黄泉帰り
人の死体と瓦礫で出来た巨大津波が、ものすごいスピードで迫ってくる。
広範囲の無差別攻撃。
こんなもの、避けようがない。
俺は戦神力を剣に宿して、剣撃を放つ。
戦神の力を持って放たれた斬撃は、巨大津波をも切り裂いた。
ズシャアァァアアアッっ!!!
巨大津波は真っ二つに割れて、そのまま俺の横を通り過ぎた。
無傷で敵の攻撃をやり過ごせたが、その代償に戦神力を一万ポイント消費した。
俺の攻撃は、巨大な敵を切り裂くことが出来た。
しかし――
敵は身体を斬られバラバラになっても、すぐに集合して復活する。
これではこちらが、一方的に力を削られていくだけだ。
敵はその体積を減らすことなく、また球形に戻っている。
邪竜王の黒の炎で焼き切った分と回収不能になった分で、あいつの体積は初期と比べれば約半分にまで減少している。
しかし、それでも大きい。
あれだけの巨体が――
こちらがどれだけ攻撃しても、その体を構成する肉片を集めて吸収して復活する。
殺しても殺しても、黄泉帰り続ける――
そんな怪物を、どうやって倒せばいい?
あいつのエネルギーも、無限ではないはずだ。
動けなくなる時は来るだろうが、その時には俺はもう殺されているだろう。
こっちの戦神力が尽きる方が、確実に早い。
だが俺は、コイツを打倒することを諦めてはいない。
勝ち筋は、まだある。
俺はちらっと眼をやり、地面に突き刺したままの槍の位置を確認する。
球形に戻った敵はさらに上空へと上昇し、俺の真上へと移動してきた。
そこから、浮遊する力を完全にオフにして、重力に従い落下してくる。
雨のように降り落ちてくる無数の死体を避けるために、俺は全力で走り抜ける。
地面に激突した無数の死体はバウンドして再び集まり、その体を流動的に変形させて、俺に迫ってくる。
俺は戦神力を込めた一撃で、奴の身体を両断する。
また一万ポイントを消費した。
あいつを仕留めるためのエネルギーは、残しておかなければ――
力の温存を考慮すると、もう戦神力でピンチを切り抜けることは出来ない。
敵は分断された自身を構成する死体の群れの一部を集結させずに、空中でランダムに移動させる。
高速で空中を飛び回る無数の死体を、俺は剣で切り裂き、あるいは避けて回る。
敵の本体はまたしても触手を作り上げ、それを俺に向かって叩きつけてくる。
空中を飛び回る障害物を避けながら、振り下ろされる触手を切り裂く。
俺が切り裂いて制御を失いバラバラになった肉片は、すぐに本体に吸収される。
そんな攻防が数分、あるいは数十分続いただろうか――
時間の進みがもうよく分からなくなったころ、俺は敵の触手を切り損ねた。
敵に刺さったままの剣は、そのまま俺の手を離れて持って行かれてしまう。
――だが、問題はない。
やっと奴の中心を、見極めることが出来た。
俺は空中を飛び回る死体を避けながら、槍を刺してある場所へと辿り着く。
俺は地面に差していた槍を、素早く引き抜いて手に取り、構えを取る。
俺はここで勝負を決めるつもりで、残り全ての戦神の加護を邪竜王の牙で作った槍に込めて――
上空に浮遊する集合体の、中心部を目がけて攻撃を放つ。
今までの戦いで、コイツは自身の形を自由自在に変化させてきたが、その体の中心には必ず『核』となるエネルギーが――
コイツの魂と言うべきものがあった。
俺は戦いの中で、そこをずっと探して捕らえようとしていた。
コイツの魂を見極めて、破壊する。
俺の槍から放たれたエネルギーは、空に浮かぶ無数の死体を突き破り、集合体の中心を貫き、その魂を破壊して――
そのまま集合体を丸ごと突き破って、突き進み――
その衝撃波は、空を覆う雲を貫いて――
厚い雲に覆われた、薄暗いこの世界に――
僅かな晴れ間を作った。
転生特典の戦神力を、すべて使い切った。
あの上空にいた敵の魂はもう、粉々になって霧散している。
上空に浮かんでいる集合体が、ゆっくりと落下してきている。
そのまま地面まで下りてきて、そこで浮遊する力も途絶えたのか、完全に動かなくなった。黒い炎がどこからか燃え移り、死体の山を塵へと返している。
俺が作った上空の雲の穴から、一筋の光が地上へと降り注いでいる。
その光の先に、一人の少女が倒れていた。
無数の死体と瓦礫の山の上の、傾いた断頭台の下に横たわっている。
彼女の元に駆けつけるには――
この積み重なった死体の山を、上へと昇らなければいけない。
死体を踏みしめて上へと昇っていると、唐突に――
何の脈絡もなく前世で読んだことのある小説の、ワンフレーズだけを思い出した。
『スリーピング ビューティー……』
なんで、今そんなことを……?
疑問に思いながらも、俺は上を目指して山を登る。
この死体の山の上には、彼女が横たわっている。
力を使い果たしているようだ。
ぐったりとして動かない。
気を失っているのか?
俺は焦燥感に駆られて、急いで死体の山を登りきる。
俺は彼女に駆け寄って、そこで――
ソフィがもう、死んでいることに気付いた。
胸にぽっかりと穴が開いたような想いで、彼女を抱きかかえる。
そして――
俺は迷わずに、彼女に口づけをした。
眠りの森の美女も、白雪姫だって――
王子のキスで、目を覚ます。
今の俺は紛れもなく、正真正銘の王子で――
そしてここは、物語を基にして創られた世界だ。
だったら、一つくらい……
ロマンチックな奇跡があってもいいだろう。
一縷の望みに縋り、願いを込める――
俺は君に――
戻ってきて欲しいんだ……。
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アレス王子の放った戦神エネルギーの衝撃波は、猛スピードで空中に浮かぶ破壊神を突き破り、上空を覆う雲をも貫いた。
流石は、戦神の加護だ。
破壊神の魂を、完全に吹き飛ばした。
「――ここまでのようね」
破壊神を構成していた中核の『破壊神の魂』が霧散した以上、あの死体の塊は形を維持できない。
俺様が乗っ取っているソフィの身体にあったエネルギーも、そのほとんど使い果たしている。
空に浮かぶデカブツは、徐々に浮遊する力を失いゆっくりと落下する。
破壊神の抜け殻は、地面に接触したタイミングで――
完全に力が途絶えて、その形を崩壊させた。
それを見届けると――
俺様は足元の、死体の山の上に倒れ込んだ。
だがまあ、これだけやれれば大したものだ。
ソフィの心の中には、膨大なエネルギーが蓄積していた。
親に捨てられ、聖女に仕立て上げられ、人から必要とされるためだけに生きてきた。ずっと――良い子でないと、また捨てられるのではないかと恐怖していた。
自分は、聖女ではないでは?
との疑問は心の奥底に押し込めてきた。
自分は偽者――
それに気付いてしまえば、心が到底持たないからだ。
聖女ではない自分のことなど、誰も必要とはしない。
自分の心を守るために、真実から目を逸らし続けた。
そして、心の中に溜まりに溜まったこの世界への怒りの感情は――
俺様が惚れ惚れするほど、神々しく美しいものだった。
ソフィの心に溜まった怒りのエネルギーは、六万を超える人間を殺して、自在に宙を飛ばし、挙句に破壊神を復活させることまでやってのけた。
だが膨大なエネルギーも、そのほとんどを使い切ってしまった。
もう指一本動かす力もない。
だが、俺様は……
あいつに、伝えなければ――
しかし、もう口を動かす力はない。
声を発することは出来ない。
ああ、そうだ。
『これ』があった。
ソフィに増悪の声を効かせるために、この辺りの人間と繋げた糸がまだ残っている。こいつを使えば、残り僅かなエネルギーでもコンタクトを取れる。
こいつを、使って――
声を出せないのであれば、心で伝えればいいだけだ。
だがもう長々と、説明をする力は無い。
端的に、伝えなければいけない。
これから、あいつが何をすればいいのかを――
どうやって伝えよう。
そうだ!!
あの転生者が、前世で読んだことのある小説の……
このヒント――
この一言を、思い出させれば――
……………………。
そこで力を使い切り、俺様はソフィの身体の中から消えた。




