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聖女を追放した国の物語  作者: 猫野 にくきゅう
物語の終わり

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第84話 再会

 僕は盾を掲げて、上空から降り注ぐ矢を防ぎつつ、後方へと撤退している。


 ピレンゾル軍は北上しリーズラグド・ダルフォルネ領との国境にある、敵の要塞に攻撃を仕掛けている。



 だが、僕たちがどれだけ攻撃をくり返しても、敵の要塞はビクともしない。

 相手は守りを固めて、決して攻めては来ないのだ。


 それに対して、こちらは砦を攻めるには数も少なく、士気も低い。




 ピレンゾル軍には、この状況を打開する英雄はいない。

 敵の隙を探りだし、相手の意表を突けるような知将も存在しない。


 それでも、ただ闇雲に、とにかく攻め続けなければいけない。

 ローゼリアの命令には、誰も逆らえないからだ。





 付け入る隙の無い敵の砦に、勝てる希望も戦う大義もないまま、ただ無策に犠牲を強いられる前線の兵士達には、絶望が広がっている。


 そのため、意を決してリーズラグドへと亡命する者が、出始めているらしい。

 ここで無駄死にするよりは、僅かでも希望のある所へと逃げ出しているのだ。





 僕はローゼリアの命令で、戦場に出て戦っている。


 前線の部隊に入る都合上、彼らには身分を隠しているが、国王という立場で作戦会議などにも顔を出すこともある。


 その席では将校たちが、脱走兵の増加を嘆いていた。







 砦に対して無謀な突撃を行い、撃退されて撤退した僕たちは、負傷した仲間の兵士を野戦病院へと運ぶ。


 足を怪我した兵士に肩を貸し、運び終えた僕に声がかかる。


「おい、レール! こいつを運ぶのも手伝ってくれ!!」




 僕は部隊に混乱が起きない様に、身分を隠して従軍している。

 そのため、同じ部隊の仲間も遠慮なく僕に接する。



 僕は傷を負って動けない、仲間を運ぶのを手伝う。

 だが野戦病院のベットはすでに一杯で、テントの外に寝かせることになる。



 薬も回って来ない。


 僕たちが運んだ仲間の兵士は、例えベットが空いていて、薬があっても助からないほど負傷している。



 医者から見捨てられたのだ。


 助かる見込みがなく――

 助ける余裕もない。



 彼は最後にペンダントを握りながら、恋人の名前を呟いていた。

 最後にもう一度会いたかったと言って、彼は死んだ。



 恋人に、もう一度会いたい、か。


 僕も……

 もう一度、ステファに――




 ……。

 あの恐ろしい、悪魔のような女。

 ローゼリアに屈服し、服従し、完全に折れたはずの僕の心に、微かな火が灯る。

 

 目の前で死にゆく兵士は、もう恋人には会えないだろう。



 だが、僕は――

 僕もステファも、まだ生きている。


 彼女のことを想うと、心に硬い一本の芯が出来た気がした。

 




 毎日毎日、無為無策に無謀な攻撃を続ける日々。


 そんなある日、僕は同じ部隊の一人から、ある誘いを受ける。



 その男の顔は、緊張で強張っている。

 辺りを気にするように、キョロキョロと見渡してから小声で切り出す。


「なあ、レール……お前も、来ないか?」


 詳しく話を聞いてみると、それは――

 亡命の誘いだった。






 僕は一瞬、迷った。


 この男が秘密警察の一員か何かで、こうやって不穏分子を炙りだしている可能性もあったからだ。


 それに、亡命の話が本当だとしても、成功する確率、そして亡命先のリーズラグドで、どのような扱いを受けるか――


 共に、未知数だ。




 でも、迷ったのは一瞬だけで、僕は首を縦に振った。

 

 リーズラグドには、彼女がいる。

 今どうしているのか、ちゃんとまだ生きているのかすら定かではないが、亡命すればステファとまた会える可能性がある。


 小さく、か細いが希望がある。

 僕はこの危険な賭けに乗ることにした。


 そして――









 戦争終結から、二年後。


 この二年間、僕はリーズラグド・ダルフォルネ領にある捕虜収容施設で暮らしながら、土木工事などの肉体労働に従事してきた。 



 亡命した僕たちは、なんとか生きながらえていた。


 僕が亡命してから少し経った頃に、ピレンゾルの国王ピレールが戦死したという情報が、この収容施設にも届いた。


 

 僕が姿を消したことに気付いた軍の上層部は、亡命を疑ったかもしれない。

 

 しかしその可能性や、僕を取り逃がした事実を、そのままローゼリアに報告できるわけもなく、『戦死』という扱いにしたらしい。



 あの頃の僕の心は、完全にローゼリアに屈服していた。


 監視員たちも、僕のような従順で情けない敗北者が、自分の意思で逃げ出すなどとは思いもよらなかっただろう。


 実際、ステファにまた会えるかもしれないという希望が無ければ、僕は亡命の話には乗らなかった。

 無気力な僕に対して監視は緩く、亡命の動きは彼らに察知されなかった。






 この収容施設に入れられて、二年になる。

 仕事以外では外出もできずに、まだ彼女とは会えていない。


 だが亡命申請を出して、二年目の今日――

 労働実績が評価され、大きなトラブルを起こさなかったことで、申請が認められ、市民権を得たことで、外に出る自由を手に入れた。


 さらに、二年間の労働の対価として、かなりの金額の給金も支給された。

 これだけあれば、これからこの国でステファを探すことに専念出来る。




 僕は一緒に亡命し、収容生活を共にした仲間たちとの別れを済ます。

 彼らは魔物退治の傭兵として、やっていくことにしたらしい。

 

 僕も一緒にやらないかと誘われたが、探したい人がいるからと断った。

 彼女を探す軍資金が尽きれば、僕も彼らと一緒に働こうと思う。



 僕たちはこれからこの国で暮らしても良いし、生まれ故郷に戻っても良い。


 ただ、ピレンゾルという国はすでに、事実上存在しない。


 その名を名乗っている勢力はあるが支配地域はごく一部で、到底『国』と言えるようなものではない。

 旧ピレンゾル領は全体として治安が悪化している。

 向こうに家族や親類、会いたい人でもいなければ、敢えて行くことは勧められないような有様らしい。



 僕はもう、戻る気はない。


 地位と名前はとうに捨てた身だし、なによりあそこにはローゼリアがいるはずだ。

 あの恐ろしい悪魔の支配する場所へと、赴く勇気はない。



 僕は逃げ出したのだ。


 だが『自分には何もできない』と思いこみ何もしないよりは、消極的ではあっても『逃げた』ことは数倍マシな選択だと思う。

 

 


 僕は働いて得た二年分の給料を持って、収容所を出た。


 外の道には、少しだけ人だかりが出来ている。

 ここを出る人間は、そこそこ金を持っているし、これから働き口を探す者もいる。


 スカウトやサービスの誘いが、いつも居るらしい。

 僕は生憎、そのどちらにも用は無い。


 客引きや誘いに乗らずに歩いて行くと、道の先に一人の女性が立っていた。










 二年ぶりに会った彼女は、顔の包帯が少なくなっていた。

 どうやら、ローゼリアから受けた傷は、回復に向かっているらしい。



 僕は目に涙を浮かべながら、彼女の元へと駆けだした。



「……お待ちして、おりました」


「待たせてしまって、ごめんね」



 僕たちは再び、一緒に暮らし出す。







 国外追放されたステファは、この国の上層部に事情を話し、その情報の対価として怪我の治療や、金品を受けることが出来たらしい。


 この国で開発された呪い封じの呪符で、ローゼリアから受けた呪いはかなり良くなったそうだ。あと一年もすれば、完治するだろうと言われている。




 ステファは情報料として渡された資金を元手に、自分で考案したデザインの家具を作り、販売して暮らしている。


 王宮でメイドとして働いた経験や知識を活かした商売は好調で、今では大きな店を構えている。


 ステファの治療に携わった呪い封じの呪符の制作者が、彼女のことを気に入り、色々と融通を利かせてくれたらしい。




 最近はピレンゾルからの亡命者が収容されている施設の前に毎日赴いて、僕を探していたそうだ。

 僕が生きているとすれば、そこしかない。


 国王ピレールの戦死の情報は知っていたが、亡命者として生きている可能性に一縷の望みにかけて、見に来ていたそうだ。




 ステファはこの国で、立派に自立して生きている。

 対して僕は、王族の地位を捨てた身だ。


 働いて得た金はあるが、彼女の資産と比べると大した金額ではない。


 僕は一緒に亡命した仲間たちと、傭兵ギルドで働き始めたが、自分で始めた商売で成功している彼女と比べると、どうしても見劣りする。



 何も持っていないに等しい僕が、彼女にプロポーズすることは、とても勇気のいることだ。


 正直、逃げ出したい。

 そんな事せずとも、彼女は僕と一緒にいてくれるだろう。


 だが、それでは駄目だ。



 ずっと諦めず僅かな希望に縋り、僕のことを待っていてくれた彼女と、ちゃんと向き合う為にも、僕は勇気を出して、この気持ちを伝えなければならない。



 僕はこの日、勇気を振り絞り――

 

 愛する人に、想いを伝えた。

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