小さな希望
三人は周囲を警戒しながら歩き始めた。声を出すにしても小声だ。
住宅街の隙間を縫うように進む。誰もいない道路。閉ざされた家々。静かな町並み。
それなのに。どこかから鬼が現れるかもしれないという恐怖が常に付きまとっていた。
「銅像ってさ」
美穂が小声で言う。
「たぶん均等に配置してると思うんだよね」
「均等?」
萌子が聞き返す。
「うん」
美穂は周囲を見回しながら続けた。
「密集させてたらすぐにポイント集められちゃうでしょ?」
「確かに。そうですね。」
紗月も頷く。
「だったらこの近くのどこかにあるかも」
美穂が言ったその時だった。
ブッ――微かな振動音。
美穂が反射的に腕を見る。スマートウォッチだった。
「え……」
画面を見る。数秒後。美穂の目が大きく開いた。
「来た……!」
「え?」
「旦那さん!?」
萌子が身を乗り出す。美穂は慌ててメッセージを開いた。
『無事だ』
たった三文字。それだけで。
美穂の肩から力が抜けた。
「よかった……」
思わずその場でしゃがみ込みそうになる。目には涙が浮かんでいた。
『全身真っ赤な鬼が出てきた』
『鉈とか斧を持ってた』
『振り回しながら襲ってきた』
三人の表情が固くなる。
『女の人を狙ってる感じだった』
『俺は運よく逃げられた』
『今はたまたま一緒になったおじさんと隠れてる』
『生きてる』
そこまで読んだところで。美穂は大きく息を吐いた。
張り詰めていたものが少しだけ解ける。
「よかった……本当によかった……」
何度も呟く。旦那は生きている。
それだけで十分だった。
「返事来てよかったね」
萌子が笑う。さっきまでの怯えた顔より少し明るい。
「うん……」
美穂は目元を拭った。
「本当によかった……」
萌子は少し考えてから言う。
「でもさ」
「ん?」
「そっちは女の人が狙われてたんでしょ?」
「みたい」
「だったらまだこっちでよかったかもね」
萌子は苦笑する。
「こっちはどっちかというと男の人ばっか狙われてたし」
確かに。最初に現れた黒鬼は男性側へ視線を向けていた。
だから三人は逃げ切れたのかもしれない。
だが。その言葉を聞いた瞬間。
紗月の胸がざわついた。
陽菜。
赤グループだった。美穂の旦那と同じ色。
もし本当に女が狙われていたのなら――
紗月は無意識にスマートウォッチを見る。
返信はない。でも大丈夫。
きっと逃げている。
そう思いたかった。
だが不安は消えない。
「紗月ちゃん?」
美穂の声で我に返る。
「え?」
「大丈夫?」
「はい」
紗月は小さく笑った。
「大丈夫です」
嘘だった。だが今は言わなかった。
その時だった。
「ひっ……!」
突然。萌子が短い悲鳴を上げた。3人が同時に振り返る。
心臓が跳ね上がる。
視線の先。道路脇。建物の陰。そこに黒い人影が立っていた。
鬼。そう見えた。全身が強張る。
紗月は反射的に身構える。美穂も息を呑む。
数秒。
誰も動けなかった。
だが。
「……あれ?」
紗月が眉をひそめる。動かない。近付いてもこない。
よく見ると。人ではなかった。
黒い鬼の面。不気味な姿。
だが石でできている。
台座の上に立っていた。
「あ……」
萌子が力なく笑った。
「銅像だ……」
三人は同時に大きく息を吐く。膝から力が抜けそうになる。
「寿命縮んだ……」
美穂が額を押さえる。
「私も……」
萌子も胸を押さえていた。紗月は苦笑しながら銅像を見つめる。
だがその表情は少しだけ明るかった。そして何より。
三人が探していたものを。
ようやく見つけたのだから。
三人は慎重に銅像へ近付いた。鬼の面を模した不気味な石像。
高さは二メートルほど。黒ずんだ石で作られており、夕方の薄暗さも相まって本物の鬼のように見える。
「こんなの夜に見たら絶対悲鳴上げる……」
萌子が苦笑した。美穂も同意するように頷く。
「さっき本気で心臓止まるかと思った」
紗月は銅像の周囲を見回した。
すると。
「これかな」
銅像の台座部分に小さな液晶パネルが埋め込まれていた。
スマートウォッチほどの大きさ。画面には文字が表示されている。
【スマートウォッチをかざしてください】
紗月は周囲を警戒しながら腕を伸ばす。
スマートウォッチを液晶パネルへ近付けた。
ピッ。
電子音。直後。
腕が小さく振動する。
画面を見る。
【1ポイント獲得】
【所持ポイント 1P】
「入った」
紗月が言う。
「本当?」
美穂も急いでかざした。
ピッ。
【1ポイント獲得】
【所持ポイント 1P】
「おお……」
続いて萌子もかざす。
同じ音。同じ表示。
三人は顔を見合わせた。
初めてのポイント。
たった1ポイント。
だが今の3人にとっては大きかった。
「あと9個かぁ……」
萌子が遠い目をする。
「急に大変そうに感じるね」
美穂も苦笑する。
紗月はスマートウォッチを見ながら考えた。
安全エリアに入るには5ポイント。銅像エリア案内アプリを買うにはさらに5ポイント。
目標は10ポイント。今ようやく1つ目だ。
だが。
先ほどまでとは違う。
少なくとも方法は分かった。
銅像を見つければいい。
積み重ねれば生き残る可能性は上がる。
その時だった。
ブッ。
紗月のスマートウォッチが微かに震えた。
反射的に画面を見る。
メッセージ受信。




