第54話 シーネの気苦労
私は部隊の斥候として、先行して馬を走らせている。
ダルフォルネ領から王都までの道のり――
恐らく危険はないだろうが、魔物や賊との遭遇が無い訳ではない。
万難を排して、安全を確保しなければならない。
なにしろ、私達が護衛しているのは、この国の次期王妃となられるソフィ様だ。
護衛を担当しているのは、昔からアレス様と魔物退治をしていた傭兵の戦士団だ。
中型の魔物相手でも、後れを取ることは無い。
私達には、それだけの実力がある。
王都までの旅の間に、万一のことなどないだろう。
だが、きな臭い動きも報告されている。
なんでも、西の大国チャルズコートの神殿勢力の主流派が、不穏な動きを見せているのだとか――
そして、今回の旅の発端は、王都にある神殿からの招待。
神への感謝をささげて欲しいという名目で、『聖女』ソフィ様を神殿に招いた。
――彼らにも、ソフィ様は聖女ではないと、見当はついているはずなのに……。
――いやな予感がする。
正直、招きに応じない方が、いいように思う。
神殿では建前上、全ての神様をお祭りしている。
だが、実際には目に見える恩恵の大きな、『女神ガイア』一強の状態だ。
聖女が定期的に誕生していたこの国では、その傾向が特に強い。
だがここ数年は、聖女による恩恵もなくなり、戦神の加護を与えられたアレス様の活躍もあり、神殿内の勢力図に変化が起こっているという。
女神ガイア様を崇める勢力が、自分たちの権勢を保つために、アレス様の婚約者のソフィ様を偽聖女として糾弾して、恥をかかせる。
――そんな策略を巡らせてくるかもしれないと、懸念されている。
しかし、アレス様はそれを踏まえて、ソフィ様に判断を委ねた。
そして、ソフィ様は王都へ向かうことにした。
ならば私たちは、全力でソフィ様をお守りするだけ――
なのだが、部隊内にはソフィ様に対する不満も少なからずある。
それも、私の不安要素だ。
何しろ……
今回の王都行きを決めた理由が――
「神殿からの招待で、王都へ……ですか?」
「ソフィ様! 王都には、美味しいお店屋さんがいっぱいありますよ。ライザさんが詳しいので、案内して貰いましょう!!」
「それは楽しみですね! リリム――たくさん食べれるように、お腹を空かせて参りましょう」
――こんな感じで決まったのである。
慌ててライザさんが、フォローしていた。
ソフィ様は、記憶を無くしている影響なのか、お世話をしているリリムとの相乗効果なのか、年齢の割にはどこか幼い印象を受ける。
私の見立てでは、今のところ――
同性からの評価、好き嫌いは丁度半々といったところだ。
基本的に、同性から好かれるタイプではなく――
アレス様の正妻としては、受けが悪いように思う。
ただ、お姉さん気質な年上からは可愛がられていて、積極的に評価している人もいる。親しみやすいお人柄なので、年下や気の弱い子からも人気がある。
そんな感じだ。
より多くの人がアレス様の正妻として望むのは、リーズラグドの叡智と称されるあのお方や、親衛隊のゾポンドートの姫君、副団長のリスティーヌ様。
頭脳や武勇に優れた方のほうが、同性からの受けがいい。
アレス様はあれでも、戦士団の皆から好かれているから、正妻を見る目も自然と厳しくなる。
――最初の頃は、只の困ったエロガキだったのになぁ……。
弓を教えて欲しいというから、手本を見せていたら後ろに回り込んでスカートをめくってきたクソガキだった。
弓の練習も真面目にするから、すぐに上達して 叱るに叱れなかった。
野営の訓練をしたいと言い出して、私の所属する傭兵団の野営訓練に加わったこともある。
その時は、身分を隠して加わった。
騎士団や傭兵団は、男女別に分かれて組織されている。
貴族の三男坊くらいだと思われたアレス様は、皆からイケナイ悪戯をされる。
そういうことが無いように傭兵団や騎士団は、男女別に分かれているのだから、女戦士の集団に、顔の整った男の子が入ればそうなる。
アレス様は訓練の後で、年上のお姉さんたちに弄ばれてみたかったとか言って、満足げだった。
おスケベが過ぎます……。
そんな手の付けられない困ったエロガキも、魔物を一緒に討伐するようになってから、徐々に見方が変わっていった。
私以外の皆も、少しづつアレス様を好きになっていったと思う。
そして反乱を武力で収めたり、邪竜王を倒したり、復活した破壊神を退治したりで、すっかりこの国の英雄になった。
だからこそ、アレス様の正妻には、みんな厳しい目を向ける。
相応しいかどうかを、見極めようとする。
今のところソフィ様を、不合格とする者は多い。
――だが、ソフィ様はアレス王子が選んだお方だ。
人を引き付ける魅力はきっとある。
人と人は、すぐに分かり合えるものでもない。
でも、分かり合える日もきっとくる。
その時までに、及ばずながらこの私が、ソフィ様と戦士団の皆を取り持とう。
私が決意を新たにした時に、王都が見えてきた。
王都ではまず、国王夫妻へ挨拶に伺うことになる。
私は謁見の間に向かう、ソフィ様を見送りながら――
ソフィ様、ちゃんと出来るかしら?
セリフを間違えないかな、マナーは大丈夫か、途中で転んじゃわないかしら?
などど、心配していた――
私の心配をよそにソフィ様は、何事もなく挨拶を終えた。
慎ましやかでありながらも、堂々とした立ち居振る舞いだった。
皆の見る目も、少し変わったように思う。
次の日からは、四大貴族を筆頭に上位貴族の方々と、順に挨拶をして回った。
そこでも私は心配し通しだったが、ソフィ様は立派に役目を終えられた。
「挨拶は、得意なのです」
――といって、ちょっと威張っていた。
挨拶を済ませてからは観光がてら、ライザさんおすすめの美味しいお店巡りをして数日を過ごした。
あいさつ回りの時とは違い、気を抜いているからなのか、何もないところでよく転びそうになっていた。
その度に私やライザさんが抱きかかえて、転ぶのを未然に防いでいた。
「しっかりして下さい」
と、苦言を呈するが――
幸せそうにご飯を食べる姿を見ると、可愛らしいとつい思ってしまう。
――捉えどころのないお人だ。
そして――
最高司祭からの招待に応じて、神殿へと赴く。
私達の護衛の任務もここまで……。
神殿の中は、神殿騎士の領分だ。
護衛の任務は、彼らが引き継ぐ。
――いやな予感がする。
今からでも引き留めよう。
神殿からの招待は、急病ということにして断りましょうと、ソフィ様に進言する。
だが、ソフィ様は自信満々な顔で――
「大丈夫だから、心配しないで。お祈りは得意なの!」
と言って、優しく微笑んだ。
私はソフィ様が――
何もないところで、何度も転びそうになったことを思い出す。
……まったく、安心できなかった。
心配で仕方がない。
私は神様に、ソフィ様の無事をお祈りした。




