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聖女を追放した国の物語  作者: 猫野 にくきゅう
それぞれの結末

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第41話 聖女の終わり

 ここはリーズラグド・ダルフォルネ領の南部の荒野。

 

 私とシュドナイは、あのおぞましい死神から逃げきることに成功し、ピレンゾルへと戻るために、馬を走らせている。


 馬は兵舎に繋がれていたやつを、勝手に頂戴してきた。

 私の聖女の加護は、あの国に多大な恩恵を、与えてやってきたのだ。


 このくらいは、問題ない。




 抜け目のないシュドナイは、悪魔召喚を行える魔導書もちゃっかり回収して、持ってきている。

 この辺りのそつのなさが、私がシュドナイを気に入っている、理由の一つだ。


 ピレールも――

 シュドナイのような、頼りになる大人の男へと、早く成長して欲しいものだ。





「このあたりで、一度休憩しましょう」


 シュドナイはそう言って馬を止め、周囲に危険が無いことを確認してから、馬を下りる。

 次いで、私を馬から下ろして、今後の進路の説明を始めた。



「国境の砦を通るのは危険が大きいでしょう。少し遠回りになってしまいますが、西側の回り道を使います。聖女の加護のあるピレンゾルに入るまでは、魔物が出現するかもしれません。聖女様も気を抜かないように、お願いします」


「そのことなのですが……シュドナイ。聖女の力は、みだりに使えなくなりました」


 シュドナイは驚いた表情で、私を見つめる。


「……どういう、ことですか?」


「あの死神との戦闘で、力を使い過ぎました。もう余力がありません。――ですからこれからは聖女の力の使い方は、慎重に選ばねばなりません」





 地母神ガイアから、授けられた神聖力――


 正確には、転生特典で貰った神聖力だが、私はそれを使い切った。



 私の『存在の力』を消費すれば引き続き、聖女のスキルは使用可能なはずだ。


 しかし――

 『存在の力』なるものが具体的に何か、そしてどのくらい必要になるのか、わからないうちは、消費は最小限に控えなければ――。




「使い――切った?? あの、聖女様……確認なのですが、聖女の力は――いや、それより、この度のリーズラグド遠征は、どういった目的で?」


「は? 言ったでしょう? 私を追放した無礼を、咎めるためだと――」



「いえ、あの……そういった建前ではなく、どのような『真意』があったのかと……恐らくは……あの不気味な、聖女様でさえ手に負えないような、化け物の出現を予期して、あらかじめ先手を取るために敢えて――しかし、この度の敗北は……聖女の深謀遠慮すら及ばない敵が、ピレンゾルのすぐ隣に出現したとなると、どう対策を立てればいいものか――いや、まてよ……まさか、この絶望的な状況すらも、聖女様の想定内? いや、まさか――だが……」



 どうしたというの、シュドナイ?


 シュドナイは、よく分からないことを、早口でまくし立てる。

 早すぎて最初以外は、よく聞き取れなかったじゃない。


 本当に、どうしたのよ。

 ――まったく。


「真意? ああ、そうね。私の一番の目的は、あの阿呆王子よ。奴に身の程をわきまえさせて、屈服するまで痛めつけて、土下座させなければ、いけないわ!!」





「…………は?」


「そのためには、あの化け物が邪魔なのよね。早くどっか、よそに行ってくれないかしら、そうしたら、また軍隊を作って、今度こそ、あの阿呆王子に鉄槌を下してやれるのに……あっ! そうだわ。シュドナイ、あなたの取ってきた、この魔導書の悪魔を使いましょう」



「あの、聖女様……」


「ピレールにまとわりついている、あの忌々しいメイドに使わせて、ああっ、なんていい考えなのかしら!! 天才だわ、さすが私だわ!! 早く実行しなくちゃ。――ですからシュドナイ、このまま真っすぐに砦を通り抜けましょう。心配せずとも聖女の威光があれば、プギャッ――」


 私が喋っている途中で――

 シュドナイが突然、私の顔面を拳で殴打した。



「……はっ、――ああっ、しまった。――怒りで、つい……やってしまった。――ああ、くそっ、しまった…………こうなったら――」



 しまった、じゃないわよ。

 痛いわ。


 私はシュドナイの狼藉を、叱りつけようとするが――



「いっ、がッ……あっ、な、何を――?? アッ、あ、あがっがあ」


 逆に手で口を塞がれて、顔を鷲掴みにされる。


 シュドナイはそのまま握力を強めて、私の顎にひびを入れる。



 ぼぎっ、という嫌な音がした。



 奥歯が、折れている。

 私の口から、血が溢れ出す。


「やってしまった以上は、とことん……やるしかない」


 そう言いながらシュドナイは、私の顔を殴り続ける。




「も、もう止めッ、ぐ、グギャっ――」


 私は痛みに耐えられず、聖女の癒しを使い、自分の怪我を回復させる。



「ふむ、力がなくなったわけではない。というのは本当か――」


 シュドナイは観察するように、私を見つめながら呟く。



「シュッ、シュドナイあなた、私にこんな――ぷぎゃッ」


「学習能力が無いのか、貴様は?」



 シュドナイはまた、私を殴りつけた。


「聖女の力がまだあるなら、殺さずにおいてやる……だが、力に限りがあるんだろ? だったら、効率的に賢く使わなければならない。これからは俺が、お前の主人となって、力の使い道を決める。いいな?」



「ふ、ふざけないでッ、わ、私に、聖女に乱暴狼藉を働くなんて、お前だけではなく、お前の家族も、親類縁者も、まとめて極刑にしてやッ……ゴォホッ」


 顔面へのパンチを警戒して、両腕で顔を庇っている私の腹に、シュドナイの蹴りが入った。そのまま倒れ込んだ私の腹を、シュドナイは蹴り続ける。


「ゴッ、ごほっ、げほっ、ガッ、はぁ、はぁ……な、なにが効率的によ。こんな無意味な暴力で、ぐあっ……」


「無意味などではない、これは必要な躾だ。お前のような阿呆は、こうでもせんと解らないだろう――。お前のせいで、何人の同胞が、何の意味もなく……無駄に死んだと思っている。お前のような阿呆を、制御せずに野放しに出来るか!!」


 シュドナイは訳の分からない理屈を並べ立てると、私の髪を掴んで馬のほうに歩いていき、そのまま自分だけ馬に乗ると、私の髪を握ったまま進みだした。

 



 ピレンゾルの下っ端兵士が何人死のうが、そんなことはどうでもいいじゃない。

 それってそんなに、重要なことなのかしら? 


 あなたの個人的な感情に、私を巻き込まないで!!



 私が前世で、好きだったお笑い芸人。


 『口喧嘩王』として名をはせた、彼女の決め台詞――

 『そんなもん、テメーの感想だろーが!!』を使えば、私の髪を引っ張るDV男を『いい負かす』ことなどたやすい。



 しかし――

 私の口からは、言葉が出てこない。


 そんなことを言えば、殴られる。

 ――怖い。


 暴力のまかり通るこの世界で、『いい負かし』など無力――






 DV男に蹴られた腹が、ズキズキと痛む。


 私は腹の痛みに耐えかねて、聖女の癒しを使うことにする。

 一瞬、DV男の許可を取ろうとするが、止めておく。


 こっそりやれば、バレないだろう。

 

 それに、私は――

 こんな奴の、言いなりになる気はない。


 今はこいつの暴力に屈しているが、それは今だけだ。

 絶対に、復讐してやる。


 私には、聖女の力がある。

 味方は、いくらでも作れる。


 コイツに服従するふりをして、チャンスを窺って逆襲する。


 そんな決意を秘めて、私は聖女の癒しを――

 






 ……あれ?


 おかしい、聖女の癒しが発動しない。

 なんで……?


 さっきは、ちゃんと……あれ?



 おかしい……

 聖女の癒しだけではなく、聖女の祈りも、光も、願いも……


 すべて、使えなくなっている…………。

 何らかの原因で、私は聖女の力を失ってしまったようだ。


 

 …………まずい。

 そんなことを、このDV男に知られたら…………。





「お前のような小便臭い餓鬼は、俺のタイプじゃないんだがな――こうなった以上は仕方がない……お前の主人は誰なのか――じっくりと、わからせてやる。喜べよ。お前ずっと、俺に色目を使っていただろう?」


 DV男は、そう言うと――

 冷たい冷めた目で、私を一瞥して前を向き、馬を進める。


 何とか逃げ出そうと身をよじるが、力では到底かなわない。




 髪を引っ張られる、痛い。


 私は大人しく、その後を付いて行くしかなかった。

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