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クラスメイトは『大切な人を救うために死に戻る能力者』  作者: 破れ綴じ
21

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36/59

[21:20] 二人の力が合わされば

 ……「私、キレイ?」って。


 誰だ。

 今のは辻セイラの声じゃないよな。

 彼女は僕の隣で、まだ実験の段取りを考えている最中のはずで──じゃあ、僕の肩を叩いたのは誰なんだ。


 両手はこの段ボールで塞がっていて、咄嗟に振り返ることもできない。

 大体、こんな夜に見知らぬ人間の肩を叩く用事なんて何がある? 

 道を聞くにしたって、まず「すみません」が先だろう。

 それで聞く質問が「私、キレイ?」って。


「……っ」


「瀬尾……誰、この人」


「さあ……」




【私、キレイ?】




 ……女? 


 長い髪、白いマスク、この季節に分厚いコート。

 というか、こんな時間の駅前で声をかけてくるにしては、距離が近すぎる。

 なんだ? この人は。

 九月の夜にマスクは別に違法じゃないが、声をかけた側が続きを言わないのはどういう了見だ。


 ……あっそうだ! 

 今朝の母さんが忠告してたじゃないか。駅前の不審者の……この人か! 


 まずい、確かに駅の近くまで来ていたが、本当に出会ってしまうとは。

 やはり母さんの言葉はちゃんと聞くべきということだ。悪かった、母さん! 


 とにかく、まずは辻セイラを庇わ──


「綺麗なんじゃない。てか人にそういうの聞くの、やめた方がいいよ。自分で決めるものでしょ」


「っ、おい!」


「え、な、なに!? 聞かれたから答えただけで──」


 聞かれたからって答えるな! 

 いつもの冷静沈着な危機意識はどこに行ったんだ! 


 い、いや、それよりもだ。

 夜。マスク。挙句の果てには「私、キレイ?」。

 ……まさかとは思うが。


 これって──『口裂け女』じゃないのか。


 とにかく有名な都市伝説。

 街行く人に「私、キレイ?」と声をかける。

 否定すると即座に手に持った医療用ハサミで襲われ、殺される。

 肯定するとマスクを外し「これでも?」と再度質問。ここで否定すると同様に殺される。

 逆にそれでも肯定すると「貴女も同じ口にしてあげる」と、相手の口を切り開く。


 勿論、「怪談に便乗した悪戯」の線だってある。

 驚かせて動画でも撮っているなら、軽犯罪法あたりと相談してもらうことになるが。

 この世界は能力者が存在する世界。あり得ないとは言い切れない。


 なのにこの女……! 

 口裂け女ぐらい知っているだろうに、どうしてこうも迂闊な真似を──




【──マタ3日後ニ、会イマショウ。オ嬢チャン】




「へ?」


「……は?」


 ……3日後? 


 違う。おかしいぞ。

 やっぱり、偽物なのか? 


 伝承通りなら、「キレイ」の肯定は正答じゃない。

 マスクを外して「これでも?」と続くのがお決まりのはず。その定番が来ない上に、「また3日後に会いましょう」ってなんだ。




【次、ソコノ貴方】


「……ッ!」


「え、なにこれ」


【顔、キレイ?】






「ふ、普通だ! 普通、です!」






「(ちょっと! 何言ってんのアンタ!? そんな言い方!)」


「(何って、なんだ! こんなのどう見ても口裂け女だろう!)」


「(く、口裂け? なにそれ。マスク取らなきゃ分かんないでしょ)」


「(知らない……だと!?)」


 この女、都市伝説とか興味ないのか!? 

 まあ確かに興味無さそうだが! 


 い、いやでも! 

 僕の判断は間違っていないはずだ。


 ここで逃げの一手は打てない。

 偽物の可能性だってあるが、もし相手が本物の口裂け女なら、伝承では100mを6秒で走る俊足という話だ。箱を抱えた僕と、さっきまで箱を運んでて体力が落ちかけている辻セイラじゃ、まず逃げ切れない。

 逆にただの悪戯なら、そもそも逃げる必要自体が無い。


 なら、どちらのケースでも損をしない手は一つ。問答に付き合うこと。

 相手が「本物」だと仮定した場合の正答なら、履修済みだ。

 肯定すればマスクを外され、否定すれば刺される。

 だから評価そのものを保留する、曖昧な回答で混乱させている間に撤退する──それが伝承の攻略法のはずだ。


 ……直前の辻セイラは、思いっきり肯定して見逃されているのが気になるが。

 だが、目の前の存在が本物かもしれない以上、こっちだって無意味な選択肢は取れない。


「(おい、行くぞ。辻セイラ)」


「(う、うん)」


 幸い、あの女も無反応だ。

 マスクの下で混乱しているのか。そのまま僕達を見逃してくれれば、全て片付く。帰り道にこんなアクシデントが起こるとは思わなかったが、なんとかなりそ──




【──貴方、脚ハ要ル?】




 ──脚? 


 は? 何を言っている? 

 待った、どういうことだ。口裂け女はそんなこと聞かないぞ。そんな伝承は聞いたことがない。なんでそんなこと聞く。

 いやだが、答えるべきか? 質問してきているということは、僕をまだ捕捉しているということ。辻セイラは見逃したのに、どうして僕だけ……というか、この質問どこかで……。


 ……い、いや! 答えるのが先だ! 


「要る、要るぞ。要るに決まっている」




【貴方ノ手ヲ寄越セ】




「っ、今使っている! 見れば分かるだろう! ほらこれ!」


「(ね、ねぇ瀬尾! なにこれ、なんで逃げないの!)」


「(逃げられないんだよ!)」


 どうなってるんだ、この問答! 

 何なんだ! 


 姿はどう見ても口裂け女だ。一問目の問いだってそうだった。

 なのにどうしてさっきから、足が必要かだの、手を寄越せだの。そんなことを聞いてくる口裂け女の伝承なんか聞いたこと無いぞ! それはまるで、口裂け女じゃなくて、まるで……。

 というか、そもそも脚なんか欲しいからって何を……えっ。


 脚、ない。

 下半身、ない。


 ……えっ? 


 ……!? 




【私ノ話、誰カラ聞イタ?】




「カシマさん!」




【カシマサン?】




「カシマレイコだ! 仮面のカ、死のシ、悪魔のマ、霊のレイ、事故のコ!」




【私ノ脚ハドコニアル?】




「名神高速道路だ。そこにある!」




「(えっなになに。アンタさっきから何言ってんの!)」


「(頼むから今は黙っていてくれ!)」


 何故だか知らないが、この質問──仮死魔霊故のものだ! 口裂け女じゃない! 


 どういうことだ? どうして口裂け女が仮死魔霊故の質問をしてくる? 

 仮死魔霊故は列車事故で下半身が切断されて死亡した幽霊のはずだ。口裂け女と何の関係がある。何もないだろう。訳が分からない。


 しかし生憎だが、僕は仮死魔霊故の対処法だって知っている。

 もし「この話を誰から聞いた?」と聞かれれば「カシマさん」と答え、その漢字を述べればいい。「私の脚はどこにある?」と聞かれれば「名神高速道路」にあると答えれば正解のはずだ。


 この問答に失敗すれば、確か手足を奪われ殺されるはず。

 正解を言えた場合はそのまま去って行き、何も起こらない……そういう内容だったはずだ。


 どうして目の前の下半身が無い化け物が「口裂け女」と「仮死魔霊故」の質問をしてきたのか、意図は読めないが──一応、僕はこれで全問正解しているはず。

 目の前の彼女は、消え去る。伝承通りなら、そのはずだ。


 その、はずだ。




【……】


「……?」


【……】




 ……動かないぞ。


 いや、何でだ。おい、どういうことだ。

 何一つ間違えてなかったはずだ。残り起こるイベントは「目の前から消え去る」一択じゃないのか。どうしていつまでも動かない。なんでずっとこっちを見てる。

 おかしいだろ。こっちは規定通り、全問履行したんだぞ。それなのにそっちが「見逃す」の履行を渋るのは、契約として不当じゃないか。誠実な回答者に対して、あまりに信義則違反じゃないのか。


 動かない。

 動かない……。

 動かない……! 


「(せ、瀬尾! 逃げよ! 逃げるよ!)」


「(……ッ!)」




【オ前ノヲ使ウ】




「──ポマード!! ポマード、ポマード!!」


【ヒゥ】


 ……ッ! 

 怯んだ!? 嘘だろ、本当に効くのか!? 


 とにかく! 今は逃げることが先決だ! 

 コイツ今、「お前のを使う」って言ったぞ! ちゃんと全問正解したのに! 意味分からない! 君はそんな怪異じゃないだろ! てかなんで怪異が普通にこんな場所にいるんだよ! 


 しかし、ポマードが効くなら遠慮する理由も無い。

 ついでに両手のこれは、確か借り物の精密機器で──ええい、非常時だ! 


「三好ルナ、すまない! 弁償はする!」


 ──ガシャッ!! 


「走るぞ辻セイラ!!」


「はぁ!? ちょっ、モニター!! アンタ何投げ──」


「命より安い! ああもう、抱えるぞ! 口閉じてろ!」


「キャッ!? えっ、ちょっうわっ!?」


 とにかく、明るい場所! あるいは警察署だ! 

 今、僕達は確実にあの口裂け女モドキに目をつけられた! 


 とにかく逃げろ、逃げるんだ! 






 *






「ちょっ、瀬尾! アンタ説明! 何あれ! 何なのあれ!!」


「分からない! 多分口裂け女と仮死魔霊故がごっちゃになった存在だと思うが!」


「はぁ!? 何それ! なんでそんなもんがあんな場所にいるの!」


「知らん!」


 というかなんでこんなに人がいないんだ! 

 夜とはいえまだ10時前後だろう! どうしてこんなに大声出して走り回ってるのに誰も何も言わないんだ! 人一人抱えて走るって結構大変なんだぞ! 夜中に女性を抱えて全力疾走する男なんて通報して当たり前じゃないのか! 


 説明してくれ。人間の悪戯なら、そもそもこの速度で追っては来られない。

 伝承通りの怪異なら、正答とポマードでとっくに終わっているはずだ。

 大人でも警察でも通行人でもいい……どうして今夜に限って誰も居ない! 


 第一、あれは何なんだ? 

 質問内容は口裂け女と仮死魔霊故。「ポマード」で怯む癖に、普通だと言っても消えてくれない。漢字で名前を答えたし、脚がどこにあるかも教えたのに去っていかない。

 口裂け女は混乱している隙に逃げ出すのがセオリーじゃないのか。

 仮死魔霊故は正解を知っている人間には満足して去るのがセオリーじゃないのか。


「てか、なんでアンタんなこと知ってんの!」


「昔から母さんが怪談好きだから調べたんだ! ネタバレしないように、答えだけ先に知っておこうと!」


「なにそれキモ! 努力の方向性おかしいって!」


「何だ君あの女の方にぶん投げてやろうか!?」


 納得がいかない! 人が趣味と家族愛を両立させた結果を捕まえて、キモとは何だ! 

 ……いや、今はいい。今はどうでもいい! 


 とにかく、あれは能力でできた存在なのは間違いない。

 こんな時期にコートとマスクで、漂っている気配からしてどう考えても只者じゃない……挙句の果てには『下半身が無い』女性だぞ。これが普通であっていい訳がない。どう考えても物理法則や人体のルールを無視している。能力以外に説明がつかない。

 大方、『怪異を二つ混ぜ込んで具現化する能力』……とか、そんなところか? どうして今このタイミングなのかとか、なんであのチョイスなのかとか、そもそも本当に二つなのかとか……気になることは山ほどあるが、ただでさえ死に戻りで厄介なことになってるのにこんな面倒なことに巻き込まれるとは! 


 ──そうだ、通報だ! 

 バイト先……は近いが、まだ店長がいる! 少し遠いが、向こうの方向ならそのまま一直線で交番まで辿り着くはずだ。その間、辻セイラに通報してもらえば少なくとも身の安全は確保できるはず──




【ォォォォォッ!】





「──瀬尾! ねぇ、来てる! アイツ、追いかけて来てるっ!」


「っ!?」


 冗談だろ、何の足音も……ああそうか脚はないんだった! 

 なんでポマードって言ったのに追いかけて来るんだ! 地域差か!? 

 だいたい、アレには下半身が無いのに100mを6秒、どういう理屈で迫って来るんだ! 肝心の脚は名神高速道路に置いてきたくせに、走力だけ据え置きなのか! 


 ああもう、本当にその速度で追いかけて来てるなら僕達なんか秒で捕まってしまうぞ! 

 だがどうする、僕はもう息が上がって、何かを叫ぶだなんて……。


 ……! 


「辻セイラ、『ポマード』と言え!」


「は? なに!?」


「ポマード、整髪料だ!」


「そういうことじゃない! っ、ポマード! ポマード!!」


 頼む……効け、効いてくれ! 




【フ……】


 ……ん? 


【ォォォォォッ!】




 ……効いてない!? 

 嘘だろ!? 僕の時は怯んだのに! 


 一度使われて慣れたのか? それとも最初から効いてなどいなくて、あの【ヒゥ】は全く別の何かだったのか? 駄目だ、材料が無さすぎて判断がつかない! 

 ああもう、伝承なら注釈まで用意しておいてくれ! 『効果は一回限り』だとか『慣れると危険』だとか、そこは大事なところだろう! 散々有名になった天下の怪談の実績を持っている癖に、看板に対処法まで偽りありだっていうのか! 


「なら『カシマさん』だ! 三回唱えろ!」


「か、カシマさん、カシマさん、カシマさんっ!」




【ォォォォォッ!】




「……ダメ! ちょっと遅くなった気がするけど!」


「ふざけるなよ!」


 駄目だ、消えてくれない! 

 効いたとしても精々嫌がらせ程度……決定打にならない! 

 なんで遅くなるだけなんだよ! 遅くなったところで60km/hが55km/hになったとかそんなんなんだろう!? こっちは全力で走ってせいぜい20~25km/hが限界なんだぞ! 1kmぐらい初期位置が離れていないと割に合わない! 


 交番までは……まだ遠い! このままじゃ辿り着く前に追いつかれてしまう! 

 でも、辿り着いてどうするんだ。交番に着いて警官に頼み込めば倒してくれるとでもいうのか? 拳銃があればどうにかなる相手なのかあれは。無駄に犠牲者を増やすだけじゃないのか。

 いやそれでも、交番まで着けばWPPOに直接連絡してくれるはずだ。雷も台風も地震も、数字現象から夏終わりの残暑にまで対応してくれる組織だぞ。そこまで行けば確実にあんなもの倒してくれるはず。


 でも、逃げきれなかったらどうなる? 

 確かにあれは明らかに伝承の存在と異なる。捕まっても悪いことは起こらないかもしれない。「段ボール落としましたよ」って言ってそのまま去ってくれる優良怪異の可能性だってゼロとは限らないんじゃないか。


 あっでも「お前のを使う」とか言ってたな。

 絶対無理だ。怪異が「襲う条件は都合悪くなってるけど、襲う内容については普通のものだから安心してね」なんて言う訳がない。


「ポマード! ポマードッ! カシマさん!!」


「はぁっ、はぁ……はぁっ……」


「ッ、瀬尾、もう、すぐ後ろに……!」




【私ノコトヲ、知ッテイタナ?】


 じゃあ僕は──ここで死ぬのか? 




 ……嫌だ。

 嫌だ嫌だ、絶対に嫌だ! 

 名前も正体も半端な奴に、こんな路上で! 


 冗談じゃない。僕達は今死に戻り問題に直面していて、こんな意味不明な存在に追いかけまわされている場合じゃないんだぞ。

 それに、本当は今頃、家に帰って母さんとアラタと怪談番組を見る約束までしてるんだ。怪談ならそれで十分。どうして母さんとの一時を犠牲にして、こんな謎の化け物なんかのために時間を使わなくちゃならない! 


「というかそもそも、なんでこの化け物はルールを守らないんだ?」


「えっ」


【エッ】


 確かに、伝承は必ずしも正確とは限らない。

 現実はもっと理不尽かもしれないし、そもそも怪異なんて実在しないんだから現存しているルールに従うべきというルールも無い。こちらの都合を求める方が傲慢というもの。


 でもどうせ君、能力から生まれた存在だろ? 全く知らない見た目や性質してるならまだしも、口裂け女の見た目して仮死魔霊故の質問してくるんだろ? じゃあ、本当に存在してる怪異じゃなくて、既にある伝承をベースに形作られてるってことだろう? 

 じゃあ元の伝承に従えよ。何自分の判断で既存のルールを逸脱した動きを見せてるんだよ。君はもう何年この伝承やってると思ってるんだ。対処法知ってる人間に出会ったら、都合が悪くなって全部反故にするのか? 何か恨みがあって今の姿があるんだろう。そこのスタンス曖昧にしてどうするんだ。怪異の恥さらしが。こんなもの見ても瀬尾家の面々は低評価押すだけだぞ。


 なんだか腹立ってきた。

 なんだこいつ。


「第一だな! 君は口裂け女か仮死魔霊故かどっちなんだ! 都市伝説の怪異なら伝承のルールに従えよ! 微妙なところだけ横取りして何様なんだ君は──」






 ──ズバアァァン! 


 へっ。

 あれ、僕、なんで、地面に──


 あっ、死──


 ──ザシュゥッ! 






「……え? 瀬、尾?」


「あ……あ……脚、が……」


「な、なに、やってんの……アンタ、何、殺され……」


「ま、待って! こっち来ないで! 死にたくない!」


「瀬尾! イヤっ、せおっ、たすけ──」




【オ前モ、私ヲ知ッテシマッタナ】




「──て」






 *






 瀬尾家は今日も平和だ。


 ──『続く残暑。WPPO日本支部は平均気温を3℃下げることを検討し──』


 ──『駅前で住民に声をかけて回る不審な女性の目撃情報が相次いでおり──』


 ──『暑さを乗り切ろう! 今回は有名な怪談語り屋・宵坂ヨミさんにお越し頂き──』

感想やご意見をお待ちしていますのでよろしければ……(´・ω・`)

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