表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第4部オルフェウスの挽歌
78/84

第77話:絶望の罹患者

「そうして、洞窟の入り口にはチェーンの切れた彼のネックレスが落ちていた。彼が居る事に対して半ば確信を得た友人達は行方を追う様に洞窟の奥の方に入っていき、私は彼が実は溺れていたりしないかと思い、辺りを見てから後を追った」


 しかし、浮き輪が仮に乗り上げていたとしても、それを取ればその友人は戻って来るのが普通だろう。そして、浮き輪はあくまで乗り上げるまでが限界のはずで、洞窟の奥まで行くはずがない。子供が待っていると分かっている中で、わざわざ好奇心を満たしに行く性格でもないと知っているアダム達は、それでも釣り餌に引っかかる様に中へと進んだ時点で罠にかかっていたのだろう。


「後を追っても、皆の姿が見えずにいた。時折、何かの這いずる音だけが聞こえて、悪寒がするばかり。足早に歩いてですら、不安感が拭えなかった。何かが既に起きているとは感じられたから……そして、その不安は正しかったと思い知らされた」


 アダムは眉間を指でつまみ、しばしの瞑目の後にまた口を開く。


「──お前達、スライムと聞いて、どんなのが浮かぶ?」


 唐突にも思える彼の質問に一瞬面食らい、3人は顔を見合わせる。だが、リンド以外はその質問そのものに悩む事はなかった。


「私の知るイメージで言いますと、ゲームとかで最初の方から出てくる敵で、柔らかい粘体の生物って感じのイメージです」

「俺もミアと大体同じです。でも、付け加えるならば、物を溶かしたりとかしてきて、結構怖いイメージもあります」

「それが居たんだ」


 2人はあくまでフィクションのイメージを口にしていたわけだが、アダムはそれをいとも容易く、今彼が話している現実の話に組み込んだ。

 例え、葵達がそうした存在が跋扈(ばっこ)する世界に居て、それを倒してきた身であったとしても、地球上の話をしている時にそう言われると理解が追いつくまでに、一瞬の時間を要した。ここもまた現実の1つだと割り切ってはいても。


「真っ黒な、タール状の粘体生物がいた」

「ち、地球に?」

「ああ、お前達のよく知る地球の事だ。いや、私が悪夢を見ただとか、私が酩酊していただとか、その方が良かった。それなら、どれだけ良かったか」


 しかし、冗談を言っている様子はなく、3人の目から見ても冗談を言う様な人柄には思えなければ、こんなタイミングで不謹慎なジョークを口にする理由もない。

 ましてや、それをまさかと笑い飛ばすのは、この世界で知った恐怖と、この世界で知った生命の危機を軽視するに等しい。そんな事が出来るはずもない、今更。


「友人の代わりに見つけたその粘体生物……スライム達は、その中に私の友人を取り込んでいた。アオイの言っていた溶解、その様子だった」

「──友人だと、分かる状態だったというの?」

「スライムの中に入ってた毛の色と、そこからはみ出て落ちていた爪先の、ペディキュアというやつか、それの色が同じだった」


 それを口にするまで、どんな葛藤があったのかは3人には分からない。だからこそ内容に反して、それをあっさりと言っている様にも思えた。当然、そこで止まらない。


「皆で探していた友人は、居たかは分からない。ただ、骨を体内に浮かべているスライムがいた。頭蓋が見えたが、骨だけで判別するのは、今でも難しいだろう。後は、先程言った者。友人の末路と自分に迫るスライムを前に、悲鳴を上げていた者は下半身から飲み込まれ、そのまま上半身を覆い尽くされて溶かされた者。後1人は、まだ五体満足で生きていた」


 その生き残っていた1人はその時のアダムと同じ様に物陰に隠れていた。だが、そのまま怯えて動けずにいた。しかし、アダムと違ってスライム達にバレない様に動く事が出来ない位置だった。

 そんな状況下でも叫び声を上げない様に彼女は自分の口を手で塞ぎながら、必死に状況が良くなる事を待っていたらしい。


「そして、私は彼女と目が合った」

「!じゃあ、気付いてくれたんですか」


 過去の話とはいえ、葵は安堵した様にそう言ったものの、それならば助かったのかもしれないと一瞬でも考えたのが間違いだと気付く。アダムが何故改まって話しているのかを思えば──


「気付いたが、彼女がそれで私のいる方に身体の向きを変えた、それだけで奴等もまた彼女に気付いた。私に助けを乞う様に小さく伸ばされた手も瞬く間に奴等の餌食になった」

「……眷属共のやりそうな事だわ。悪趣味ね」

「だが、それを見て私は……逃げた」

「!」

「奴等はリンドの言う様に悪趣味で、そして醜悪で、簡単に人の命を弄ぶ様な存在だ。だが、私は友人を見捨てた。まだ生きていた友人を囮にしたんだ。そんな私もまた、奴等のみを糾弾するには……醜い」


 それを聞きながら、ミアの中でエリアが死んだ時の記憶と先代の最後に見た姿が浮かんでいた。囮にしたわけでは当然なく、見捨てたつもりもない。だが少なくともエリアは、自分が死なせた彼女には、まだ出来た事があって、それをしていればあんな風にはならずに済んだのだろうか、と心の奥で今も後悔として残っていた。アダムの自責の念には、それ故に共感が出来た。無論、葵も──


「ああなっては助からない、私1人では何も出来ない、助けられないから仕方がない、そう頭の中で言い訳を繰り返して。その後の事はよく覚えていない、海で溺れいた様でな、救助されて病院にいた」

「その、海から離れた後はスライム達に追いかけられたりとかはしなかったのですか?俺がこの世界で見た魔物達は、執念深い印象なので」

「追いかけられなかった、と思う。恐らく」

「恐らく……」

「その日から見る様になった悪夢が、チラつく幻覚が、実は本当だったのかさえ曖昧で分かっていない。死んでいないという事は、追われていなかったのだろうと思うがな」


 そう言えているのもこの世界だからなのやもしれないし、それでも確信を持てないのは彼の中で過ぎた事ではないからなのだろう。それもそのはずだ、友人の本来有り得ない死に方を見て、生きたまま溶解されて死ぬなどという死に方を見て、過去のものと切り替えられる人間はそうそういないだろう。

 なにより、その後も彼はその過去と、その友人の仇達との因縁が終わってなどいないのだから尚更だ。


「そして、1ヶ月後に私は奴等について痕跡がないか調べる様になった。まだ恐怖は消えなかったが、彼等の理不尽な死に対する怒りも湧いてくる様になった頃だった」


 その最中、民俗学を専攻している知人と会った時、その知人がアダムの調べている内容に思い当たる節があると口にした。なんでもアダムの見たという洞窟の辺りには、遺跡があるらしいと。アダムの見たという生物についても、それと関連があるのではないかと言い、100%でなくとも信じてくれた。その知人の師事していた教授が、丁度その浜辺の近くに住んでいると聞き、アダムは知人を伴って教授の元を訪ねる事となった。


 教授曰く、その洞窟の辺りにはかつて大陸があったらしく、大陸そのものがかつて宇宙から飛来した何かが衝突した際に隆起した物だったと。その何かが実は未知の生物で、その大陸に存在した人類、あるいはそれに近い生物が、それを信仰していた可能性が高い。その証拠の一部として、見た事もない形状の像の欠片が、教授の邸宅で保管されていたのだ。ごく最近に発見された物だったらしい。


「もっとも、私の証言の生物はそれとはかけ離れていた上に、物的証拠もない以上、むしろ教授の頭を悩ませることになったがな」

「信じてくれなかったと?でも、貴方の知人は信じてくれたのでしょう?」

「私が、高熱にうなされて見た悪夢である可能性。あの時に友人を失ったのも海難事故の可能性。遺体すら見つからず、一斉に消息を絶っている時点で奇妙ではあれど、現実的に処理可能なものだ。1番鮮明なものが、友人の惨死の光景という私の脳内にのみあるものだと、どうしようもない。決して、教授は意地悪をしているわけでもなければ、素人の私を軽んじたわけでもない」

「その時の知人さんはどうだったのですか?」

「彼は教授を尊敬していて、彼の言う事と私の証言で比較すれば、彼も考え方としては否の方に偏る。それも仕方がない」


 様々な可能性を検討し、書物を漁り、しっかりと精査した上でそうなったのだ。それも、小馬鹿にされたわけでもなかった。アダムの性格的に難しかったとしても、そうだったのならばむしろ話す相手を間違えたという事にして済ませられる。だが、相手は真剣に考えてくれたのだから本当に仕方がなかった。


「その晩は、教授の邸宅に泊まる事になったが、どうやら私が眠っている間に教授は知人と共にボートを出して、その場所を直に見に行ったらしい」

「危険な場所に自分から!?アダムさんの言う事の全てを信じたわけでなくとも、実際に行方不明になった人が出てると分かってる場所に行くなんて……」

「ああ、それだけに結果はお察しの通りだ。2人は朝になっても戻らなかったし、その晩起きた地震で洞窟も人知れず塞がった。その洞窟で起きた2回の行方不明はどちらも私が最後の目撃者で、私のみが無事だ。警察にも疑われたよ」

「それこそ、証拠がないですよ!」

「ああ、証拠がない。やった事も、やってないという事も、等しく。だから、悪魔の証明ってやつだ」


 アダムはそう言い肩をすくめた。堅物な彼にしては珍しいその仕草からも、最早ここまで状況が悪くなっていくのはジョークの域ではないかと本人も呆れるしかない様だった。


「その後、一応教授のボートは無傷で見つかり、地震自体も起きていた事はその周辺の人も認知している以上、少なくとも2つ目の犯行は事故だった可能性が高いと見られた。最終的には無罪という事にはなったが──」

「そこで終わり、ってわけではないのね?」

「……ああ。その後、生前の教授が私の家に送ってくれたノートがあってな。そのノートは古い書物を解読していた物だったらしく、まだ途中だったみたいなのに私の為にわざわざ送って下さってたんだ。もっとも……そこからおかしな事がまた起き始めたんだがな。最早、箇条書きした方が早いだろう」


 学友の飼っていた動物が惨殺され、近所のよく挨拶していた人も口を聞いてくれなくなり、突然引っ越した。アダムの家のポストに何かの内臓が入れられていたり、家の前を何かが這いずった跡があったりと、アダムを精神的に疲弊させる様な出来事が続いた。復学してからも彼の肩身は狭く、大学に上がると同時に独り暮らしを始めたから、孤独な中でのその出来事は効果が抜群だった。

 なにより、教授達を巻き込んで死なせた事の自責の念と、折角の貴重な研究資料を見ず知らずのアダムに託してくれた教授の気持ちを無駄にしたくないあまり、そのノートを読み続け、大学に行く以外はあの出来事に関連しそうな資料をひたすら集めていたのも精神的な不健康さを加速させた要因だろう。


 アダムも引き返すべきタイミングを自分で絶っていた自覚はあった。


「そんな私を見かねた友人が、大学の旧校舎の掃除に誘ってくれたんだ。それをやれば単位が貰えるとかなんとか言ってたかな。気晴らしに私も参加する事にして、私と友人も含めて居た人数は10人程だった」


 お調子者だったとはいえ、元気のないアダムの為なのかいつもよりも口数が多かった友人、愚痴を言いながら適当に掃除をする者、真面目に黙々と取り組む者、色んな人が自由にしている様子を見て、その中にいる事で自分もまた生きている事と帰るべき日常がある事を思い出せた気がした。

 部屋にある埃や錆の影響で開き辛い窓を気にする事が出来た。当たり前の様なことを気にする事ができる、それは彼にとって視野が広がったという大きな変化に思えた。


「その最中、この校舎が使われなくなった理由についての噂が聞こえたんだ。昔旧校舎で行方不明になる人が多発し、それの犯人も行方不明者達見つからないまま同じ校舎内で起き続け、色々あってから新校舎が建てられ、旧校舎は閉鎖される事となったらしい」

「じゃあ、掃除とかしてる場合じゃないんじゃないのかしら。呪いだとかそういう迷信的な意味合いを抜きにしても、それこそ犯人の根城になってるかもしれないのだし」

「60年ぐらいは前の話だったからな、過去の事になっていた。だから、再利用する計画が立てられた……もっとも、呪いとして本当に触れない方が良かっただろうがな。旧校舎内のアトリエ、そこにまさしく呪いがあった」


 そのアトリエは不気味な油絵が沢山置かれている場所。教授の邸宅で見かけた像の欠片を想起させる見た目だった。同一でもなければ、似てもいないが、雰囲気が酷似していたらしい。

 友人がその部屋の掃除を担当する事になっていたから、アダムはそこで一旦彼と分かれて自分の担当の部屋を掃除していた。


「そして、集合時間になり、私は戻る途中で友人を呼びにアトリエに顔を出した。彼は腕時計を忘れてきたから気付いてないかもしれないと思ってな。案の定彼はそこに居たが──」


 床には見た事もない様な魔法陣らしき物が敷かれ、辛うじて使えそうな溶き油と溶剤を絵の具やペンキに混ぜて無理やり描かれたそれは、異臭も合わさって異様な光景だった。

 そして、当の友人は油絵を食い入る様に見ていた。その両手は赤色にベタベタに汚したまま。この様子を見てようやく確信した、友人は何か恐ろしいものに目をつけられたらしい事を。


「この部屋はおかしい、集合時間にもなった事だから早く出ようと友人には言ったが。返事の代わりに来たのは、彼の手に持っていた携帯ナイフだった」

「友人、と言える状態ではなくなってたのですね」

「ああ、目も血走り、私の言葉にはマトモに返事をする気がなかった。何かに憑かれていたとしか思えなかった。ただ、私の血が、私の肉体が必要だと言われた、訳が分からなかった。まずい事が起きてると察した私は部屋から出ようとしたが、扉が開かなかったんだ。扉を叩いて、大声で人を呼んだが、この空間だけ切り取られた様に無駄だった」


 アダムを元気にさせようとしてくれた友人の変貌、謎の儀式の現場、そうなったのも自分のせいなのかという自責の念もアダムの中にはあった。周囲で起きていた奇妙な出来事は、日常に溶かされたと思っていた。だが、それはその時も追い縋っていた。そういう臭いをきっと纏う様になっていたのだ。それがこんな事を呼び込んでしまったのだと。


「そして、彼の手からナイフを奪った所までは良かったが、すぐに取り返そうとしてきた彼と揉み合いの末に、彼の上に倒れ込んだ私は、彼の脇腹にナイフを突き立てていた」

「で、でもそれって、事故じゃ……」

「事故であろうと、なかろうと、結果は同じだ。私はそれで友人を亡くした、私が殺した。それすらも、その事実すらも奪われた」

「奪われた……?」

「──血を吐きながらも、私の首に手をかけようとした彼だったが、私は確かに彼が何かに引きずられていくのを見た。何か、そう、海の時に見た粘体生物に似た、しかしそれよりももっと、(おぞ)ましくて……」


 アダムは思い出そうと、しばらく黙っていたが首を横に小さく振った。惨劇は覚えていても、それは覚えておくべきではない事柄だったのだ。もっとも彼にとっては最早手遅れな事だが──


「私は、それを見た直後に意識を失い、気付いた時にはまた病院の中だった。それから間もなくして、警察官が現れた」


 アダムの友人はやはり行方不明という扱いにはなっていたが、彼の血痕とアダムの指紋のついたナイフが残っていたからか、その時そこに居たアダムに疑いがかかった。彼を殺害し、その遺体を隠蔽した可能性が浮上したのだ。

 事実として、アダムは彼を刺した。だから、それを否定する事すら出来なかった。その時のアダムですらもそれは分かっていたから、彼は起きた事をそのまま口にしたのだ。


「自分がどんな風に伝えたのかも思い出せない、もうそこからは記憶が曖昧だ。覚えてるのは、その後私が隔離病棟にいた事と、まるで皮肉の様に、嘲笑う様に、見えた何かから与えられた、人の手に余る知識の一部だけ」


 今この場所にいる彼も、あくまで実体ではない。正気で、冷静に見える彼も、この世界だから正常に見えるだけなのだと、彼は言う。現実の彼は幻覚に怯え、自分が見捨て、殺した友人への自責の念に苦しみ、過剰な知識の処理も出来ずに、廃人の様に生きている。死んでいないだけの様な、死んでいた方が楽だったかもしれない生き方をしている。

 俯瞰してそれを理解出来る今の彼の心境はどうなのか、葵達には想像のつかない話だ。


「──寄り道の様な話で少し長くなったが、リンドが見える理由についてだ。実際の私は、そうしたモノに関わりすぎて、最早正常な精神状態ではない。だから、見える(・・・)のだろう。正常ではなくなってるから」


 葵や使徒達とはアダムは理由は違ったわけだが、ある意味での残酷な共通点がある事は間違いなかった。

 彼等にはそれぞれの形で退路がない事。リンドが見えること……否、リンドのみならず、そうした存在が見える事そのものが、死神が見えるに等しい。人の世界と交わってはならない存在が見えることは、その時点で最大の不幸なのだ。


「おかしいのは、おかしくなったのはきっと、私の方だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ