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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第2部鳥は哭く
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第19話: 逸り、疾る

 滝沢葵はあえて自分の人格から主体性をある程度抜いた、自分の中にある鬱屈との向き合い方こそがそれだったのだ。今、彼が向き合う事になっている問題と比べたらその鬱屈は海の中に落ちた一粒の砂の様に些細だが、彼がそうなるにあたって発生した積み重ねはこの勇者に強く影響を与えていた。


『アイツ姉ちゃんに髪くくってもらってるんだって』『うわ、マジ?シスコンじゃん』よくある陰口──


『な、なんだよ!そんな必死になって!お前やべぇよ!』よくある感情の温度差──


『た、滝沢君。僕……ご、ごめん、やっぱり何もない』よくある諦観──


『私、学校行ける様になったらね。葵君と一緒に学校に行きたいな』よくある喪失感──


『あ、弟さん?てっきり妹さんなのかと思ったわ……ほら、紅音ちゃんによく似て綺麗な顔してるから』よくある劣等感──


 その全ては繋がっていて、集まった末に今の彼になっている。嘆いても、怒っても、その気持ちの100%を理解してもらえるはずもない事はよく分かっていた、分からない人に何故分からないと怒るよりも、彼は悟られない様にを選んだ。

 1に、自分より他者を優先し、他者を敬えという事。

 2に、それ故に自分の身に降りかかる事は全て自業自得なのだという事。

 3に、他者に求められるその役割に徹する事。

 何か理不尽があったとしても当の葵が笑って耐えれば丸く収まり、彼に原因があるなら自業自得は本物になるだけ。それで納得出来て、それで周囲も落ち着く。オチもなければ、誰も満足な結果にならない激情よりも彼はそれを選び、自我を薄め、自分という存在を嫌悪する事で世界と仲良くなる事を選んだ。それは悲劇でもなければ、喜劇とも言えず、言わば彼自身がそれを選んだまでの話、劇的な物は何もない。脳内で自己完結した物語だ。

 しかし、そんな完璧に自分を機械的な思考には出来るはずもなく、それはあくまで彼が彼自身に課したルールであり、絶対的な物とした事柄。それを破らざるを得ない物。彼は日常を愛していた、日常は数多の誰かと周囲の人達で出来ている、当たり前の日々、変わらない景色を守る為にも彼は自分をそう変えたが故に、それを形成する物に対する軽視を許さない。

 命を弄ぶ事、傷つける事、日常を侵される事、彼にとってそれは剣を取ってでも許せはしなかった。そんな彼は、求められる勇者にとても適していた──



 刀と足がぶつかる。本来ならば彼の刀の力があれば足だけでただ受ければ切り落とせていた事だろう。だが、彼女の靴、風を纏い続けるロングブーツこそがその秘密を握っていた様だった。葵の霊体も含めた連撃相手であったとしても対応してみせていた。

 彼女の片足を逸らす様に側面で殴打する様に刀を振り、一瞬重心がズレたところを狙って懐へ──


「なんてね」

「!」


 身を翻してもう片足を振り上げ、その動きに合わせて斬撃の様に風が舞う。


「下がれ!坊主!」


 葵の片腕を掴んでダルガ達が前に出て、ブランの部下達が彼等の大盾に向けて防壁を展開し、風を耐え抜き、その隙間を縫ってライの銃撃と複数の術師からの雷光が連理に向かって飛んでいく。


「邪魔しないで!!」


 雷光を跳躍で避け、宙で身を捻り、横薙ぎに足を振るう。黒のコートと炎の様な赤い髪が舞う様子は優美だ、しかしそれが引き起こす現象は災いそのもの。甲板の木板を捲り上げながら戦闘員達に襲いかかる風は彼等の放った雷を巻き込み、限定的な範囲ながら嵐を巻き起こす。


「っ!ブラン様……っ!」

「狼狽えるな!魔王の使徒達は全員“武器”持ちである事は分かっていた事だろう!嵐を弱めるぞ!壁を作れ!!」

「それを見過ごすと思う?」

「させねぇんだよぉ!!」


 その妨害の為に足元にある真っ二つになった大盾の片側をブラン達に向けて足に追い風を乗せて蹴り上げる。高速で迫ってくる質量に対してダルガ自ら飛び出て横からそれを弾き飛ばす、飛び降りてきたライがその瞬間を狙って連理に向けて銃弾を放つ。その一撃をもう片側の大盾を蹴り上げて防ぐ。


「潰されたい馬鹿以外は退がれ!“阻むは地の化身”!!」


 ブランが杖を頭上で回す度に砕けた岩山の欠片が其の周囲に集まり、詠唱を終えた瞬間に岩が連理の起こした嵐に立ち向かう様に積み重なる。1の壁、2の壁、魔力で補強された岩の壁が複数作られ風が分散されていく。

 彼等の前に到達する頃には風は大盾と防壁で防げるぐらいにまで弱化されていた。


「ちっ、それなら──」

「“貴方は私の脳を垣間見る、賢者でありたいなら捧げなさい”」


 銀という物体の美しさそのものとすら言える女性が壁の向こう側からひらり、軽やかに跳躍してくる。リンドが歌う様に連理に向けた言霊はその耳に子守唄の様に優しく入っていき、そして──


「っう!!な、にこれぇ!?」


 風が一時的に機能不全を起こした連理は本人の身体能力のみでバク転で追撃を回避する。彼女のいた位置には葵の黒曜石の鱗が刃として降り注いでいた。


「貴方もこの世界のルールはよく知っているはずでしょ?」


 ドレスを翻しながら優雅に靴の爪先で着地をし、リンドは戸惑う使徒に向けて人差し指を向ける。


「この世界における術は想像にして創造、“武器”とはその奥底を呼び起こす自我と希望への盲信、雷もそれを知らなければ未知の災いとなる。私はただそのメカニズムをほんの少しだけ見せてあげただけよ」


 空を冒険する絵本を読んでいるところに、人が道具等を駆使せずに生身で空を飛ぶ為に必要な最低条件と、いかに現状の人類の人体構造では不可能なのかをつらつらと説明して聞かせる様なものである。それを理解するか否かではなく、そうしたノイズを与える技。


「この力自体が無粋そのものだわ、美しくないもの」

「アンタの美醜になんて興味はないわ!どきなさい!」


 リンドに向けて飛び込んだと同時に、葵がぶつかる様に連理の前に飛び出し、重い音が響き渡る。いくら彼女の靴が武器となっているとはいえ、まるで鉄塊と打ち合っている様な痺れが手に通じる。


「やらせない!!」

「口を開くなクズ!!」


 刀と足先がぶつかった反動でお互いが一瞬だけ後方に退がる。その瞬間を狙って術師隊の援護が飛来して来る様子を見て連理は舌打ちをする。


「勇者を殺す邪魔はさせないわ!来なさい!我が僕達!!」


 彼女の指を鳴らす音の後にそれを合図にしたかの様に複数の何かの飛来してくる音。耳に装着した魔道具から聞こえてくる声がその正体を告げる。


『6時の方向から複数の魔力反応!蝙蝠型の魔物、それも先程よりも多いです、約80体程!』

「はちじゅっ……!?」


 彼女の前座というには厄介で、仲間を苦しめたあの魔物達が先程と比較してもこちらの戦力よりも大幅に数を増やしてきた。間違いなく彼女の合図で、彼女の求めに応じて。どれだけその戦力を投入出来るのかまでは分からないが、これが全部というわけではないのだろう。消耗戦に持ち込まれたら間違いなく葵達が不利になる。


「風が人間の味方なんかじゃない事を教えてあげるわ」


 そうして、甲板を抉る様に足を振り上げ、自分の身体ごと浮かしながら葵と連理は宙に飛ばされる。リンドは無論、地を蹴って葵に手を伸ばすが風の勢いと速度が上回って手は触れ合う事はない。


「アオイ!!」


 消しゴムを放る様に軽々と浮いた身体に危機感を覚えるが、ある意味で幸いと言えるだろうか。その力の大半は葵を殺す為に集中しているという事、彼女の怒りと憎悪は葵に向けてのものであり、彼以外に向けられる攻撃はその余波なのだ。彼女集中力を葵にのみ向けられるのはチャンスでもある。それを活かせるかどうかは葵の実力にかかっている事だけが問題だが。

 そう認識し、理解していながらも納得が出来るかは別だ。彼は今感情的にも目の前の使徒が許せはしない。


──人が、死んだんだ


 震える喉から出る息は小刻みで、呼吸としての役割を果たせてはいない。だが、それは止まらない。

 彼にとって目の前の女性はまだ同じ地球人のままだった。同じ国に産まれ、似た教育や価値観の中で育ってきたはずの普通の女性であるはずだった。だからこそ、納得出来ない。


──人が、死んだのに……何で、その死を気にも留めないんだ!?


──同じ地球人じゃないのか!?


 目の前で人が殺される様子なんて見た事がない、それどころか骨が折れる瞬間すら見た事がない、そんな彼にとって傷つけ傷ついて、命の喪失が関わるのは非常に暴力的な情報として脳に叩きつけられるものだった。そう、日常からかけ離れすぎている。日常を恐怖と暴力で奪い去る。それは彼の定義する日常の中で当たり前であってはならないもの。

 目の前の人間もまたそう感じる環境にあった者ではないのか、と。


「君の、命の認識は……軽すぎるっ!!」


 もう一度戦闘前と同じ言葉を口にする、より凝縮された怒りを込めて。


「リンド!船を、皆を守ってくれ!」


 言ってしまえば、彼女が連理を請け負った方が確実かもしれない、それも分かっている。だが、この怒りを受け止めなければならないのは自分だ、自分しかいないのだ強く感じていた。それは使命感というよりも、その殺意から皆を守りたいからという彼自身の矜持にも似た何かだ。

 リンドはそれに対して何かを言いかけて数度口を開閉するが、諦めた様に息を吐いた後に小さく舌を出してから踵を返す。皆の目から見れば聞いた事もない名前の何かに話しかけている様子だが、それに戸惑う時間すら惜しい状況だった。


「あの魔物達の迎撃に移るぞ!!」

「守りを固めるぞ!俺に続け!!」


 ブランとダルガの号令で各員が一斉に動き出す。だが、葵はそれを見届ける間もないまま連理の蹴りによる猛攻に対応しなければならなかった。蹴り上げ、腹に向けて叩き落とす様に足を突き出し、次には吹き飛ばす様に側面から。防いで、受け流して、弾いて、出来る限りの防御手段の最中に黒曜石の刃を放つがそれ等も攻撃の動作のついでで叩き落とされる。互いに落下しながらの攻防はそれでもまだまだ序の口だった。

 2人ともが1番近くの岩山に着地し──


「疾り、食い破れ!!」


 だが、着地のタイミングを狙われた、向かい側から風そのものが質量を持って襲いかかる様に突風が葵目掛けて飛んでくる。


「っ!やばっ……!」


 右に倒れる様に転び直撃を免れるが、彼の立っていた位置の背後の岩が抉れてる。だが瞬きをした時にはそこには既に連理が同じ箇所に足を突き立てていた。それも、葵の立っている場所にも衝撃が通じるほどの威力で。

 以前の使徒と違って微塵も舐められてなどいないからこそ、より純度の高い殺意を浴びている事を実感する。彼女はその“武器”を使いこなしている、強烈なまでの自我を理解して、それで殺そうとしてきている。


「ちょこまかと……っ!」

「避けないと、死ぬじゃないか!!」

「なら疾く死になさい!!」


 首を狙った回し蹴り、綺麗に真横に来るからこそ、あえて足を後方に滑らせて頭の位置をすぐに下げる。その最中に黒曜石の刃を放つが、それは当然上半身の動きだけで回避される。


「そんなナマクラな攻撃──」


 その直後、転んだように見せかけた葵は地面に手をつき、その力で重心を維持しながら足を振り上げる。


「い゛っ!?」


 顎に爪先が命中した連理の顔が軽く跳ね上がる。小さな一撃だが、使徒に一撃を与えられた事が大きい。

 そのまま回転するように足を振り、足がつく瞬間に地を蹴って地面についていた手は刀を握り直す。接近と攻撃の体勢を取る事を同時に行った葵の斬撃は、連理の回避行動より先に刃が届く。


「あぁっ!!」


 狙いからズレて彼女の片腕に一本の切り傷が出来る。皮を裂いた程度の浅い傷だ、しかしそれだけではない──


「!?」


 彼の斬撃の軌跡、その反対側からその斬撃という現象だけが発生する。葵は逆側から斬ってはいない、彼の鏡の名を冠する刀の能力。当の葵は体勢をより低くして斬り上げる構えを取っている。

 一度受けた傷の位置はまだまだ新鮮だ、使徒である彼女はもう片腕を後ろに引き、構えている葵に向けて蹴り上げんと足を振るうが、頭を逸らして足の上がったところに刀で足を打ち上げる。


「っ、何よそれ!!」

「俺も知りたいぐらいだよ!」


 片足だけでバランスを取るのにも限界があったのか、連理の身体が揺れる。そこに肩から体当たりを入れて追撃を加える、わざわざ斬撃ではなく体当たりを入れる事には彼なりの理由があった。足場の悪い岩山での戦闘を現在している、そう彼女の背後は崖だった。


「ぅ、く!!」


 その身体が崖から落ちる寸前、葵はその片腕を引っ張った──


「……は?」


 連理も彼の行動の訳が分からず、呆気に取られたのか目を丸くしていた。年相応の素顔、彼女が憎悪に囚われなければこんな顔が出来たのかと複雑な思いを抱く。だが、葵は彼女を絆す為にこんな事をしたのではない。


「このままだと君は落ちる、この世界でも痛みや、傷は、本当の死に繋がる」

「…………」

「人を殺すのは楽しくない、辛いと、本当に思わないのか?」

「──」

「俺は、嫌だよ。それが怖い、それを越えてしまったら俺は、きっと地球への帰り道が分からなくなる」


 どれも紛れもない本音だった。仲間を殺されても、自分の命が狙われていても、それでも殺したいと思ってなどいない。正確には思えない。殺さなければならないかどうか、それを今見極めなければならなかった。彼女がこれまで邪神に捧げた魂は?ロナリスは?そう考えれば見極める以前の問題だ。

 それでも、それでもまだ。


「異世界だからって、俺達が、皆が同じ地球人である事実は覆らない」


 甘さだとか、臆病だとか、そう言われても構わなかった。必死になるしかなかった。この世界で起きてる事、人間同士で殺し合うなんて事、邪神なんていう訳の分からないものに踊らされているなんて事、それはやはりおかしいと分かっていてほしい、と。

 ただ、それだけが──


「翼を殺したお前がそれを言うの?」


 憎悪以上に、怒り以上に、驚愕のままに放たれる言葉。


「──え?」


 いまだ、彼女はそれ以上動こうとする気配はないが、葵を真っ直ぐ見つめる視線は失望にも近かった。


「そう、なのね。覚える価値すらなかったんだ」


 人違いをしているのではないだろうか?真っ先に浮かんだ言葉はそうだった。覚えがないものは覚えがない、それでも、その発想が最初に出た自己嫌悪という領域も瞬く間に増える情報量を前に過ぎていく。


「ねぇ、翼は……あの子は、アンタの越えた内に入らなかったの?」


 苦しめて、痛めつけて、最後には殺そうとするほどに憎んでいる相手にギリギリの善性を求めていたのかもしれない。その声が震えていたのが、ショックを受けてのものだと分かる。今にも泣きそうな声、その視線、少なくともそれは偽物ではない。


「なん、の……?」

「翼の言葉も、覚えてないの?あの子の最期を知ってるのは、もう……あの子をちゃんと覚えてるのは、私だけなの?」

「君が、何を言っているのか、分からない」


 息が荒くなる。そんな事実はありえない、あるはずがない。葵の地球にいた頃の記憶はごく普通のものだった、この世界に来てからあの使徒以外は地球人との交戦はなかった。だから、彼女の勘違いに過ぎないはずなのに、頭痛が、耳鳴りが酷くなる。


「7歳の男の子、私の弟、たった1人の私の家族……」

「違う……」

「私達を追い詰めて、私の目の前でアンタはあの子の首を刎ねたのよ?」

「違う」

「どうして、それなら私もあの時殺さなかったの」

「俺は、そんなの知らない!!」


 覚えのない術が頭に入ってきた時のように、何かの記憶がよぎる。血、悲鳴、切断、罵倒、使命、彼女の言葉を否定する事を妨げるように。誰かが泣いている、誰かが叫んでいる。それでも、やはり覚えがない、彼が何をしたというのか?


「そう、そっか……」


 か弱い声、か弱い言葉、これまでの焼き尽くしそうな程の感情を見せ続けてきた彼女からは想像もつかない程の。葵の問いかけに対する答えは聞けないままに、その答えを得る機会は失われた。


「分かった」


 突如として葵の立っている崖ごと抉る上昇気流が発生する。


「うああぁぁぁぁぁぁっ!?」


 抉れた岩が風に巻き込まれ、速度をつけながら葵の身体を襲う。だが、彼の頭上に位置している使徒はそれだけで済ませる気はなかった。


「命が軽い?そうよ、私は翼がいてくれたら良かっただけだもの。私も翼も魔王様は受け入れてくれた、でも勇者は私達を排除しようとしたわ」


 葵が姿勢を整えたり、防御する暇すら与えずその足を振り上げる。


「この人殺し」


 どの口が、そう叫びたかった、そう叫んでも許される立場のはずだった。だが、正しさよりもその激情に、そしてどうしようもない喪失感を慰める為に、その力を行使する事になった者に、どんな言葉が届くだろうか?


「翔る風靴パッセンジャー、吼えなさい」


 ダウンバースト。地面にぶつかって広がる際に強い風が吹く現象を

 本来のその現象とは厳密に言えば異なるとしても、そう称したくなる一撃は岩山を揺らしながら葵を叩きつける為に打ち込まれる。

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