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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第4部オルフェウスの挽歌
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第75話:生きてこそ

 食堂では、アマンダを中心とした調理師達が戦闘時に備えて糧食作りで多忙を極めていた。


「トルティーヤ出来ました!!」

「ありがとう、ヨシキ君!良い焼き加減だね!この調子で作り続けてくれたまえよ!」

「頑張ります!!」


 そう、ヨシキと呼ばれた男、大原義樹も集落へ降りずに、バイトでの調理の経験を生かす為にここで働く事を選んだが、ノアの食堂での調理はかなりファミレスの時とは感覚は違っていた。しかし、それでも大幅にもたつく事はないのは矢張り経験が生きているのか、喰らいつくように学んでいった。


「こ、ここらは戦場って感じっすね……」

「戦闘員の人達の気力に関わるかもしれないからネ。ウチらにとってはここが命懸け、新人もキビキビやるんだヨ!食は最大の支援なんだからネ!」


 そう言いながらもリーメイは大量の食材を器用に切り分け、ボウルに全部突っ込んだ後はそれを他のチームに渡し、下味をつけてもらう。その後、アマンダの手元に回って来たら、豪快にその挽肉を炒める様子は確かに戦場にいるかのような迫力だった。

 その様子に急かされながら義樹もトルティーヤの生地を作っては焼いてを繰り返し、腕や肩が悲鳴を上げ始めていた。


「くぅっ……!」

「若いの!もうへばったかい!」

「男の子でショ!ガッツ見せるヨ!!」

「が、頑張ります!!」

「頼りにしてるよ!なにせ、今度はノアで防衛戦をやる事になるかもしれないからねぇ!しっかり、美味しく、栄養豊富で満腹!皆が明日もウチらの飯を食べたいって意気込みを得られる様な物にするんだよ!!」

「食べるは生きるだヨ!勇者様も無事帰ってきた事だモン!活気づいたこっからガンガンいくヨ〜!!」


 勇者、そう聞いて誰を指すか分からない義樹ではなかった。その指す相手の事をふと思い出し、一瞬だけ手が止まる。彼に対する罪悪感だとか、それ以上に彼の中を先に埋め尽くすのは過去にやった事や言った事に対する恥じらいだった。

 自分の幼い頃にやった良くないという自覚のある事は、あくまでそうした過去なのだと言い張りたくなる事は多いだろう。しかし、そう言い切るにはこの異世界で彼と会った時の自分の態度がどうしても邪魔をする。そうして居直れないぐらいには、彼も本当は色々と分かるようになっていたのだ。無論、葵の知らない事であり、知るタイミングのない事ではあるが。


「こら!新入り!!手が止まってる!」

「す、すみません!!」

「……活気づいてるって話をしたら、逆に気分下がっちゃったみたイ。彼、なんか悩んでるネ」

「そうねぇ、そういえば関係あるかは分からないけれど、彼って勇者さんと地球の頃から縁があるみたいで」

「あ〜それなら知ってるヨ。居住区で噂になってたもン!でも、それなら何で元気ないのかしラ?ウチなら知り合いの名前や成功に乗っかっらせてもらうのにネ」

「アンタみたいに皆が図太いわけじゃないのよ。彼もまだ高校生の年齢なんだから」

「図太いなんて言い方レディに失礼失礼!アマンダの図太さには負けるンだから」

「なんですって?レディだとか言ってるけど、リーメイ。アンタ何歳よ……」

「見た通りの年齢ヨ、いつでも可愛い年齢ネ♪」

「は?」

「ア?」


 まだ心の中でしこりとして残っているが、首を振ってそれを忘れる。皆が今やるべき事に向き合ってる中、サボるわけにもいかないと、義樹は手をまた動かすのだった。

 しかし、聞こえてくる放送の内容が、その思考に誘導させようとする様でわずらわしかった。ノアとして、そう考えればそうも思わずに済むが、勇者に守られていると考えると、妙な違和感が彼の中を去来するのだ。事実であったとしても。



 会議室でのエレンによる説明は続いていた。集落の防衛は行うが、最悪の場合は放棄する事になるかもしれないこと。そしたら皆にはまたノアの居住区での暮らしをしてもらうこと。そして、皆の安全の為にもノアへの乗船をすぐにでもしてもらわなければいけない事。伝える事は多かったが──


「それを納得しろとすぐに言われてもなぁ……」


 そうした反応も、無論出てくるのだ。


「でも、アタシ達が死んだら元も子もないし。ここは守ってもらう為には仕方ないんじゃない?」

「いや、その理屈は分かるんだけどよぉ」

「そもそも、こうなる前にもっと出来る事はあったんじゃないのか?」


 今この場にノアの側の人間で居るのはエレンのみだ。彼女はこれを1人で今は受けなければならない。何故なら、使徒が攻めてきたのは確かに使徒が悪いが、彼等からすれば1番近くの責任を問える相手の方が不満を抱きやすい。そんな彼等の不満も受け入れなければいけない。

 加えて、これを受ける側が理不尽に感じる事はおかしくなくとも、今の状況に理不尽さを感じて抗議する側もおかしい行為ではないのだから。集落の状況把握が甘かった事は間違いない事で、葵の拉致を成功させてしまったのもそれが理由であり、彼自ら無理をして帰還していなければ勇者不在のまま使徒の襲撃を受けていたかもしれなかった。これまでが成功してきていたわけではないかもしれないが、今回はそれらも含めて失敗したと明確に言えるだろう。


「……誠に申し訳ありません、これは全て私の責任です」


 頭を深く下げるエレンに、不満の声をあげていた住人もバツの悪そうな顔を浮かべる。この状況に対する不満こそあれど、1人の女性を責め立てる事自体は決して本意ではないのだから。

 しかし、彼等もまた自分の意思を伝える機会ではあるから、それで口を(つぐ)むわけにはいかなかった。


「……艦長さんよ、オレ達ぁこっちの世界でも落ち着いて生活出来る場所を、自分達で作り上げた事に誇りもあるし、その分ここに愛着もある。落ち着ける場所と言えるだけの環境、結界だとか、常駐してるノアの人だとか、その辺りを提供してくれたのはアンタ達だから感謝も当然している。だがよ、この場所をここまでにするまでに費やした時間も、過ごした時間もやっぱり違う。どうしても、それだけに……気持ち的に納得がし辛いんだ」

「そうだねぇ、貴方達が戦ってくれるお陰で、ウチらの生活があるのも分かってるんだ。船の中での生活も楽しくはあったし。だから、これは本当に気持ちの問題で、困ったものなんだよねぇ……」

「ここは決して故郷でもなければ、骨を埋める土地でもないものな。しかし、時間をかけた物が、一瞬で、同じ人間が滅茶苦茶にしに来る事の理不尽さとか、それを力がない我々は甘んじて受け入れなきゃいけないなんて、色々飲み込みきれないんだよ」


 ただ説明して、済んだら解散。それが楽かもしれないが、その末に放置した課題はどうなる?それは、彼等の不満という物が無断での集落への帰還という行いに繋がりかねない。絶対に彼等を死なせるわけにはいかない。今彼等は使徒に提示された物、生贄を出す代わりに異世界の中での安全という話で大きな戸惑いの中に立たされている。それ自体が馬鹿馬鹿しい話なのは大前提だが、あの約束とこの不満は今こうして合わさってしまっている。

 だから尚更、彼等の感情は軽視してはならないのだ。ノアに庇護される者と庇護する者の関係ではあるが、ノアは社会が機能していない世界の中で自主的に作られた組織でしかなく、組織からの命令だと言ったとしても、強制力をそこまで強く感じないだろうから。


「使徒の動きの把握、集落の現状の把握、皆様の中に被害者を出してしまい、挙げ句勇者が一時拉致され……私の対応は全て後手に回ってしまいました。その上、皆様の築いてきた生活を崩せと言われて納得出来ないのは当たり前だと思います」


 これまでの自分の至らなさの負債がこんな形で来てしまったのだ。エレンはそう考えていた。

 勇者を仲間に引き入れる事は出来ても、クライルを倒せたのだって、あくまで現場の判断と尽力のお陰以上の物はなかったという悔いは大きい。いつだって皆に負担を強いるばかりだったのではないか、そんな思いは常にある。そんな不安や迷いを、艦長という立場の自分が皆に見せるわけにはいかないから、口にも顔にも出さなかっただけで。


「集落には、皆さんの新たな日常が作られていた事を、皆さんと同じ程ではなくとも私も知っております。まだ、屋根のある場所すらなかった頃、見た事もない様な木の実の生えた木々、毒草か否かも分からない未知の植物、それで覆われていた頃……あの時と比べて、豊かな場所になりました。本当に皆さんは頑張って下さりました。当時は不安な顔をしている人も多かった中、穏やかな顔で過ごす人が今では随分と増えた、それは皆さん自身の力で得たものです」


 その中で、黙していたオーサーは勿論のこと、他にも数人程の住民が頷いていた。先代の頃を経験しておらずとも、集落の開拓を始めた頃の記憶を持つ者は多い。船が出来たばかりで、同じ地球人を探す日々を送っていた頃のノアを知る者でもあるのだから。

 場所に対する思い入れの違いについては、エレンはそれを皆と変わらないと断言し切る事は出来ないだろう。それはあくまで数値化出来る物ではないのだから尚更に。しかし、集落を作り上げてきた最初の人達とは沢山の言葉を交わしてきた。そんな彼等そのものに対する思い入れや、同胞としての意識は確かに強かった。


「私1人では実りも生めません、私1人では家も建てられません。だからこそ……戦う事、貴方達の命を守る事が我々のやるべきことなんです」


 不満を述べていた住民達が、また微かに緊張の色を見せる。そうなる事も分かっていたが、エレンは言葉を続ける。


「またやり直せる、簡単にそうは言えません。ですが、貴方達の命そのものが何にも勝る力だと言えます。貴方達は、誰1人としてここで死ぬべき人ではありません。邪神に差し出して良い命などありません」


 エレンにとって集落の住民は大切なものであり、彼等を守る為に命を賭けているノアの面々も大切なのだ。彼等が命を賭けるのもまた当たり前でも、簡単な事でもない。命は奪う事よりも守る方が難しい。それでも、彼等は人々を守るという強い意思と覚悟を持っている。そんな彼等の覚悟もまた、何かと比較して軽視されて良いはずなどないのだ。


「だから、どうか守らせて下さい。迫る使徒の脅威から、魔王から、邪神から、これからも貴方達をそうしたものから守っていける様に、今貴方達の命を守らせて下さい。命を賭けている戦士達の為にも、どうか。そして、貴方達もまた貴方達にしか出来ない力で、どうか私達を助けて下さい」


 戦士達が命を賭けている事そのものを盾に取る言い方の様にはなってしまい、それ自体はエレンの本意ではなかった。自分自身が最前線で武器を取って戦っているわけではないから。しかし、彼等に最も伝えるべきは、命あっての物種だという事。そして、その命を守ろうとしている人がいる事、それを分かってもらわなければいけないのだ。彼等が言っていた様にここは骨を埋める場所となってはいけないからこそ。


 エレンの言葉によって、静寂がこの場を支配する。命を賭けてくれている事は分かってるつもりだった、理解している、だからあくまで気持ちの問題なのだ。

 そうは言っていたものの、彼等自身もまたその命を賭けるという行為がどこまで言葉通りの物なのかは、エレンが見ているものと同じぐらいには感じる事は出来ていなかっただろう。その実感は、戦士達の死によって近付く、自分達の死の恐怖とも隣り合わせだったから。


「──皆、聞いとくれ。儂は皆が居てくれて良かったと思っておる」


 オーサーが真っ先に口を開き、皆の視線が彼の方を向く。白いヒゲを撫でながら、老人は懐かしむ様に目を細めていた。


「艦長さんが仰った様に、本当に、本当に最初は何もない場所で、人間が住める土地になるとすら思えんかった。そんな中で、お主達が毎日挫けずに拓き、儂等の生活が安定するまでノアの人達も寝ずに守ってくれた。集落の仲間も、艦長さん達も、皆が居るからここまで来れた」


 そう言いながらオーサーは辺りを見回す。その時代を知る者も、知らない者も、同じ守るべき者として語りかける様に。


「そして、儂はこうも思う。皆が居る限りまたここまで辿り着ける。それに、人手もその当時とは比べ物にならない程に、いっぱいおる。もっとすごい物も出来るやもしれんぞ」

「お、長……しかし」

「若いモンがそんな不安げな顔をするもんでないわ。生きていれば共に明日を考える事も出来る。また新たに始められる。艦長さんの仰る自分の力を信じるのじゃ。死んでしまっては、今お主らが抱いてる悔しさも、悲しさも、抱けぬものじゃ。生きるんじゃ、命だけは失ったらもう取り返しがつかんのじゃ!生い先の短い儂は、看取られる方になりたい。お主らが先にその役割を、持って行かんでくれ……」


 オーサーは、最初からエレンの提案に対して肯定的だった。だが、集落の人々から信頼されている立場だとしても、不満の溜まった彼等を納得させられる言葉を出せる自信はなかった。立場から考えればそれで済ませてはいけないのは分かっていた。

 しかし、自分の知る法則の場所ではないこの異世界によって、彼等は強い孤独感を覚えていた。どこへ行けども自宅も実家もない、会いに行く為の飛行機も電車も車もない、他者との連絡手段も持たない。元の世界では帰る場所はあって、人との繋がりは薄くてもどこかにはあって、それが確かに支えになっていたのだろう。故に、ここに来て普通は自由と開放感を覚える者などいないのだ。化け物と目の痛くなる空と、滅茶苦茶な大地ばかりの世界。ましてや、当たり前に繋がれた人と人の繋がりがそこにないのだから。そんな強烈な孤独感を辛うじて癒していたのが、集落という人の帰る場所だった。寝て、起きて、食べて、外に出れば会話のやり取りが出来る人間が歩いていて、そんな当たり前が人の心を癒していた。


 その日常がまた新たに育まれ始めた中で、異世界である事を思い出させる事が酷なのも、それによって反発されるのも分かっていたのだ。ヌシ老人達の件もあったから、なんとしてもオーサーは彼等を止める言葉を言えなければいけなかったのに。

 しかし、エレンの言葉を聞きながら、ヌシ老人達の事があったからこそ、生きて欲しいという事をしっかりと伝えなくてはならなかったのだと気付いた。この願いを、集落で共に生きてきた集落の長ならば、オーサー自らが伝えれなければ、彼はもう皆の不安に寄り添う資格など今後も持てるわけがない。


 皆もまた、ヌシ老人達の事件を思い出しているのか、また先ほどの様に沈黙が場を支配するが、それが破られるのは早かった。


「そう、だな……やっぱ死ぬのは怖いし。死ぬぐらいに痛い事も、やっぱ経験なんてしたくないからな……」

「ヌシのお爺さん達みたいな死に方はゴメンだし……そうなる危険を常に背負って戦ってる人達と比べたら、私達はまだまだ、ねぇ?」

「まだまだ、というか。俺達には俺達にしか出来ない事があるわけだから、俺達が必要になる事柄の為に生きていないとな」

「それに、自分は人魚達と同じタイミングで船から集落へ来た身だから言えるだけかもしれないけど、勇者が言ってたんだ。信じて待てって、信じて生きろって。だったら、死ぬわけにはいかないよな!帰りたいんだから」


 未練は当然すぐに消えるわけでもない。ましてや、まだ使徒どころか先程までと変わらない姿の集落が船から降りたらすぐに見えるのだから、まだ取り返しがつくのではないかと考えてしまうだろう。

 だが、今度こそあくまで気持ちの問題なのだと分けられる様になった。今優先するべきは、命なのだと、自分達の命が失われてほしくないと思う人がいると分かったのだから。


「そういうわけじゃ、艦長さん。集落の長として感謝させて欲しい、ありがとう。そして、改めてこのノアに世話になる、いや……お世話になります」


 席を立ち、頭を下げるオーサーに(なら)う様に立ち上がり、頭を下げる。彼等のこの様子は集落の人々の実質的な総意と言っても過言ではない。

 その様子を見たエレンは、最も大変なのはこれからである事は分かってはいても、胸中にあった不安と緊張が一気に安堵へと変わった気がしたのだ。船でこの世界を巡り、少しでも多くの人を助けるという行いに間違いはなくとも、その分集落の彼等との意思疎通の機会は減り、彼等へのフォローが不足してしまうという可能性はずっと抱いていた懸念だった。そこに使徒達が付け入る事がまた、恐ろしかったから。


 だが、当たり前の様でいて難しい当たり前が達成出来た実感がそこにあるのだ。その安堵感は大きい。最初は何で自分がノアの艦長を任されたのかも分からず、時には仲間が死ぬ事も全て飲み込んで、彼女はそう在り続けなければならない重圧に苦しんでいた。そんな時の彼女ならば、今回の様に比較的スムーズにいったか、自信はない。

 そう、つまるところ話せば分かる、そういう事だった。これが使徒や魔王にも適用出来るのならば、誰も困らないのだが。


「こちらこそ、ありがとうございます。我々は貴方達を絶対に守ります」


 エレンも立ち上がり、もう一度深く頭を下げた。

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