも探してみるが。

 とはいえ、何しに行くのかと聞かれると、正直僕も困る。

 東京に行くと決めたのはいい。バイトの連絡も済ませた。母さんには「ちょっと用事で」とだけ言って押し切った。だが、肝心の「行って何をするのか」が、まだ一つも決まっていない。


 1. まず、東京で探す。

 これは無理だ。写真はいつも後追いで、届いた頃には彼女はもうそこにいない。

 写真の情報から経路を辿ることも可能だが、これらが捏造写真だった場合、その方法で探すことも不可能になってしまう。

 偶然見つかるという可能性に懸けたとして……いや、そんな不確かなものに頼ってしまっていい訳がないじゃないか。


 2. 次に、連絡。

 本人の番号は繋がらない。辻母の電話を借りても、僕だと分かった瞬間に切られる。

 これは他の人物の電話からかけても同じことだ。僕に情報を流す前提で他の人に電話してもらってもいいが……もし勘付かれてしまえば、彼女はその人との連絡も絶ってしまうかもしれない。

 そしてあの辻セイラだ。僕からの差し金であるということに気づかないはずがない。

 無闇矢鱈と連絡手段を棒に振る真似をするべきではないだろう。


 3. そして、船。

 明後日、彼女は船に乗る。乗ってしまえば丸1日圏外の船旅で、着いた先は次の便まで何日も帰ってこられない島。

 そこまで行かれたらもう本当に手が届かない。その船の切符だって既に締め切りは過ぎた。

 なら、乗り場で待ち伏せるか? それも結果はほとんど同じだ。そこで情報共有できたところで、どちらにせよ僕は船に乗ることができない。結局連絡は取れなくなって、現地へ向かう彼女の手助けはできなくなってしまう。


 本当にどうすれば彼女を捕まえられるのだろう。

 早い段階で辻セイラと合流できないといけないのに、暗号から読み取れる情報量があまりにも少なすぎるんだ。

 ループでないならそれでいい。ただ、「ループではないかもしれない」という自分勝手な望みにかけて、彼女の無言のSOSを無視するような真似はしたくない。

 彼女の所在を確実に把握できて、きちんと会話する時間も確保できて、ループの内容に協力することもできる……そんな都合の良い方法があるのだろうか。


 ……う~ん。






 ……あ。


 待てよ。

 あの手段があるか? 






「(あ、電話してる。女の人かな)」


「(や、やっぱり熱愛! お赤飯炊かなきゃ!)」


「(待って、母さん! 兄さんに限って……そんなこと、あり得ないよ)」


「(えっひどくない?)」






 *






「……やっと、出航できた」


「これでもう、誰も追いかけてこられない。私一人でやるしかない」


「アンテナも……うん、0本になってる。もう電話なんてできないはず」


「大丈夫。今回はちゃんと、一人でできてる。私一人でも、大丈夫」


「……怒ってるかな、マコト。電話、2回も切っちゃったし……ごめんね」






「何で謝ってるんだ」


「……え?」


「というか、誰に謝ってるんだ。そっちには誰もいないぞ」


「…………………………は?」






 ……あ、あれ。おかしいな。

 甲板で一人佇んでたあたり、僕のことを待っていたのかと思ったんだが……。


「な、なんで……どうして、ここにいるの。予約は、締めきってたはずじゃ……」


「三好ルナの力を借りたんだ。彼女の家は裕福で……いや、君なら当然知っているか」


「……ルナ、が?」


 そんな怪訝な目をされても。

 ちゃんと正規の手続きを行ったぞ。そこは僕もきちんと確認した。


 予約が閉め切られている船とはいっても、まだ空き部屋が出る可能性は十分にある。

 しかし、キャンセルを待つ訳にはいかない。それは結局偶然に頼る方法であって、キャンセルが出ない可能性を考慮していないからだ。手段として有用なのは、出発直前にならなくても「空きがある」と明確に把握することができるものでなくてはならない。

 そしてその手段はキャンセル以外に存在する。


 それは──旅行会社のツアーだ。


 旅行会社はおがさわら丸の往復と島の宿をセットにしたツアーを売っている。だから、船室の枠を予め一定数押さえていることが多い。個人予約の締め切りが過ぎていても、ツアーとしてなら売ってもらえる余地があるということだ。

 ツアーであれば空き枠があるか否かは事前に知ることができるし、直前まで「キャンセルが出ますように」と祈らなくても良い。


 そしてこの手段であれば、満たすべき要件を全て解決できる。

 1. 辻セイラは小笠原に行くんだから、確実にこの船に乗っている。

 2. 会話する時間も十分ある。目的地までの船の上で急ぎ回る用事もない訳だし。

 3. その上、島での宿もツアーに付いてくるから、ループの協力も可能という訳だ。


 安い枠が全部埋まっていた時は驚いたが……いやあ。金の力とは偉大なものなのだな。

 あの時、「困ったことがあったら頼ってくれ」と手を差し伸べてくれた三好ルナには感謝しかない。かなり時間はかかるだろうが……必ず代金は全額返さなくては。


「ツアーのプランで一番高い部屋を取ったんだ。値段を見た時は気が遠くなったが、三好ルナが即決してくれてな」


「……ぁ」


「おかげで僕は今、身の丈に合わない部屋に一人だ。ベッドが二つもあって、どちらで寝ればいいのか分からない」


 それよりも、僕が気になるのは君の反応の方だ。

 おかしくないか? 


 僕の予想では、ここは「遅い」と文句の一つでも言われるところだった。

 あるいは、彼女がそんな素直な労い方をするとは思えないが「よく解けたね」くらいは。

 とにかく、もう少しこう、暗号を解いて合流して来た協力者を迎える空気になると思っていたんだが……今の彼女は、僕がやって来たことを驚いているように見える。


 ……もしかして、僕が着くのが遅かったのだろうか。

 もっと早い段階で、それこそ東京にいる間に合流しろという意味だった? 彼女としては東京にいる間に合流する予定で、東京の方でやってほしいことがあったとか。

 そういった意味合いの暗号が、あの写真のどこかに、何か仕込んであった? 

 だから、間に合わなかった上に、船の上にまでやって来た僕を見て驚いている……とか。


「……その、すまない。東京で合流するべきだったか?」


「………………だ」


「だ?」






「……誰?」


「ん?」






「そんな、真似までして……マジでストーカーじゃん。通報してほしいの?」


「いつまでそんな芝居続けるつもりなんだ。本当に記憶喪失って訳じゃないだろう?」


「キモ……」


「キモって」


 第一、ここ圏外じゃないか。

 どうやって通報するんだ。


 というか、やっぱりループだったんだ。どうして早く僕に相談しなかったのか。

 さっきまでの一連の流れで君の記憶喪失は虚偽であると確信が持てて安心していたところだったんだぞこっちは。


「君の主張だと、記憶喪失期間は高二の春からだろう。それ以前から僕達は罵り合う仲だったんだが、『誰?』とはどういうことだ?」


「っ……なんでそんなヤツの顔覚えてるの。こっちは興味無いんだけど」


「そもそもさっき思いっきり『マコト』って聞こえたからな。僕を九条ノドカみたいなポンコツだと思わない方が良いぞ」


「……『誠』って言っただけ。アンタの名前なんかじゃない」


「誠にごめんなさい? そんなキャラじゃないだろう君」


「うっさい……!」


 ……いよいよ変だな。

 意味が分からなくなってきた。


 芝居はもう完全に崩れている。記憶喪失が嘘であることは自明だ。

 それでも意地のように続けて……辻セイラはそんな非効率的なことをするような人間では無かったはず。

 暗号なら、合流した時点で続ける意味は無い。それでも続けるなら、芝居を向けている相手は僕ということになるが……どうして協力者の僕を? 

 ループ中なら、僕を遠ざける意味は一切無いだろう? 


 確かに、これがただの観光旅行であれば僕はとんだストーカーだろうさ。

 妄想に囚われて、言われてもいないのに場所まで特定し、強引に予約を捻じ込んだ……どう考えても異常者でしかない。君が避けるのも当然だろう。


 しかし、事実僕は異常者ではない。

 君もそれは分かっているはず。避けるのは筋が通っていない。


「……もういい。部屋戻るから」


「部屋は違う階だが、行き先は同じ島だぞ」


「っ! ついてこないで!」


「待ってくれ、ならせめて暗号の続きを……」






「なんで来たの! 来ないでっ……一人でやるって、言ったでしょ!!」






 待ってくれ。

 なんだ、その言い方は。


「……ち、違う。今のは、違うから」


「違うって」


「言ってない。そんなこと、私、言ってない……!」


 いや、言ったぞ。

 今、大声で。


 ……『一人でやる』というのは、カリン伝手に届いた、あの伝言だよな。

 いやでも、あれは……九条ノドカのループが終わった後の話だろう? 

 地震は最初から無かったことになって、九条ノドカは生きていて、僕は報告のメモまで送った。上手くいったんだ。間違いなく。

 なのに、その直後に「次からは一人で」? 僕は、何かの暗号だと思ったのに。


 違ったのか? 

 ループが解決したと伝えた後も、カリンは「元気が無い」と言っていた。僕はてっきり、九条ノドカが『大切な人』になってしまったことを受け止めきれていないんだと、そう思っていたんだが。

 やっぱり、僕が何かしてしまったのか? 

 上手くいったと思っていたのは僕だけで、本当は、どこかで何か取り返しのつかないことを。


 じゃあ、僕が暗号だと思って読み解いてきたものは、全部──


「記憶喪失だって、言ったじゃん……! なんで信じてくれないの! アンタのことなんて、知らないんだってば……!」


 やめてくれ。

 そんな顔で、そんな嘘を繕わないでくれ。

 声も上ずっているし、半分泣きそうになってるじゃないか。信じてもらうことに必死すぎて、かえって嘘だと証言しているようなものだぞ。

 どうしてだ。そこまでして、どうして僕に忘れてほしいんだ。


「お願いだから……信じてよ……お願いだから、帰って……」


「帰って、と言われても……」


 この船は丸1日、どこにも寄らない。島に着いたら、帰りの便は何日も先だ。

 そんなこと、僕より君の方がよく知っているはずだろう。この船の予定を組んだのは君なんだから。

 知っていて、それでも言うのか。

 それしか、もう言えることが無いのか。


 何か返さなければ。でも、何を言えばいい。

 帰れない、と言うのは簡単だ。

 帰る気も無い、と言うのも。

 だが、今それを言ったら、本当に彼女の何かが折れてしまう気がする。


「……じゃあ、せめて」


「……」


「島では、私に関わらないで。協力は、もう終わり。もう……いいから」


 もういい、って。

 何がだ。何が、もういいんだ。


 協力のことか? 

 一人で辻母を助けられると思って、駄目で、僕のところに来て「助けてほしい」と言った君に、僕が「約束通り、協力する」と返した。あの日からの全部のことか? 

 それを、君の方から、もういいと? 


 ……待ってくれないか。それは困る。

 僕はまだ、何も終わったと思っていないんだが。


 だって君は、ついさっき一人で「大丈夫」と言っていたじゃないか。何回も。

 大丈夫な人間は、あんなに何回も言わないだろう。

 あれを聞いた後で、「はいそうですか」と引き下がれる訳がない。

 それは君だって分かっているはず。


「……理由を、聞かせてくれ」


「……」


「筋が通っていれば、僕は引く。君の邪魔をしたい訳じゃないんだ」


 嘘じゃない。

 筋が通っていれば引く。今までだってそうしてきた。

 ただ、今の君の言うことに、筋が通っているようにはどうしても見えない。


「言える訳ないじゃん……アンタにだけは……」


 僕にだけは? 

 何故だ。僕だけが聞けない理由って何だ。

 三好ルナの電話には出る。辻母にもカリンにも、写真を送って大丈夫だと言っている。それなのに、僕にだけは何も言えない? 僕に関係あることなのか? 僕が何かしたのか? 

 僕が口を滑らせるとでも思っているのか。それとも、僕が聞いたら反対するような何かなのか。

 ……いや、反対されるのが嫌なら、黙っていればいいだけだ。わざわざ記憶喪失まで用意して、僕との連絡ごと断つ必要は無い。

 君がやっているのは、隠し事というより、僕そのものを遠ざけることじゃないか。


 ……駄目だ、全然分からない。

 あの時の涙も、伝言も、今の「アンタにだけは」も、全部どこかで繋がっている気はするのに、どこで繋がっているのかが見えない。

 分からないが、ここで引くことが間違っているのは、分かる。

 だから、せめて。


「なら、島では離れていてもいい。君の邪魔はしない。ただ、何かあった時にすぐ駆けつけられる所にいさせてくれ」


「……それも、駄目なの」


「どうして」


「駄目なの……アンタが、近くにいるだけで……」


 近くにいるだけで? 

 邪魔をするからでも、足を引っ張るからでもなく。いること自体が駄目? 


 ……待ってくれ。その避け方はまるで、『大切な人』に対するものじゃないか。

 大切な人を守るために、大切な人を増やさない。距離を取って、何も話さないで、一人で抱える。初めて協力関係を結んだ時、君が自分で選んでいたやり方そのものじゃないか。

 それはおかしい。僕は、君が嫌いだから選ばれた協力者だ。嫌いだから大切にならない、嫌いだから安全に使える。そういう理屈で、君は僕を選んだはずだろう。

 あの旅行で新しく『大切な人』になったのだって、九条ノドカの方で……。


 ……なら、何なんだ。

 僕が近くにいると、何が駄目になるんだ。


「……なんで」


「辻セイラ?」


「なんで……今回こそって……今回こそ、ちゃんとできるって、思ったのに……」


 今回こそ。


 ということは、一人でやろうとして、駄目だった回が何度もあるということ。

 その駄目だった理由が……「近くにいるだけで」の僕? 

 覚えていないだけで、前の周の僕も、今日みたいに君を追いかけてきたのか? 

 ……まあ、僕なら追いかけるだろうな。暗号だと思い込んで、記憶喪失を見破り、周囲に頼み込んで……絶対に変わらず同じことをするだろう。


 というか、どうして急にそんな平らな声なんだ。

 泣いてもいない。怒ってもいない。さっきまでずっと感傷的だったのに、まるで何かを諦めたような……。






「……もういい」






「待て、辻セイラ」


「今回は、もういいや。これ以上マコトと一緒にいたら、私、離れられなくなる」


 何だ、それ。

 なんで、刃物なんか。


 ……マズい! 


「──っ、やめろ!」


 ──ガシッ! 


 危ない! 

 あ、危なかった! この女、自分の首を刺そうと……! 


「っ、離して!」


「離す訳がないだろう! 何するつもりだったんだ君は!」


「戻るの! もうマコトを巻き込みたくないから、今度はもっとちゃんと──」


「戻る!? そんなことができると思っているのか!」


「へ……」


 っ、この女……! 

 そうか、ようやく分かったぞ。辻セイラが何を考えているのか……! 


 この女、自殺ループを繰り返しているんだ! 


 死に戻りの能力には、『大切な人』を救う上で致命的な弱点がいくつもある。

 1. 自分の意思で自由にリセットできないこと。

 2. 解決した場合、その周で起きた出来事を取り消せないこと。

 3. 行動次第で周の終わりが変動し、いつ終わるか読めないこと。

 4. 危機的状況に陥ってもタイムリミットまで待たなければいけないこと。

 5. 戻るためには、『大切な人』が死亡する事実を受け止めなければいけないこと。

 とにかく、能力者本人に都合の悪いカス能力だ。


 だが、自殺ループはこれらの問題全てを解決できる。

 自殺ならタイムリミットは『大切な人』の死ではなく、自分の意思で決められる任意のタイミングへと変化する。結果として、望む情報を得た瞬間でも、新しい解決法を思いついた瞬間でも、取り返しのつかない事態になってしまった瞬間でも、自由にリセットが可能になってしまう訳だ。精神的にも、残り時間を全て無視できるのは都合が良いだろう。

 先のことを気にしなくてよくなるから普通ならできない過激な方法だって試すことができる。「もし解決してしまったらこの影響が残ってしまう」というリスクを完全に削除できるのはとてつもない強みになる。

 たとえ「一人でも」、取れる選択肢が無限に増える、仕様の裏をかいた使い方だ。


 実際、今の刃物を取り出す動きは全く無駄が無かった。

 彼女は何らかの理由で「一人で」解決しなければと思い込むようになり、この自殺ループを何度も繰り返して、効率的に情報収集を行っていたということだ。

 手元が震えた様子すら見せなかった。果たして何周したのか分からない。


 だが。

 そんな、そんな方法は……。


「ど、どういうこと? だって私、実際何度も……」


「いいや、次戻れる保証はない! 君は自分の能力を忘れたのか!」






 ──「あったりまえでしょ。自分だって『大切』じゃない」






「自殺を繰り返せる人間が、自分を『大切な人』だと認識できるのか!!」


「……ぁ」






 ──カラン……


「わた、わたっ……私……」


「今までそれが通用したのは、君が自分の死に少なからず抵抗を持っていたからだ。しかし、今の君はまるで抵抗しなかった」


「……じゃ、じゃあ、私……つぎ、次は……」


 そうだ。

 君自身が言ったんだ。

 自分だって『大切』だから、自分が死んでも戻れるんだと。

 なら、自分の首に迷わず刃物を向けられる今の君はどうなんだ。


 自分を大切だと思えている人間が、あんなに速く刃物を首に持っていけるものか。

 何回目からそうなった? 10回目か? 20回目か? 

 もうとっくに越えているかもしれない。

 今のが、本当に最後の一回になっていたかもしれないんだぞ。


 ……冗談じゃない。

 そんなことを考えたら、ますます君を見捨てられる訳がない。


「なんで……なんで、そんなこと言うの……せっかく、上手くできるようになったのに……一人で、ちゃんと……」


「死ぬのが、か? それを上手いとは言わない。言ってたまるか」


 確かに、まだループはできるかもしれない。

 僕が今言った仮説だって、必ずしも事実とは限らない。

 君だけは特例で、自殺でもループが確定しているのかもしれない。

 これからも数百回自殺を繰り返せば一人でループを脱せるのかもしれない。

 自分のことがどうでもよくなったって、能力は君を離してくれないのかもしれない。


 しかし、そうではない可能性だってある。

 ループが起こらない可能性が少しでもある以上、こんな方法を試すべきじゃない。


 ──ぎゅっ……


「離して……お願いだから……」


「嫌だ」


「なんで……」


「嫌だと言っている」


 何回言われても離さないぞ。

 君が自分を大切にできないなら、せめて僕が止めるしかないだろう。


 ここで君を見捨てれば、僕はきっと後悔する。

 ただ、自分の芯を貫き通せなかったからとか、ループが起こらなくなったとか、君の『大切な人』を守り切れなくなったからとか……それもあるが、それだけじゃなくて。


 君がこうして苦しんでいるのを、見ないふりしていたくないんだ。


「……どうして。どうして、そこまで……?」


「……」


「こんな、海の上までついてきて……」


「……」


「面倒事にばっかり巻き込んで、怪我だってさせて……」


「……」


「なのに、悪態ついてばっかりの、こんな私に……」


「……」


「どうして、見捨てずに、ここまでしてくれるの……?」






「君とそう、約束した。ただそれだけだ」






「……ぅ、うわ、あああああん!」


「おおっと」


 危ない、後ろに倒れるかと思った。

 ここが手すりの近くじゃなくて本当に良かった。


 しかし、あの辻セイラが……声を上げて泣いている。

 僕の前ではいつも不機嫌そうで、嫌いだ、大嫌いだと言い続けてきたのに。

 ここまで号泣しているのは祖母の時以来か? 

 何周分の我慢だったんだろうか。


 刃物も後でちゃんと回収しておかないとな。海に放り込む訳にもいかないし。

 今になって、手の甲がじんじんしてきた。

 これ刃渡り何cmだ? 6cm超えてないか? 

 後で銃刀法違反の説教もしなくては。


 でも、止められた。


 きっと彼女は、僕が『大切な人』になることを恐れ、これ以上頼れないと思ってしまったんだろう。

 今、こんな反応を見せているということは、今までの僕は一度も間に合わなかった──つまり、何度も辻セイラの自殺を止められないでいたということ。僕を頼れないばかりに、あと少しで取り返しのつかない状況にまで追い込まれてしまっていたということだ。

 だが、それもこの周で終わり。


 今回は、ちゃんと間に合った。


「……ごめん……ごめん、マコト……ダメだった……一人じゃ、ダメだった……っ」


「分かった」


「この、ループは、WPPO使っても、どうにもならなくてっ……」


「大丈夫だ。いつも通り、協力する。そういう約束だ」


「わたっ、私、どうすればいいかっ、わか、分からなくて……」


「安心しろ。そのために僕がいるんだ」


 だから。

 安心して、僕を頼ってくれ。






「教えてくれ。今、何周目だ?」

感想やご意見をお待ちしていますのでよろしければ……(´・ω・`)

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