第85話 結婚
レトナーク平原の決戦から、十年が経過した。
リーズラグド王都では戦勝十周年を記念して、今年は十日間のお祭り期間を設けて、盛大に祝うことになっている。
そのお祭りの最後に、俺とソフィの結婚式を挙る予定だ。
内乱や破壊神が暴れた後の復興作業、他国との戦争などが立て続けに起こり、なかなか祝い事が出来ずに、タイミングを逃して式を挙げ損ねていた。
破壊神と戦う前にプロポーズしてから、かなり時間が経っている。
彼女との間にはこの十年で、すでに二人の子供が誕生していて、私生活も一緒にいることが多くなった。
式を挙げていないだけで、もう結婚している様なものだし、二人とも結婚式には拘りは無かったが、立場上、お披露目しない訳にはいかない。
そして俺は――
どうせやるなら盛大に、そして国中から祝福される催しにしたかった。それでこの十周年の戦勝記念と、併せて行うことにしたのだ。
国中が浮かれているタイミングでの、王子の結婚である。
否が応にも盛り上がる。
祝福ムードで、結婚式が出来るだろう。
俺は王城にある、見晴らしの良い自分の部屋から、城下を見渡す。
城に近い貴族街は流石に落ち着いているが、平民が多く暮らすエリアは連日大盛り上がりだ。
この国は景気が良い。
祝い事がある日は、特に賑やかだ。
俺は転生してから戦うことがメインで、これといって前世の記憶を活かしてはこなかったが、戦争が終わってからは国の方針として、減税政策に取り組んだ。
前世の歴史で有名な減税政策と言えば、織田信長の楽市楽座だ。
それを真似た。
この世界でも宗教勢力は色々と理由をつけて金を徴収していたが、その大部分を改めさせた。
商売をする場合は税金以外にも、宗教勢力にお布施を納めなければいけなかったりした。宗教勢力は他にも、通行料などを取っていたりもした。
いわゆる『みかじめ料』のようなものだ。
その既得権益を大幅に縮小、もしくは廃止した。
俺は細部に口出しはしなかったが、ローレインを筆頭に出来る奴に腕を振るって貰った。
信長はそれで、宗教勢力との全面戦争となった。
俺の場合も神殿勢力からの反発はあったが、戦争に発展することは無かった。
神殿勢力はすでに力を低下させていたし、主要な勢力はローレインの支配下にあった。俺が戦争で活躍したこともあり、表立って逆らう勢力は無かった。
それ以外には、為替手形や株式による資金集め、先物取引などの考え方を、ロザリアやローレインに話して、この国の現状に合わせて体系化して貰った。
俺のおぼろげな知識からでも、優秀な彼女たちは制度を理解して、実用化してくれている。
宗教勢力をターゲットにした減税政策が功を奏して、リーズラグドの経済は好調で、他国との貿易も盛んになった。
かつて戦争した西の大国チャルズコートとの関係は、今では良好で貿易も盛んになっている。
二大国の間にあるレトナーク平原の国々も、恩恵に預かり潤っている。
北の大国とはいまでも疎遠で、その属国は時々南下してきて、その度に小競り合いが起こっている。
東のゾポンドートは魔物の森を切り開き。開墾作業を進めている。
南のダルフォルネは俺の手を離れ、先代の甥が後を継いで治めている。国境を接するピレンゾルは、国が崩壊して四つの小国に別れて、その内の一つが消滅した。
消滅したのはリーズラグドと接する南の地域で、いまでは人の住めない荒野となっている。
そのため、国境付近に発生した魔物を間引きする為に、ダルフォルネ領の兵士が国境のから出て、巡回して定期的に魔物退治をしている。
戦闘訓練に丁度いいので、いまでは軍隊の恒例行事となっている。
ピレンゾルといえば、ローゼリアの潜伏場所の第一候補と目されていたが、奴は居場所をチャルズコートへと移し、またもや聖女を襲撃したようだ。
チャルズコートの今代の聖女や王子が、悪魔と化したローゼリアを撃ち滅ぼしたことで、長年の懸案だった『魔導書』と『ローゼリア』の二つが一気に片付いた。
俺の知らないところで、あいつは勝手に終った。
この世界には色んな奴が生きていて、それぞれに物語がある。
あいつにはあいつの物語があって、その結果が存在の消滅なのだろう。
奴と対峙する宿命を背負った聖女もちゃんと居て、見事に役割を果たした。
この世界の問題の全てを、俺が解決する必要はない。
そう思えて、ちょっとほっとした。
――戦勝記念祭、最終日。
この日は朝から神殿で、誓いの儀式を行い、その後は馬車で街に出てパレードをして、昼食と休憩を挟んで、今は城下を見渡せる城のバルコニーで、集まって祝福してくれている国民に向かって、ソフィと一緒に手を振っている。
ソフィはずっと、皆のために祈ってきた。
戦争が終わってからは、俺と一緒に国内外を回ることが増えた。
色んな施設を慰問して、人の幸せを祈ってきた。
だからこうして、結婚を祝って貰えるようになったのだと思う。
俺はふと、偽聖女の公開処刑を思い出した。
あの時は集まった民衆が、彼女に罵詈雑言をぶつけていた。
俺にとってそれは、他人ごとでは無かった。
俺たちは共に、嫌われるために創られたキャラクターだった。
それがこうして、結婚を祝福されるまで持ってこれた。
俺一人では無理だったと思うし、ソフィ一人でも駄目だった。
俺たちは二人だから、運命を切り開くことが出来たのだと思う。
今日は朝から、雲一つない快晴だった。
「晴れて良かった」
俺がぽつりと、つぶやくと――
「そう、ですね」
隣に居るソフィが、律儀に答えてくれる。
俺にはただ、それだけのことが嬉しくて――
幸せを感じることが出来た。
そう思いソフィを見ると、彼女の雰囲気が少し変化していた。
大勢集まった人々を見つめている。
彼女も昔のことを、思い出しているのだろうか?
――いや、あの時の記憶は、無くしているはずだ。
「私はあの時に、処刑されて殺される運命でした」
思い出して、いるのか?
「ですが、あなたが変えてくれました。――初めてお会いした時から、あなたのことが好きでした。この日を迎えることが出来て、私は幸せです」
彼女は祝福してくれている人たちを、まっすぐ見つめながらそう言った。
その目には、少し涙がにじんでいる。
「初めて会った――それは、どっちの?」
俺は尋ねる。
「どっちも、です!!」
ソフィはこちらを向いて、嬉しそうにそう言うと――
俺の胸に飛び込んできた。
俺はソフィを抱きとめて、そのまま抱え上げる。
そして――
「ありがとう」
そう言ってから、キスをした。
広間に集まった大勢の国民が、ひときわ大きな歓声を上げる。
今日の佳き日に、結ばれて――
そして二人はいつまでも、幸せに暮らしました。
これが――
嫌われ役の王子に転生して、偽物の聖女と一緒にその運命を変えた。
俺達二人の、物語。
―END―




