第52話 ロザリアの信頼 1
ローゼリア事件から、半年が経過した。
俺は後宮でソフィと過ごした後、ロザリアの元を訪れている。
ロザリアは窮屈な貴族社会を嫌い、俺のところに身を寄せている。
自分の好きな研究に没頭していたいというのが彼女の望みで、それ以外は何もしたくないというのが、ロザリアという女だ。
高位貴族の家に生まれた彼女に、そんな我儘は許されなかったが、俺の妾になることで、彼女は自由を手に入れた。
自分の研究時間の確保が第一で、少しずぼらなところのある女だ。
研究以外は、日々ぐうたら暮らしている。
頭脳明晰で研究熱心な才女なので、調べて欲しいことがある時は、真っ先に彼女を頼っている。
俺は頼んでおいた調べ物の調査結果を聞きに、彼女の部屋を訪れた。
王子と言う身分を考慮すれば、相手を呼びつけるのが筋なのだが、ロザリアは呼び出してもなかなか来ないので、こちらから出向くことが習慣になってしまっている。
一応ノックしてから、ロザリアの部屋に入る。
俺は椅子に座り――
ロザリアはベットで寝そべりながら、本を読んでいる。
彼女は本を読みながら、その片手間で問題なく調査結果の報告が出来る。
無駄にハイスペックな女だ。
俺はロザリアから報告を受ける。
彼女に頼んでいた調査、考察依頼は次の三つ。
一、ソフィが見えるという死神ディースについて
二、ローゼリア事件で俺が倒した集合体の正体
三、悪魔召喚の魔導書について
一と二はソフィが死神から聞いたという話を元に、裏付けと考察を頼んだ。
ソフィが冥界の神に見初められ、死神がこの地に封印されていた破壊神を復活させ、それを俺が倒したという話の信憑性。
ロザリアはソフィが聞いたという死神の話は、信用に値するものだと結論付けた。
ローゼリア事件は、死を司る神の仕出かしたことだと、仮定すればしっくりくる。
破壊神の姿は神話とはずいぶんと違うが、そもそも破壊神の魂は七つに分断されているし、肉体は滅んでいるはずだ。
魂を呼び出す依り代として、死体の集合体を仮初の肉体として利用したのであれば、破壊神の姿が違うことも説明がつく。
そして、封印されていた破壊神が討伐されたことで、この国に聖女は誕生しなくなるだろう、という話も筋が通っている。
地母神ガイアが、聖女を誕生させる理由が無くなった以上、この国に聖女はもう生まれないだろう。
だがそのことで、新たに問題が生じる。
この国の国民に、聖女信仰は根強くある。
聖女が誕生しない期間が続けば、国民の不安と不満が増大する。
それが為政者に向けられるようになる危険は大きい。
今後の課題としては――
そのことを国民に上手く説明して、納得させていかなければいけない。
まずは、噂話や物語にその情報を盛り込んで、国民が受け入れやすい土壌を作るところから始めている。
ソフィが聞いたというディースの話が本当なら――
封じられていた破壊神が消えたことで、この国は聖女が居なくても『死の大地』になることは無くなった。
聖女と言う不安定なシステムに、頼らなくても良くなったとも言える。
その辺りをじっくり、国民に周知させていくしかない。
そして、俺がロザリアに頼んでおいた文献調査の内で、一番重要なのが三番目。
――悪魔を召喚することが出来るという魔導書と、悪魔『ベルゼブブ』について、詳しく知っておく必要がある。
魔導書は王宮の禁書庫から盗まれ、その後、処刑台でソフィが待たされていたところまでは確認できているが、ローゼリア事件の混乱で所在不明になり、いまだに発見されていない。
もう終わった出来事よりも、まだ解決していない不安要素の方が重要度は高い。
「悪魔召喚の魔導書――正確には『悪魔を封じ込める』ための魔導書だね。封印を解くには――『婚約者の命を捧げる』か、『悪魔に叶えて欲しい強い願いを持ち、代償を支払う』……。どちらも簡単なことじゃないから、封印が解かれる危険は低いよ」
「確かにハードルは高そうだ。けど、封印が解かれる危険もゼロじゃないな――」
悪魔が封印されている本か――
確かに禁書に指定して、封じておく必要がある本だ。
前世で禁書と言えば、時の権力者にとって都合が悪い記述があるから、燃やされる本というイメージだったが、こっちの世界では、ガチで危ないから厳重に保管されている本なわけか――
ローゼリアの奴め、面倒ごとを増やしやがって――
「――使われると、具体的にどうなる?」
「さあ、それは使用者の願いしだいだし、分かんないよ。――でも、一つはっきり言えることは、悪魔に願いを叶えて貰った人間は、周りに不幸をまき散らした挙句に、願いを叶えた本人が、一番不幸になる。そういうふうに出来ているんだって――」
……。
「ローゼリアの奴は、そんなものをソフィに使わせようとしていたのか――」
「酷いことするよね。けどまあ、使えなかったと思うよ。――ソフィ様が使うとすれば、婚約者のアレス王子の命を捧げなきゃだし――悪魔に代償を支払ってまで叶えたい願いとか、そんなの持ってそうにないし――」
「……それもそうか」
「まあ、『悪魔召喚の魔導書』が危険なものであることは確かなんだし、早く探し出して、禁書庫にしまっておいた方が良いよ――」
そう言いながら、ロザリアはポリポリと尻を掻いた。
――痒かったのだろう。
俺はロザリアの尻を見つめながら、あることに思い至る。
「……そう言えば、俺はロザリアからの信頼を、いつの間にか失ってしまったのだろうか――?」
「――は? 何言ってんの? アレス様……」
ロザリアは顔を上げてからこっちを振り向き、何言ってんだこいつ? と、言いたげな表情で俺を見つめてくる。
「――いや、俺たちが知り合って、半年くらいだったか――今日みたいに、俺がロザリアの部屋を訪ねて、研究結果の報告を聞いていた時にさ――」
俺はあの時のことを、ロザリアに話した。




