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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第2部鳥は哭く
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第20話: 血を賭して抗う者達

「アオイ君!アオイ君!聞こえてる!?ダメです、応答ありません!」

「エミナ。アオイ君の反応はどうなってるかしら」

「ま、魔力反応はき、消えてません!察知可能な範囲内にはまだ、います!」

「……うん、それだけ分かれば良いわ」


 エレンは手元のゴブレットを開く。銀で作られたその杯には複雑な枝の様な柄の細工。その杯の中身、底には紫の魔石がはめられていた。その魔石はアメジストの様に透き通った紫の色彩を放ちながら、その内側では白い光の筋が幾つもの形を成し、独自の星座を生み出している様にすら見える。

 その魔石に向けて、エメラルドグリーンの液体の入った小瓶からそれを一滴垂らすと魔石が輝き始める。


『はい、エレン様』


 魔石から柔らかく、小鳥の囀りの様な聞く人を落ち着かせる少女の声が響く。


「サラ、今大丈夫かしら」

『大丈夫です。いかがなされましたか?このサラでお役に立てる事なら何なりと』

「そこに居たままで大丈夫、でもその範囲で観える物をミハエルに送って欲しい」

『分かりました。あ、でも兄さんは今魔道具の整備に忙しいのでは……』

「大丈夫よ。さっき確認は取ったわ」

『分かりました。サラにお任せください』


 魔石の輝きが止んだ事を確認すれば、すぐに視線をまた艦橋全体に戻す。

 使える限りを使ってこの障害に勝たねばならない、少なくとも負けてはならない。これがたった一度きりなわけではないのだから。エレンはこの船の責任者としてそれを胸に、準備の完了を待っていた。現状の打開策に繋がるものを。艦橋から見える同胞達の様子を見れば尚更に焦りが湧く。




 船内にあるドーム状の温室。開いてすぐ色とりどりの花や緑豊かな木々が出迎える場所、ここは普段は休憩スポットだ。レンガで作られた床を踏みしめながらミハエルは奥の広場に姿を見せる。

 採取したこれらの植物はこの世界の生態の研究にも使われているが、共通しているのはこの植物達が魔力を吐息の様に放っているという事。無尽蔵に魔力を吐かせ続けると無論毒ガス部屋も同然になるが、幸いな事に植物が毎日放つレベルの魔力ならば消費方法を考えて使用していけばそこまでに至る事はない。


「すまない、想撃砲の最終調整に予定よりかかった」


 先に待機していた術師達はミハエルに向けてゆっくりと会釈をするのみである。地面に姿勢良く座ったまま彼等は動かない。彼等に課された役割を思えば、余分な事をする必要はないのだからそれはおかしくも何ともない。

 それを理解しているミハエルはその言葉以降何も言わず広場の中心に立ち、天を仰ぐ様に顔を上げてから目を閉じる。


『サラ』

『兄さん!ご機嫌よう!』

『余計な言葉はいらん、急ぐぞ』

『むぅ……分かりました。“お観せしますね”』

『ああ、その後すぐに共鳴を切断しろ。巻き込まれる』


 サラを通してミハエルの視界が、彼の立つ世界が広がっていく。地球儀から見る国の様に容易く触れられる程の大きさに、しかし顕微鏡で見る様に正確に、その位置を、座標を捉える。

 サラという少女の“武器”こそがこの千里眼だった。視覚の範囲を自分の視覚という物から外して大きく外へと広げ、それを座標という情報として刻み、そこに映るものを詳細に見通す。味気なく、全ては情報として脳に送られる。


「壊れてしまえば良い、いいや、壊れてしまえ。不快で仕方がない。他者に強制された安楽死、我が身にかかれば麻薬に等しい。偽りの抱擁よりも、痛みの現を選ぶ。故に、受容を拒否する、侵食を拒否する、紐解く事を拒否する。私は貴様に言い渡す“断絶”!!」


 怒りの雄叫びにも似た言葉を詠む。サラを通して見た景色、船を阻む物達、岩山、その上空にいる魔物、この世界は邪神の手にかかった憎むべき有機物。ミハエルはブランの観劇系統の術と同じく、彼にしか使えない術としてこの断絶を持つのは彼のその認識によるところが大きく、こちらも再現性がないからである。

 それによって発生させる現象は──



「!来たわね」


 艦橋から見える正面の景色には岩山がそびえ立っていた。だが、この世界に常に発生しているノイズから割れていき、最初からそう開けられていたかの様な穴が開く。その場所に穴が開けば落盤等の心配が普通ならあるが、それは物理法則を無視してそのままの形状を保って穴だけがある。

 この世界に対する否定と拒絶の意思、それがこの世界に穴を作る。世界と交わらないからこその断つ術。進路はまた開かれる。


「グレム、進路そのまま!」

「了解、進路そのまま」

「ファイナ、すぐミハエルのところに医療班を送って!」

「了解しました!」


 無論、これだけの大きな力には相応の代償を伴う。船の命運が地球人の命運に等しい事を思えば、安いと彼自身は言うかもしれないが。



 断絶には様々な制約がある。

 1に、高い精度で使わねばその範囲の物を否定して今の岩山の様に穴を開けてしまう事。ノアの船体も無事では済まない。それだけに、サラから送られる精密な情報ありきでこの力は十全に使える。

 2に、彼自身が嘘だと断定、あるいは信じきれなければ効果を発揮しない。この世界における魔術の基礎を煮詰めた様な能力である以上、地球人であると分かっている者には穴がない、正答に誤りを見出せない様に。故に使徒にも通用しない。

 他にもありはするが、やはり最も大きいのは──


「ミハエル様!!」


 身体を引きずりながらも、辛うじて動ける周囲の術師達が駆け寄る。当のミハエルは自分の吐き出した血溜まりの中で伏せたまま浅い呼吸を繰り返している。目から涙の様に血を垂れ流し、鼻からも口からも止めどなく血液がドロドロと流れて来てはミハエルの呼吸を妨げる。

 そう、これこそが大きな代償だろう。この術を使う際に調整などという物はさせてもらえず、魔力のあらん限りを絞り尽くしながら発動する。完全に絞り尽くされない様に周囲からの吸収をする事で、最終的に致命傷に至らない様に辻褄を合わせる事こそが最善。それでも、決して多用してはならない物には違いなかった。


「い、りょ、はんが、すぐに……ッ来る……そ、よ……り……クロ、エに……れん、らくを……!」

「喋ってはいけません!」

「はやく!も、しも問題、がは、っかくしたら……!技師達、に知らせなければならん!!わた、しっ、よりも腕、は劣るが、使える奴等だ!早く、しろ!!」


 通信用の魔道具を渡さなければ、むしろそれが原因で死んでしまいそうな気迫で言われてしまえば、口を噤むしか出来ない。出来る事は彼の要求通りにするのみであり、既に魔力の補給庫としての役割を務めた術師達はそれ以上をしなくても良いとも言えた。彼等は仕事を終えた。


「お待たせしました!すぐにミハエルさんの処置に入ります!」

「ミアさん!こちらです!魔力を……っ!」

「まず溜まってる血を吐いてもらいます。霊水で魔力の補充をするのはその後です。皆さんの分も用意して来たので処置をしている間、貴方達も飲んでください」

「すみません、助かります!」


 皆が死力を尽くしている。地球を守る為、あるいは地球という日常に帰る為、あるいはただ生きる為、皆各々の理由で誰もが今と明日を賭けて戦っている。例え血を流すという形でなくとも、誰もが代わりのいない役割に準じて──



 早贄の様に槍に貫かれた者は恐怖の顔を貼り付けたまま息絶え、毒が回って死んだ者は苦しみもがいた跡が赤くなった指先に出ている、激しい戦いの中、犠牲を1人に抑える事など当然出来はしなかった。

 無情にも、そんな彼等に激しい雨が打ちつける。


「馬鹿の数じゃねぇか!随分と惚れられちまったもんじゃねぇか、えぇ!?」


 ライは愚痴を言いながらも、降下してきた魔物の鉤爪をライフルの銃身で弾き、攻撃が逸れた隙を狙って真下から魔物の身体を撃ち抜く。数が数だけあって乱戦は避けられない事態となった。

 そう、ノアの戦闘員自体がそもそも多くない影響で戦力差という弱点を常に背負う羽目になる。この船にいる者達は地球の現代で生きてきた人間だ、そんな彼等に世界の危機だから戦えと言って簡単に戦ってもらえるわけではない。荒唐無稽な内容、それに対して支払う物は命、割に合うはずがなかった。戦えない事を責める事はほとんどの人が出来るはずもなかった、状況が状況である以上本当の死が付き纏う事を隠し立てしながら戦闘を強制する事も不可能だった。


「……もしかして、俺達って阿呆なのかね」


 いつも巻いているマフラーの代わりに羽織っているマントについたフードを被り直しながら舌打ちをする。何に本気で命を賭けているのか、その命を散らしたのか。そして、その状況を見てなお死体に対して相応の恐怖と驚愕を抱くという当たり前を捨てて交戦を続ける自分達。やらなければやられる、事実はそれだけだが、それはそれとして自分も含めて阿呆揃いだと考える。嘲笑ではなく、ただ死なない為に死にに行く姿に。

 そんなライの前に、防御隊の1人である女性が飛び出てきて大盾を構え、もう片手に構えた槍を投擲すると綺麗に骨の隙間を縫って魔物の胸を貫く。


「ライさん!そんな気力の削がれる事を言わないで下さいよ!」

「すまんが愚痴に対するクレームは受け付けてねぇんだ。文句なら魔王窓口の方に、アイツらが全部悪い」

「だからって自分達を阿呆呼びされるのは納得出来ません!魔王のせいじゃなくそれは貴方の語彙のせいでは!?」

「育ちが悪いので語彙は貧困なんだよなぁ、教養のない子供の哀しさかな、オーノーカルチャーショック」

「教養ではなく貴方のセンスの問題ですからね!こんな劣勢でどうするんですか!!」

「劣勢は俺のせいじゃないだろ」


 軽口を叩きながらも、手際良くマガジンを入れ替え、また魔物を確実に1体ずつ葬る。雨の影響で速度の低下や狙いが上振れする事に困らされはするが、それで気力は低下しない。


「意思あるところに道は開く、やる気さえありゃあ手段は尽きねぇよ」


 ポジティブとは言い難い人間だが、己の身という物がある限りは戦える。故に、死という形で諦めるぐらいなら阿呆になる方が良い男だった。

 その一方で──


「この場にいる者共に告げる、これより“観劇”を開始する。私に近付くな。術師隊、まだ空を自分の領域だと思っている奴等を叩き落とせ」


 ブランは乱戦の中でも魔物の攻撃を、優雅に散歩でもする様な足取りで回避し続けながら、蝶と戯れる様に杖を振るう。


「妖精は踊る、蝶の様に舞い、向ける笑みは花の様、そして貴方達は最高の美に出会う。とても可憐で人を恐れない、無垢な彼女達は貴方に口付ける、深く、深く、その胎を食い破られるまで甘美な味に酔いしれるだろう。不変の美には血が伴う、そうだろう?“美食家の妖精達”」


 歌う様に唱えればブランの周囲を色とりどりの光が舞う。金髪を揺らしながら指揮をする様に白い手を振るうとその光が魔物にぶつかり、魔物の身体ごと音を立てて爆発する。飛び散る体液や破片すらも光が触れればそれは喰われていく。故に、その周囲が体液と脂で汚れようともブランのその姿は決して汚れない。足元に倒れている息絶えた術師や防御隊にもそれが降りかかる事はない。

 彼女は静かに怒っていた、槍の雨を降らせる理不尽に、それを呼び込んだ不条理な使徒という敵に、彼女は葵と違って容赦をするつもりはなかった。彼女もまた失われた命を思うが故に。傷ついた仲間を思うが故に。


「ブラン様……」

「おい、やるぞ!同胞の仇は幾らでもいる、呆けてる時間はない!」

「そうだ!いくぞ!!」


 そして、彼女の静かな苛烈さに触発された術師隊は狩りを始める、獰猛な鳥を撃ち落とさんとする様に。

 彼等にも恐れはある、ダルガやブランにだってきっと。しかし、それを上回る原動力は守るべき者という存在だろう。顔を知ってる人、声を知ってる人、先程まで生きていたと分かる人、それを目の前で失う事を良しとする事は出来ない。この一度の戦闘での敗北を許せば、地球に住む人々にそれが降りかかるのだから尚更に。

 ならば、共通の帰りたい場所を持たないのに今こうして力を振るう彼女は何か?


「本当に数だけは多いわね……全く、アオイも人使いが荒いわ」


 魔物から魔物の間を飛び移る時も氷上を滑る様にしなやかに、纏っている銀の光はそれを飾る衣装の様ですらあった。リンドに操られ、一瞬でも思考が明後日に向けられた魔物は同士討ちを始め、それに対しての反撃行為と裏切りへの報復として他の魔物もそこに向かって突撃を仕掛けてくる。

 その最中に魔物を一体踏み台にし、操り人形の様に手繰り、哀れにも詠唱の準備を終えた部隊の方にそれは突出させられ、迎撃される。出来る限り自分の存在を悟られない様に彼等には自滅してもらう方が早かった。


「……ああ、まったく。性に合わないわ。この私が、コソコソとしながら人助けだなんて」


 溜め息混じりにそう呟きながらも、下を見れば鉤爪の餌食になりかけている防御隊のうちの1人の姿があった。それでも、悲鳴よりも先に相手を睨みつけているではないか。


「怖くないぞ!化け物め!!お前達なんかとは比べ物にならないぐらい美しい奴等が呑気に飛んで回る空のある場所に帰るんだ!!」


 生きて地球に帰る。彼等はいつでもそれを心に命を賭けている。葵だってそうだった、彼は皆で生き残って帰りたいと思っている。

 リンドは自身の能力を邪神に利用されたくない、そして邪神がその能力を利用してこの世界を真とした上で現実をも掌握しようとしている事が気に食わない。美しくとも偽りで満足している妥協、それが彼女自身の美学的に我慢ならない。故に、彼等の危機迫る程のそれに対して不思議な思いを抱かざるを得ない。


「──ああ、そうよね」


 乗り物代わりにしている魔物を蹴落として鉤爪の脅威に対して肉壁にし、防御隊のメンバーはギリギリで回避に成功する。


「え、な、何だ!?上から……天が味方しているんだろうか」

「なら天の気が変わる前に僕達の力を更に見せて差し上げよう!」

「そうだな!」


 互いを鼓舞し合い、同じ目的の為に戦う者達は確かに本物に思えるのだろう。


「地球って、そんなにすごいのね」


 微かな羨望と、大きな好奇心、リンドが彼等に手助けする理由の一端を感じた気がした。


「羨ましいわ──」


 絆されているだけなのかもしれないと自嘲を含んで。


「……本当に、羨ましい」


 雨音で消す事が出来そうな程の呟きは元から誰の耳にも届かない言葉。届いてなど欲しくはなかった、プライドの高い彼女なら聞いた相手の記憶を消しかねないだろう。それほどに、らしくもなく明確なコンプレックスの色だった。

 しかし、その最中であっても周辺の魔物の掃討の手は抜いていなかった。


「……ともあれ、彼等のやる気はあってもどうしたものかしら」


 そう、彼等の気概はどうあれやはり数による苦戦は否めない。被害をど返しにすればリンドは一網打尽にする事は容易だった。だが、彼女の力は元より人々の為にあるものではない。彼等自身でどこまで切り抜けるかが課題になるだろう、幸い葵だけで使徒自体の注意は引けているし、船もまた動き始めた。

 だから後もう一歩、後もう一歩の戦力があれば──


「ドッカーン」


 気の抜ける声に反して、上空で発生させたその爆発は3体程の敵を巻き込んで撃墜していた。その間にも次弾を撃てるようになるまでの冷却時間に、付属されたブレードで尻尾を刈り取り、そのまま宙で身を捻って前方から向かって来ていた魔物を斬り裂く。


「──クロエ嬢ちゃん、遅かったじゃねぇか」


 たった1人、されど1人。非難する様な言葉に反してダルガは口角を上げていた。騙る者の装甲も破砕出来るという看板を持つその装備、そしてそれを軽々と使う戦士である彼女は少なからず追加の戦力として、士気の向上に貢献出来た。


「お待たせしました。想撃砲の修理とリニューアルが完了し、よりパーフェクトな美少女になりました。これより、殲滅を開始します」


 ゴーグルを上げて片手でピースする呑気な女性、クロエがその後もう一歩として無事参戦したのだった。

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