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聖女を追放した国の物語  作者: 猫野 にくきゅう
追放された聖女の物語

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第76話 悪魔へと至る道程 8

 西の大国チャルズコートと、東の大国リーズラグドの戦争準備は着々と進み、北の大国や中央のレトナーク平原にある中小国家も巻き込んで、近年稀にみる大戦争が始まろうとしていた。


 私が裏で支配するピレンゾルも、その戦いに参戦する準備を進め、すでに進軍を開始している。


 戦争に本腰を入れる気の無かったこの国の上層部の尻を叩くために、王子アレスの悪行の数々を流布して、悪魔ベルゼブブの力で愚民共を扇動し、本気で戦わざるを得ない状況を作り出した。


 情報工作員に眷族のハエを一匹たからせれば、その工作員が流す悪意ある『噂』は信じられやすくなり、広まりやすくなる。




 新国王となったピレールを、侵攻軍に入れて従軍させている。


 リーズラグドの阿呆王子が戦場に出るというのに、私の下僕が安全な城に籠っているなどありえない。


 『阿呆王子以上に、戦場で活躍してこい』と言って、送り出した。

 戦功を上げて、私への愛を示すように命令しておいた。


 それが出来なければ、またお仕置きだ。


 

 私が聖女になれなかったのは、奴の愛が足りなかったからだ。

 あの愚図は人を愛することも、満足に出来ないのだ。


 ――ゴミめッ!!




 


 邪魔者だった泥棒糞メイドは、悪魔の呪いで仕置きして、この国から追放済みだ。


 私の味わった苦しみを、あいつにも味合わせた。

 あれは愉快だった。


 多少は留飲が下がる気がした。

 


 精神的に未熟なピレールから、保護者を奪った。

 狙い通り、奴は私に逆らえないでいる。


 ピレールは私の言う事を、なんでも素直に聞く。







 レトナーク平原では東西両軍が山に布陣し、睨み合いを続けている。


 チャルズコート連合軍の兵力は約十五万。

 対するリーズラグド連合軍は約八万。



 両軍の兵数には、二倍の開きがある。

 聖女の結界の無いリーズラグドは、総力戦が出来ない。


 魔物の脅威がある以上は、駆除と警備に人手を割く必要がある。



 そして国境を接する北の大国の属国が、南へと進行を開始したことに加え、このピレンゾルも兵を北上させている。


 北と南の抑えに兵力を割いて、国境の守りを固めなければならない。


 北の大国がチャルズコートに付いたこともあり、戦前の下馬評ではチャルズコートの勝利は確実と予測されている。


 戦争は勝つ方に付く。

 これが鉄則だ。


 レトナーク平原にある中小国家も、多くはチャルズコート側に付いた。


 この戦争は戦う前に、勝負がついている。

 北の大国を事前に味方につけていた、チャルズコートの勝ちだ。


 


 チャルズコートの最高司祭、チェルズスカルの奴が私を抱きしめながら、自慢げに知識を披露していたので、私もある程度は情勢や勝敗予測に詳しくなった。



 あの手のナルシストは、自分の有能さをひけらかしたがる。


 とにかく、これだけ兵数に差があれば、中央の戦いの勝利は揺るがない。




 問題は私の支配する、このピレンゾルの勝利だ。


 中央の戦いでチャルズコートが勝てば、ダルフォルネ領辺りは自然と支配できるだろうが、それではつまらない。


 ――やはり、戦いに勝利して勝ち取りたい。


 私が支配する国の、私の軍隊だ。

 負けは許さない。




 私も眷族を差し向けて、リーズラグドに打撃を与えたいところだが、あの偽聖女の能力の詳細が分からないので手が出せない。


 奴のことを考えると、ズキズキと顔の痛みが増してくる。


 ――呪いがまた、跳ね返されるかもしれない。


 怯えて、呪いを放てない。

 トラウマになってしまっている。

 

 あんな、ゴミのような無価値な女に、この私が怯えている。




「おのれぇえっぇええええええ!!!」



 私は腹いせに、城の中に居た適当な奴に、呪いをぶつけて殺した。


 だが奴への怒りと怯えは、いつまでも消えなかった。








 ピレールが死んだ。

 国境の砦を攻略する為に、何度も攻撃をくり返し、戦死したらしい。



 私はピレール戦死の急報を受けて、茫然とした。

 心が無になり、やがて……。


 激しい怒りが湧いてきた。





 ――あの小僧は、どこまで無能なんだ!!!

 

 何の役にも立たなかった。

 私の心は、あのクズへの憤怒で埋め尽くされた。





 国王ピレールが戦死したピレンゾルは、分裂状態に陥る。


 国王が即位したばかりで出兵し、明確な後継者を選定する前に戦死したため、跡目争いが勃発し、四つの勢力が相争う深刻な内乱状態となった。



 ピレンゾル正規軍は、リーズラグドに侵攻中で、ダルフォルネの国境の砦に釘付けになっている。


 私が支配下に置いている前王妃に、この混乱を収める政治力も軍事力もない。


 私の手駒の眷族たちも、随分と数が減っている。




 ――仕方がない。


 新しい『戦力』を作るしかないか……。

 私はベルゼブブを呼び出して、新しい『戦力』を作ることにした。


 眷族たちが生まれてくるまでは、王都の安宿に潜伏する。



 


 私が居なくなった王城は、内乱を起こした勢力の一つが占拠した。

 王城にいた前王妃は、捕らえられて公開処刑された。



 ――まあ、いい。


 誰が表のトップに立とうと、裏の支配者はこの私だ。


 数日で、私は『戦力』を生み出した。



 さてと――

 これを使って、王城を支配している勢力を乗っ取るか……。

 

 私は城を目指して、歩き出そうとするが――

 妙に体が重い。




 おかしい。


 視点が低くなっていて、見える景色が違う。


 なんだ?

 ――どうなってる?


 身体を動かすのが辛い。


 違和感に気付く。

 私の手が小さく、皺くちゃになっていた。


 手だけではない、急いで確かめると体が縮んで、皺だらけになっている。


 これでは、まるで――




「そうやで、今の聖女はんの見た目は、年取ったお婆ちゃんになってるんよ。――そろそろかなぁ、と思っとったけど、ついに来てしもうたか、この時が――」


「な、何よこれ? ついに来たって、何が!! 答えなさいベルゼブブ!! なんで私がこんな、老婆に……」



 私は急激に老いていた。

 ベルゼブブの奴は訳知り顔で、こうなった理由を話し出す。


「最初の頃に言いましたがな。契約者の『肉体』と『生命力』を提供して貰うて――わいと聖女はんの間で『戦力』を作るには、聖女はんの生命力もぎょうさん必要になるんですわ」



 じゃあ、なに――?

 このハエの呪いを大量に作る度に、私の生命力が大幅に減っていたというの?

 

 でも、そんな。

 昨日まで肉体には、なんの変化もなかったのに――


 突然、こんな……。


「それは、わいが老化を止めてたからや。聖女はんの身体が老化せんように、わいが必死に――聖女はんはその美貌が自慢やさかい、呪いを生む度に年老いてくと、モチベーションが下がりますやろ? せやから、老化の進行を食い止めてたんですわ。けど、それも限界に来てもうて、聖女はんは皺くちゃの婆さんになってもうた。――という訳でんねん」



「『でんねん』じゃないわよ!! ふざけないで!! こんなことになるくらいなら、あんなことしなかったわ!! どうしてくれるのよ! ハエ男!! 私の美しい顔を返しなさい!! 今すぐ私を元の姿に戻しなさいっ!!!」



「……ええよ。ほな――聖女はんの、その願い。叶えさせて貰いますわ」



 ――えっ?


 いいの??



 私が少し驚いて、悪魔を見ると――

 ベルゼブブの身体から、黒い煙のような霧が立ち込めていた。


 その霧は私の方へとやってきて、口の中から体内へと入り込む。



 そして――


 悪魔ベルゼブブは、私の願いを叶えた。

 私の姿は一瞬で元通りの、若く美しい姿へと変化した。


 顔の傷も治っている。



 代わりに――

 私の目の前には、皺くちゃの老人が座り込んでいた。


 老人は私を見つめて、満足そうに話し出す。


「あー、上手く行きましたな。これであんさんが、今日から『ベルゼブブ』や。一応忠告しといたるけど、あんまり長く、その姿でおらん方がええよ。――契約者がおらん状態で力を使い過ぎると、強制的に魔導書に封印されるさかい、普段はもっと力を抜いとき――ほんじゃあ、わいは一足先に地獄で待ってるさかい、あんさんも誰か適当なのに、『ベルゼブブ』を擦り付けて、地獄においで」



 男はそう言うと、愉快そうに笑った。


 男の言うことは嘘ではない。

 そう感じ取った私は、慌てて力を抜いた。

 

 私の顔が変形するのがわかる。

 私は宿の窓の鏡に映った、自分の姿を見た。


 そこには顔だけがハエの、成人女性の身体があった。


 

 私は自分の身に、何が起きたのか理解した。



「いやーそれにしても、聖女はん――あんさん、えらいチョロかったで、あんさんも契約者をはよー見つけて、抜けれるとええな――じゃあ、ワイはそろそろ行くわ。ほなな!」



 私は目の前の男が、老衰で死ぬ前に――

 ハエの呪いを使って、そいつを殺した。


「どうして、私がこんな目に……」


 この部屋の中には、もう――

 私の問いに答える者は、誰もいない。

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