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【完結】 クラスメイトは『大切な人を救うために死に戻る能力者』  作者: 破れ綴じ
おまけ(後日談)

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宮野ハルキとスピーチ

 今日のテストも100点だった。

 小学四年生というのはまだまだ内容が簡単らしい。


 これで今日も母さんが喜ぶ。何度100点を取っても毎回沢山褒めてくれる。

 たまに家に来るよく分からないあの男も僕を気味悪がる。

 良いことしかない。

 今日も100点良かった。


「瀬尾くん」


「なんだろう、宮野ハルキ」


「今日のは僕の方が字がきれいだったからね。速さなんて関係ないから」


「また言っている……」


 別に速さなんて関係ないと思う。あっそう言ってるのか。

 彼にはこの前クラスが一緒になってから、目をつけられたのか、ずっと絡まれている。

 友達になりたいんだろうか。友達ならいくら増えても歓迎なんだが。


 今日の算数のテストも、僕と宮野ハルキは二人とも100点だった。

 同じ100点なんだから差なんて無いと思うんだけど、宮野ハルキは僕の方が早く解き終わったことが気になっているみたい。

 彼は遅いんじゃない。どっちかというと僕よりも文字を書くスピードは速いんだ。

 でも、多分それは焦ってるから速いだけで。たまに書き間違えた答えを消しゴムで消しているから、最後には僕に追い抜かれるだけだ。焦ってるからたまに98点とかも取っているし、それでまた悔しがってる。


 もっと冷静になればいいのに。

 別に競争しなくたって。宮野ハルキも賢いんだから。

 字がきれいなのは良いことだし、何も帰り道までずっとついて来なくてもいいと思う。

 もしかして友達になりたいのか? 家に来る? 


「宮野ハルキの字は、たしかにきれいだと思うよ」


「でしょ。凡人の字とは違うんだよ」


「ちょっと賢いからって周りを見下すべきでは無いとも思う」


「ちょっと……ちょっと……うぅっ……」


 宮野ハルキは勉強が大好きで、賢い人ほど偉いと思っているみたい。

 だから、賢い自分はすごいし、賢くない人はもっと勉強すべきだって。


 でも、凡人凡人って言うのはどうなんだろう。

 早いうちに直さないと、そのうち色んな人に怒りだすようにならないのかな。好きな人ができたとき、その好きな人の側にいる人に「女狐」とか言い出しそうでちょっと怖い。

 早いとこ友達にならないか? 僕は宮野ハルキが心配だ。


 でも、彼に何を言えば友達になってくれるだろう? 


「速く解くコツがあるんだ。教えようか?」


「む。そんなの要らないよ。僕達はライバルじゃないか」


「だよね」


「まさか、手を抜くつもり? 許さないからね」


 そうだよね。

 こういう子はプライドが高いから、相手から何かアドバイスを貰ったりしたって嬉しくないはずだ。きっと舐められていると感じてしまうんだろう。

 友達なら、こうしてアドバイスし合ってお互いに成長できるんだけど、宮野ハルキはあんまり友達がいないから接し方が分からないんだろうな。


 僕だって手を抜いたりするつもりはない。

 まだ友達じゃない宮野ハルキのご機嫌を取るために、母さんの喜ぶ顔一回分を諦めるなんて、そんなの誰がやりたいって言うんだ。

 テストは、自分がどれだけ分かっているかを確かめるものだ。わざと遅くしたら、それはずるになる。ずるをしてはいけないと母さんも言っていた。

 そもそも手を抜いたら失礼だし、そんなことをして勝ちを譲っても、君が満足するだけ。僕達が友達になれないじゃないか。

 僕達と友達って韻踏んでたな。ふふ。別に踏んでないか。


 だとするとどうしよう。

 友達になろうと直接言うよりも、一見友達には見えないような関係から、徐々に仲良くなっていった方が良いのかもしれない。

 向こうは僕をライバルだと思いつつ、気づいたら一緒にいる、みたいな。

 よし。


「それじゃあ、契約をしない?」


「契約?」


「そう。これから毎回テストの点で勝負しよう」


「別に……そんなの、いつも通りじゃん」


「でも、手を抜いたら罰ゲームってことにする」


「!」


 これならどうだ。


 やることはこれまでと変わらない。毎回宮野ハルキが突っかかって来るだけ。

 でも、一度約束をすれば、僕はもうずるができないから宮野ハルキは得をする。

 お互いライバルだと今よりも認め合うようになり、いつしか仲も良くなっていく。


 完璧じゃない? 


「そ、それいいよ! やっぱり瀬尾くんは賢いんだ!」


「僕、自由帳があるから。これに契約書を書こう」


「いいね、罰ゲームは何にする?」


「とびきり恥ずかしいヤツがいいんじゃないかな」


 実際に、僕は手を抜かないから罰ゲームなんて受けることは無い。

 宮野ハルキだって僕に勝ちたいんだから、油断なんてしないだろう。

 ここに書かれるのは果たされることのない罰ゲームだ。

 だったら、絶対やりたくない! って内容にしてやればいい。きっとやる気も出るし、お互い皆に秘密ができたみたいで……なんだかワクワクすると思う。


「あっ……名前書くスペースが小さくなっちゃった」


「下の名前だけでいいんじゃない? 『ハルキ』って」


「そっか。じゃあ君も『マコト』って書いて」


「うん」


 ふむふむ。

 結構な罰ゲームだ。

 母さんに頼まれたらやるけれど、そうじゃなきゃ恥かしくて嫌かもなあ。

 まあ、約束は約束だし、手を抜いたらやるけどね。


「ふふっ! なんだか、こういうことするのって僕初めてだ!」


「僕も契約書なんて書いたこと無いかも。ハルキが初めてだね」


「っ! よ、よしっ! いつか必ずマコトに勝って見せるからね!」


「うん。楽しみに待ってるからね──」






 *






 ──『以上をもちまして、入学式を閉式いたします』


 ……終わった。

 終わっ……たぁ~……。


 いやあ、いやに緊張した。手のひらがまだ汗ばんでる気がするぞ。

 壇上に立って、原稿を読み上げて、一礼して、席に戻る……それだけのことなのに。

 その間、声は一度も震えなかったし、原稿を読み間違えることも無かった。新入生代表としての役目は間違いなく果たしたはずだ。なのに、心臓がまだ落ち着かない。


 あれだけの人数を前にするとやっぱり緊張するな。

 母さんが来てたら絶対緊張しなかったんだが。

 まあ家で配信から僕のことを見てくれているだろう。

 何とか乗り切れたのは母さんの応援があったからだな。ありがとう母さん。


 だが、やはり……。






 新入生代表スピーチは、一人だったか。






「わー! マコっちーっ♡」


「おっと……ミオか」


「スピーチお疲れ♡ めっちゃメロかった♡ やるじゃ~ん♡」


「そうか。喜んでもらえて良かった」


 なんで君がここにいるのかは知らないが。

 君の学部って……確か式は午前の第1部だったよな? 

 まあ、ノドカを待っていたとか、キャンパスを見て回っていたとか、帰っても暇だったとか……あるいは、僕のスピーチを見たくて、わざわざこっちまで急いでやって来たとか。

 ……いや、少し自惚れすぎだな。せっかくの時間を使ってまで僕のスピーチを見に来ることもない。配信しているんだし、ロビーのモニターでだって状況は確認できる。

 大方、僕のスピーチの様子をちらっと目にして、ただ労うために来てくれた……そんなところじゃないだろうか。


 しかし、メロかったか。

 ミオは好きなガールズグループの話をするときもよくメロついていた。僕のスピーチがそこまで彼女の心を揺さぶったというのなら、相当なものだったのだろう。

 桜台から連絡が来たのは確か三月の下旬頃。入試で最も高得点を取った新入生全員が、各学部の入学式で「新入生の挨拶」としてそれぞれスピーチをするというこのシステム。

 メールが来た時はやはりと思っていたが、ミオがここまで喜んでくれているのなら裏で練習に励んでいた甲斐があったと言える。


「スピーチの、どの部分が良かった? 参考にしたい」


「えっ? あ、えーっと……マイクの前に立った時の、背筋の伸び方とか……」


「ほう」


「一礼する時の、角度とか……」


「なるほど」


「あと……やっぱ声! 聞いててこう、耳の奥に響くっていうか……♡」


「……内容は?」


「な、内容もよかったよ! もちろん!」


 話聞いてたのか君は。

 立ち振る舞いの練習じゃなくて、原稿だってかなり練り上げて作った内容なんだぞ。

 導入の一文でも数時間悩んだし、謝辞の順番は五回書き直した。締めの一文は、母さんに十回は聞いてもらったぐらいだ。

 確かに、所作や声だって聞き手への印象を左右するんだ。猫背でぼそぼそ読めばどれだけ良い原稿でも台無しになる。そこを褒めてもらえたなら、練習した意味はあった。あったんだが。


 でもミオってたまにこういうところあるんだよな。

 難題にぶつかったときにだんだん諦めモードに入って来て、頑張って教えようとしてもぼーっとしたまま話を聞いているのか聞いていないのか。何か他のことに気を取られて集中できていないんだろう。

 まさかそれを僕のスピーチでも発揮されるとは思わなかったが。

 何が条件だ? 難しい会話か? 温かい空気か? それとも僕か? 


 まあ、いいか。

 原稿の感想は、また今度ゆっくり聞かせてもらおう。

 それより僕にはやることがある。

 わざわざ机の奥からこの紙を持って来たんだ。このままでは帰れない。


「……そ、それよりさ! その、もし、時間あったらでいいんだけどさ。セイラとノドカが来る前に……い、一緒にキャンパス、ま、まわ、回らない……?」


「すまない。先に片付けておきたいことがあるんだ」


「そ……そっかー。まあ……そっかぁー」






「だからキャンパスデートは明日だ。それでもいいか?」


「えっ!? あっさっ賛成っ! 大賛成ですっ!」


「ありがとう。また明日な」


「はぁーい♡」






 お、おお……。

 すごいスピードで帰っ……ず、随分機嫌が直ったな。

 さっきまであんなに声が沈んでいたのに……キャンパスを回るのが一日ずれただけで、あそこまで落ち込んだり喜んだりするものなのか? 

 ミオにああ言った以上、他の誰に誘われても断るつもりではあるが……。

 ……まあ喜んでもらえたなら何も言わなくていいだろう。集合場所と集合時刻は後で連絡すればいい。


 僕も早く、彼を見つけなければ。


 この人混みで闇雲に歩き回るのは効率が悪い。講堂の正面に立っていれば、向こうから見つけてくれるかもしれない。

 見つからなければ電話をかければいい。電話に出なければ家まで行くだけだ。


 新入生代表は一人だった。

 ノドカがケアレスミスで満点を逃したというのは知っていたが、もう一人については聞いていない。

 通知のメールを読んだ時から、薄々そうじゃないかとは思っていた。思っていたが……こうして壇上に一人で立ってみると話は別だ。

 どうしてそうなったのか、本人の口から言い分を聞かせてもらおう。

 ただし、納得できるかどうかは別の話だが……。


「──マコト!」


 ……探す手間が省けたな。


「マコト! スピーチ、最高だったよ! やはり君は皆を率い──」


「こっち来い」


「え、ちょっ、ひっぱ……マ、マコト!? 待って、待っ──」






 *






 ──ドンッ! 


「ひっ……!? マ、マコト……? な、何、これ……?」


「こうして二人で壁ドンするのは久しぶりだな。前とは立場が逆だが」


「そ、そうだね……こ、ここまで逃げ場がないとは思わなかったけど」


 当たり前だろ。こちとら君の逃げ場を塞ぐためにこんなことをしているんだ。

 ……おい顔を背けるんじゃない。分かってるのか? 僕がこうまでしているってことは、それだけ君が逃げる可能性を警戒してるってことなんだ。逃がしはしないと、そう思っているということだぞ。


 ハルキは体力が無いから走って逃げられる心配はしていない。体が小さいからするりと隙間から抜けて行くことはできるが、その分逃げるスピードだって遅い。

 そしてここは講堂の裏だ。さっきまで全員がいそいそと解散していった建物の裏、こんな場所を探しに来る人間はまずいない。ハルキが走ったって表に出る前に僕が追いつく方が早いだろう。


 そしてさっきの「ひっ」という言葉。

 本当にいつも通りなら僕が何も危害を加えてこないことは重々承知のはずだ。

 なのに、まるで僕が事前に怒っていることを察知していたかのような反応。

 それはつまり……怯えるだけの心当たりがあるということじゃないのか。


「い、いいのかいマコト。スピーチを任されるような優等生が、こんなか弱い僕を、人気のない場所へ連れ込むなんて……」


「新入生代表は、一人だったな」


「へ? ……そ、そうだね? マコトが一人で立つ壇上、最高だったよ」


 最高だった、か。


 メールに最高得点を取った人間の名前は書かれていなかった。ただ、「貴方にスピーチをお願いしたい」という文言が送られてくるだけだ。

 そして、言うのは悪いが今回の試験はとても簡単だった。過去問の時点で僕もハルキもノドカも満点を取っていたし、実際の試験はそれ以上に簡単だったのだから、僕はてっきり壇上へハルキと一緒に並ぶものだと思っていた。


 まあノドカがケアレスミスをするのはおかしいことじゃない。集中できていない様子ではあったし、「そういうこともあるだろう」と軽く考えることができる。

 しかしハルキ、君は別だ。君は焦りこそすれどあんな簡単な問題でミスをするような人間じゃないし、僕との友情を育む過程で過度に急ごうとする癖も直したはずだ。


 なのにどうして今日壇上に上がってこなかった。

 何か隠しているんだろう。

 杞憂だと思っていたが、何か嫌な予感がしたんだ。

 それを聞けばはぐらかされるだろうと思って、敢えてこの瞬間まで聞かなかった。


 だが、壇上から見つけた君の顔は……。


 ……とても、満足そうだった。


「ハルキ。どうして満点じゃなかった」


「え、あ……いやぁ、ケアレスミスしちゃってさ。僕としたことが」


「どの問題だ」


「えっ? ええと……英語の大問2、だったかな。並べ替えのとこ」


 なるほど。

 どの問題だったかは覚えている、と。

 しかも並べ替えか。単語の順番を一つ取り違えるだけで点を落とす問題だ。

 ケアレスミスの言い訳としては、一番それらしいところを選んできたな。


 だとすると──おかしい。

 答えられるということは、君はミスに気づいていたことになる。遅くとも自己採点の時点で。つまり君は2月の時点で、満点を逃したと分かっていたんだ。

 小学生の頃から、98点を取るたびにあんなに悔しがっていた君が、人生で一番大事な試験の一つで満点を逃して、平気な顔でいられる勉強魔なんているはずがない。

 逆に、本当にミスに気づいていなかったのなら、どの問題かなんて今答えられる訳が無い。点数の開示は5月なんだから。


 ハルキも成績優秀者の制度については知っているんだ。それなら、入学式までにメールが来ない時点で自分が満点を取れなかった事実は理解しているはず。

 そして、君はこの1ヶ月の間ずっと……一度だって悔しがらなかった。


 気づいていたなら、悔しがっていないのがおかしい。

 気づいていなかったなら、答えられるのがおかしい。

 どちらにしても辻褄が合わない。


 残る可能性は一つだけだ。


「何故だ、ハルキ」


「……」






「わざと落としただろう」


「……」


「何故だ。何故そんなことをする。僕に勝ちたいと言っていただろう」


「……」


「ハルキ」


「………………だって、駄目じゃないか」






「マコトの隣に誰かが立つなんて」


「あの壇上に立っていいのはマコトだけなんだよ」


「僕であっても駄目だ、マコトに並ぶ者なんていないんだよ」






 何を言っているんだ。


「分かるかいマコト、僕の気持ちが。初めて君に負けた時、どれほど僕が衝撃を受けたか。どれだけ勉強に身を費やしても軽々と超えていかれることがどれほど残酷か」


「分かるさ。だが、その裏には、僕も努力していたという背景があったはずだ」


「そうだよ。ただの天才じゃなく、単純に熱意の差で僕は天狗の鼻を折られたんだ」


 何を言っているんだ。


「なら、分かるだろうマコト。今まで周りを見下してきた人間が、突如敵わないものに出会ったらどうなるのか。初めて上を知り、彼に勝ちたいと思う気持ちが芽生えた瞬間が」


「分かるさ。だからお互い高め合おうと、僕達は仲良くなったんじゃないか」


「そうだよ。そこまで君にお膳立てされて、僕は一度だって勝てたことは無い」


 何を言っているんだ。


「だから、分かってくれマコト。今まで頂点だったものが、頂点だと思っていたものが簡単に追い抜かれてしまったら。それを目指す僕がどれほど惨めな気持ちになってしまうのか」


「分かるさ。君はだんだん、僕についていけるかを基準にしている節があった」


「そうだよ。僕は君を追いかけることが全てだった。君だけに付いて行きたかった」


 何を言っているんだ。


「でも、マコトには分からないでしょ。頂点だと思っていたものが誰かの言いなりになって動いていたり、家庭の事情で完璧を維持できなくなっている姿を見て、混乱する僕の気持ちが」


「分かるさ。実際、僕が満点を取れなくなって君はやけに動揺していた」


「そうだよ。僕はあの時、君が君じゃなくなるんじゃないかって本当に怖かった」


 何を言っているんだ。


「だからねマコト。僕は他の女狐に君を汚してほしくなかったし、誰かの指示で動く君なんて見たくなかった。頂点じゃなくなる君なんて、僕のこれまでを否定されている気がして」


「それは違う。それは君が頂点に近づいているから、身近に思うようになるだけだ」


「そんなことないよ。君は、常に一番で、皆を導いて、敵を踏みつぶして……いつまでもカッコいい、僕の大好きな、僕専用の目標であってほしかったんだ」


 ……さっきから何を言っているんだ。


 まさかハルキが僕にここまで重たい感情を向けているとは思わなかった。

 初めて君に勝った時だって、君を打ち倒すつもりでやった訳じゃなかったし、ただ母さんが喜ぶから努力しただけだ。その裏で君がどんな気持ちでいたかなんて、当時の僕は知る由もなかった。


 しかし、なるほどな。おかげで色々なことに納得がいった。


 ハルキは時折、僕の周囲にいる女性を「女狐」だの呼んで邪険に扱う傾向があった。

 小笠原の旅行から帰ってきた時もそうだ。あの時のハルキは、想定以上に僕とセイラが親密になったことで自分の目標である「僕」がブレてしまっていないか不安になっていたんだ。


 僕が96点を取って酷く動揺したのもそのせいだ。

 彼は自分の目指す目標がずっと完璧な存在であるということで自分を保っていた。その僕が何気なく、「ミスをしてしまった」だなんて口にしたせいで、自身の価値観に罅が入ったんだ。


 時折ループ中に、誰かの指示で動いているのかと聞いてくることもあった。

 あれは僕が「一番上」ではなく、「誰かの下で動いている」という事実を容認できずに聞いていたんだ。「僕の指示だ」と言えば彼は満足げにそれ以上追及してこなくなる。それが不思議だった。

 僕が今WPPOに所属してるなんて言ったら解釈違いだとか言うんだろうか。

 君は起業すべきだ、僕が秘書になるとでも言い出すつもりだったんだろうか。


 だが、ここまで整理してようやく理解できた。

 そして今回のこれも、それが目的だった。


「だからこんなことをしたんだな」


「……そうだよ」


「……」


「僕の……僕のマコトが、一世一代の晴れ舞台で受ける栄誉が、他の誰かでも取れるような、そんなものであってほしくなかった。それだけだよ」


「……そうか」


 だから、わざと問題を落とした。

 そうすれば自分の憧れが唯一無二の栄誉を受け取れると。

 僕のスピーチの最中、満点を取れなかったのにハルキが満足そうだったのもそれだ。

 あの時の彼は、僕をただ一人の満点合格者にできたことを喜んでいた。


 思えば、ハルキは他でもそうだった。

 練習でやる問題や過去問なら僕と同じ成績を出せるのに、模試や期末考査等では必ず僕の一つ下の順位に甘んじていた。


「……ごめん、マコト。気持ち悪いよね、こんなこと言って」


「……」


「でもね、僕は本当にマコト以外を認められないんだ。ずっと、君と僕だけなら良いのにって、そう思ってたんだ……」


 全ては、僕に負け、僕に憧れ、僕に理想を見出したが故に。

 僕に並び立ちたいとは主張しつつ、心の奥底では周囲の面々はおろか、自分自身さえも同じ舞台に立つことを良しとしなかった……。






「それはそうとして約束破ったよなハルキ」


「はっ! ……えっ!? えっこの流れで!?」






 何がこの流れだ。


 君が僕に少々重すぎる感情を向けていることは理解できた。

 それについて理解が足りなかったのは僕の落ち度と言えるだろう。まさか家族以外にそこまで僕への執着を見せる人がいたとは思わなかったんだ。

 僕はそこまで他人に愛される人間ではないと思っていたし……。

 ……とはいえ、まさか初めてこんな会話をする相手が男性の親友だとは予想外だったが。


「や、約束って……あ、あの……まさか」


「そうだ。君と二人でした約束だ」


 僕もあの約束を持ち出すことになるとは思わなかったが……。

 しかしあれは、確かに、両者の合意の上で締結された契約だった。期限も定めていなかったし、規則を破ったハルキを……いくら親友と言えど見逃す訳にもいかない。


 僕達は互いに切磋琢磨し合うと。

 そのために決して手は抜かないと約束した。

 よくぞ自供したな。

 ふざけるんじゃないぞ。


「ま、待ってよマコト! 君だって僕との約束を破ったじゃないか! お相子だ!」


「どの約束だ。言ってみろ」


「っ……君、桐島さんと二人で旅行に行くんだろう! 『僕も連れて行って』って言ったのに!」






「その約束をしたのは、ミオと約束した後の話だろう」


「っ!!」


「先に約束したのはミオだ。後から条件を被せてきたのは君の方だぞ」


「そ、そんっ、そんなっ……!」






 実際のビジネスや法律の世界ではまた違った結果になるのだろう。

 契約や複数の約束が競合したときには「どれを優先するか」を軸に決めていったり。後で修正した内容が前の内容より強い効力を持つことだってあるだろうさ。


 だが、ミオとの旅行は君と約束するずっと前に締結されたものだった。

 君だって、後から誰かが「瀬尾マコトと宮野ハルキの契約書を無効にする」とか言い出したら文句言うだろう。それと同じだ。


 約束は、どんな内容であれ守らなければならない。

 その相手がセイラだろうが、ミオだろうが。そして勿論……。


「そ、その、その紙は……!」


「二人で書いた契約書だ。今でも綺麗に保存してある」


「ぼ、僕もだよマコト! やっぱり僕達は相思……って待って待って!」


 勿論、ハルキに対してもだ。






 *






『契約書』


『僕達のどちらか二人が、わざと手を抜いたら罰ゲーム』


『女の子の服を着て、語尾に「にゃん」を付けて、町を一周する』






 ……改めて読むと、小学4年生の僕達は何を考えていたんだ。

 まあでも「とびきり恥ずかしいヤツがいい」と言ったのは確かに僕だが。


「マ、マコト……」


「案外に合っているぞ。男とは思えないほどだ」


「そ、それは嬉しいけど……そろそろ許してほしい……にゃん」


「駄目だ。まだ駅前を通っていない」


 契約書には「町を一周」と書いてある。駅前を飛ばせば一周にならない。

 そしてこの猫耳パーカーにスカート。

 いくらか化粧も施して、違和感はなるべく消したつもりだ。

 協力者のミオは大笑いで手伝ってくれたな。キャンパスデートに加え、仲の悪い知り合いの意外な一面に大層満足していた。


 その後、僕が「じゃあ街に連れて行く」って言ったらドン引きしていたが。

 あの時の「えっ二人で? その恰好で? デ、デート?」って顔は忘れられない。


 それにしても、ハルキの見た目が女性寄りなのは知っていたが……すれ違う人が誰一人として振り返らないのはどういうことだ。似合いすぎていて、誰も違和感を持っていないのか。

 これでは罰ゲームとして成立していないんじゃないか? 

 いや、本人が恥ずかしがっているなら成立はしているのか。


 ははは。何だか気分が良いぞ。

 僕との勝負で手を抜いた罰だ。

 僕は今だって、君が隣に立つことを夢見ていたんだ。

 よくも裏切ってくれたな。存分に反省すると良い。


「……で、でも……マコトと二人きりって……久しぶりかも、にゃん」


「そうだな。たまにはこうして二人で歩くのもいいかもな」


「そ、そうかい……!? なら、今度は普通の恰好で……」


「ああ、第二回はもう少しテイストを変えてみよう」


「だ、第二回にゃん!?」


 当たり前だろう。

 君が手を抜いていた回数は一回じゃないはずだ。


 もう二度と、君が僕以外に意識を奪われないように。

 君が僕と同じ場所に立ちたくないなんて言わないように。

 覚悟しろよハルキ。

 親友だと思っているのは、君だけじゃないんだからな。






 *






「……ん? あれ委員長か?」


「え、ああ悪い悪い! 浮気とかじゃねえって。知り合いが見たこと無い女連れてて……」


「いやだって委員長。周りに辻も桐島も九条もいるのに……まだ他にも?」


「……あれか? ヒーローは色を好むってやつか? 大丈夫かあれ」


「えっいやだから浮気じゃないって! オレは委員長の行く末がしんぱ痛い痛いって!」

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