エピローグ 聖女を追放した国の物語
今日は偽聖女の公開処刑日で、近隣の町や村からも見物人が集まってきている。
…………。
しかし、偽聖女の処刑か……。
俺の周りにも、当然だとか、せいせいするとかいう奴もいるが――
俺はあまり、乗り気ではなかった。
というのも昨年、俺に子供が出来た。
生まれてきたのは、可愛い女の子だった。
もしこの子が、処刑されるようなことになれば――
そんなことを考えると、どうしても皆と一緒に浮かれる気分にはなれなかった。
憂鬱な気分を抱えながら、街中を巡回していた俺に応援要請が来た。
不審者が出たらしい。
これだけ、大勢の人間が集まっているのだ。
その中に不審といえる人物は一定数、どうしても出てくる。
そのために、俺達のような下っ端の兵隊も掻き集められて、兵士総出で警備にあたっている。
召集がかかったってことは、喧嘩でも始まったか――?
俺が仕方なしに現場へと急行すると、そこには立派な馬に乗った若造が、これまた立派な、全身黒ずくめの鎧を着こんで、大通りの真ん中にいた。
そいつの周りにはもうすでに数人の警備兵がいて、その周囲を取り囲んでいる。
しかし、同僚たちは――
取り囲んだはいいが、どうしたものか手をこまねいていた。
高そうな馬と鎧を持っているのだから、恐らくは貴族の坊ちゃんだろう。
下手にかかわりたくないのは、みんな一緒である。
しかし、不審者であることは確かだ。
どうしたものかと悩んでいると、不意に耳元で囁かれるような『声』が聞こえた。
その声は、聖女様が悪い奴だとか、訳の分からんことを言ってきた。
なんだ、これ?
俺が不思議がっていると、周りの奴らは声の発信源に向かって罵声を上げ始めた。
俺は不審者に気を取られて気付かなかったが、どうやらあの声は偽聖女のものらしかった。しかし、あんな所からよく声が届くなと、俺がまた不思議に思っていると、俺たちが取り囲んでいる、黒い鎧のボンボンが突然名乗りを上げた。
「私はこの国の王子!! アレス・リーズラグド!! 邪竜王ガルトルシアを討伐せし者だ!! この黒き鎧は討伐した邪竜王の、その鱗から作ったものだ!!!」
王子アレス――
あの『死にたがりのアレス』か……。
モンスターの討伐や戦争で、率先して先陣を切る。
変わり者の王族として、有名な奴だ。
それに……
そうだ!!
王子アレスと言えば――
聖女様との婚約を破棄して国外追放しやがった、諸悪の根源じゃないか――
なんでこんなところに?
そもそも、本物なのか……?
王子様がたった一人で、こんな所を出歩くわけがないが……
まあ、あの変わり者なら、あり得るか――
それに、この黒い鎧――
王子アレスが、邪竜王という竜種の最上位のモンスターを討伐したという噂は、少し前に聞いたことがある。
立派な鎧だと思っていたが、邪竜王の鱗から作ったのであれば頷ける。
となると、こいつは……
この国の、本物の王子様か――
周りを囲んでいた兵士たちが、俺を含めて思わず一歩後ろに下がった。
「そ、それで、その……王子アレス様が、どうしてここに、お一人で?」
この中で一番階級の高い兵士が、代表して質問する。
ひょっとして、お忍びで偽聖女の処刑を見に来たのだろうか?
――忍べてないけど。
「聖女ローゼリアが王宮書庫から魔導書を盗み出し、悪魔召喚を企てているとの情報があった。私は真偽を確かめるために、調査に来たのだ」
「し、しかし、聖女様が、そんな――」
「聞くところによると、聖女ローゼリアは他国の軍を率いて、この街で略奪をくり返していたそうだが、事実か?」
「は、それは――はい、ですが、その……聖女様を追放した……私どもは罰を受けねばならぬと、言われまして――」
「ローゼリアは自分の意思で、この国を出て行ったのだ。そして悪魔に魅入られ、ダルフォルネを騙し、その娘のソフィを悪魔への生贄して捧げようとしている。……見よ、あれを!!」
王子アレスが指さす方を見ると、ダルフォルネ様と兵士数名が放り投げられたかのように宙を舞っていた。
「早くこの場から逃げろ!! ローゼリアが悪魔を召喚するぞ」
王子の話は俄には信じられないが、しかし、あの……人が空へと放り投げられる、人知を超えた現象を目の当たりにすると、とにかく、逃げ出したくなる。
周囲にいた民衆は少しづつではあるが、後ろに向かって走り出している。
しかし俺たち兵士は逃げるわけにもいかんし、どうしようかと迷っていると、突然体が殴られたような、ドンッという衝撃と痛みが走る。
なんだぁ……
と思って回りを見渡すと――
人が、大勢倒れていて――
少し経ってから、辺り一帯から大きな悲鳴が巻き起こった。
俺たちは、逃げた。
王子アレスに指揮されて動ける兵士を集めて、まだ生きている者を誘導し、怪我で動けない者を運んで――
六万人が一斉に死んだこの……
大量虐殺の現場から、生き残りを避難させる。
俺達兵士は王子の指揮で働いていたから、逃げるのは最後になった。
周りに転がっていた死体が、宙に浮いて空へと上がっていく。
「は、早く、逃げましょう!!」
「お前たちは先に行け。俺は聖女と聖女の呼び出す悪魔を仕留める」
「む、無茶ですよ!!」
俺が引き留めると、王子様は馬を下りて手綱を俺に渡した。
「こいつを、連れて行ってくれ」
王子の覚悟を決めた顔を見て、俺はもう何も言えなかった。
俺たちは後ろを振り向かずに、虐殺現場から離れた。
十分に離れてから振り返り、王子と悪魔の戦いを見た。
神話として語り継がれてきた物語を、見ているような――
そんな戦いが、繰り広げられていた。
戦いはアレス王子が、空中に浮かぶ悪魔を討伐して終わりを迎えた。
それから俺たち兵士は、街に散乱した瓦礫の片付けや死体の埋葬、避難民用のキャンプの設置に、治安維持のための見回りにと、大忙しだった。
そんな目まぐるしい毎日の中で、俺が欠かさなかったことがある。
それは炊き出しの時に、一緒に食事する仲間に、物語を語って聞かせることだ。
――悪魔を倒した、勇者の話。
悪魔に魅入られた聖女ローゼリアが、この街で狼藉を働き領主を騙し、その娘を生贄にしようとしたところから始まり――
聖女によって呼び出された恐ろしい悪魔を、王子アレスが打倒して、生贄として悪魔に殺されるところだった、ソフィ姫を救出し――
最後は愛し合う二人が、めでたく結婚するという――
俺が目撃した……
本当にあった、おとぎ話。
この話は人の口に乗って国中に伝わり、今ではもう知らぬ者はいない――
これから先も、伝説となって人々に語り継がれる物語。
この話は人から人へと、広がるうちに――
呼び出された悪魔は実はダルフォルネ領に封印されていた破壊神だったとか――
ダルフォルネ領のソフィ姫が、聖女と共謀した養父の悪事を暴くため、集まった民衆を相手に勇敢に告発しただとか――
破壊神が倒されたので聖女はもうこの国で誕生することは無いとか――
いろんな要素が組み込まれたり、取り除かれたりして、その形を変えていく。
けれど、この物語の根幹は揺るがない。
王子様とお姫様が、共に困難を乗り越え結ばれて、幸せに暮らしました。
という話であることに、変わりはない。
それが、この――
聖女を追放した国の物語だ。
ーEND-
目標だった完結まで来れました。
本編はここで終わりです。
カクヨムで少し外伝を公開する予定です。




