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聖女を追放した国の物語  作者: 猫野 にくきゅう


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 心の声

 私の前に現れた神様の使いらしき少女の精霊に、いきなり馬鹿にされた。


 私のどこが、バカなのだろうか――? 



 『いや、だって、交信は出来ているのに、話が全く通じないんだもの』


 私は声を出していないのに、精霊は会話を続けている。

 目の前の美人精霊は、私の心が読めるようだ。

 

 すごい。

 やっぱり神様の使いなんだ。


 だったら――

「あ、の……あなたは、私に聖女の力を、もう一度――」


 『力が欲しいか? って聞いてるんだから、答えなさいよ』


 私の前に現れた精霊は、私の話を途中で遮り逆に質問してくる。


 答えは、決まっている。

 力なら、欲しいに決まっているじゃないか――







「あの、ですから――皆から必要とされる、聖女の力を」


 『だーか-らー、あんたが欲しいのは、そんなんじゃないでしょ? あんたが心の奥底から願っている……その力が欲しいのかって聞いてんのよ。こっちは――』


「わ、わたしの、心の奥――の、願いっ、て……?」


 この美人さんは、何を言っているのだろう?

 私は本気で、心の底から聖女の力を取り戻したいと思っている。



 『あんた自分のことなのに解らないの? 本当に愚図ね。……良い? あんたが心の底から願っているのは、――神様の力に頼り切ってるくせに、文句だけは一人前な糞共を……あのいけ好かない奴らを――全部まとめて、ぶっ殺してやりたい。――そうでしょ?』


 ………………? ……??


「は……? えっ? なっ、何を言ってるの? 私、そんな事……それに地母神ガイア様は、そんな恐ろしいことに――力を貸しては、くれない……はずだわ」


 『あぁ、まずはそっから勘違いしてんのね。いいこと――この俺様は、地母神ガイアの使いなんかじゃねーのよ。俺様は偉大なる冥界神ハーデース様の使い! ディース!! ディーって呼ぶことを許してあげるわ』


 冥界神……?

 どんな神様なのかしら?


 ――ガイア様の使いじゃないの?


 …………。


「あの、交代しては――貰えませんでしょうか?」



 『は? てめぇ、ぶっ殺すわよ……』


 ひぃ……突然、キレた。


 『デリヘルじゃないんだから、チェンジとかあるわけないでしょ!』


 デリ、ヘル……?

 神様の国の言葉だろうか?


 『せっかく現れてやった神様の使いに、そんな舐めた要求をするとかさぁ――大人しくてオドオドしてて、どんくさそうなのに――案外図太いわね。あんた……』


 また失礼なことを、言われてしまう。


 神様の使いなのにとんでもなく口が悪いし、おまけに与える力は『皆殺しに出来る力』だとかいう。

 そんなもの欲しくもないし、必要もないのに――


 『思い込みと思い違いの激しい女ね。――いや、無意識では分っているのに、認識することを拒んでるって感じかしら――そうね』


 ディーは一人でぶつぶつ言って、勝手に納得している。


 『こっちの持ち出しで、ちょっと力を貸してあげる。心の声が聞こえる力よ。あんたに対して『悪意』のある奴の心の声がね。範囲は――そうね、このダルフォルネ領全域ってとこで良いでしょう。心の声が大きいほど、よーく聞こえるわよ!』







 ディーに力を与えられてから、三か月は経過したと思う。


 この国の人は誰一人として、私のことを必要としていないことが解かった。

 私は元々聖女などではなくて、何の力もなく――


 毎日欠かさなかったお祈りには、何の意味もなかったと知った。

 みんなが私を嫌っていて、皆が私を恨んでいて――



 私は誰からも、必要とされていないことを知った。


 




 本物の聖女がこの城に来ていて、皆から期待されていると知った。


 私は処刑されることになるらしい――

 私の処刑を止めるために、アレス王子がこの城に来るらしいと知った。


 その時だけは、胸が高鳴った――

 

 私の婚約者のアレス王子なら、私のことを必要としてくれるかもしれないと、ほんの少しだけ期待をした。


 

 けれどすぐに、その甘い考えを自分で否定した。


 アレス王子は偽聖女を処刑すべきと、誕生パーティーで主張していたではないか。


 アレス王子がこの城を目指しているのは、臣下が勝手をするのを止める為で……

 一旦は処刑を止めたとしても、その後で改めて私を処刑するだろう。






 ディーから与えられた『人の心の声が聞こえる力』は、私に対する『悪意』だけを聞かせてくる。


 だから、私に対して好意的な――

 ずっとみんなの幸せを願っていた私に、感謝するような声は聞こえないはずだ。



 誰か……

 一人でもいいから、私のことを――

 ずっとみんなの幸せを祈り続けた、私のことを……


 いや――






 薄暗い牢屋の中で希望を持とうとしたが、それも自分ですぐに否定した。

 偽物の聖女の祈りになど、感謝する奇特な人間はいないだろう。



 どう考えても、詰んでいた。


 冥界神の誘いを、断る理由はなくなった。



 

 絶え間なく聞こえてくる憎悪の声に、完全に心を打ち砕かれたころ――


 私は牢の外へと連れだされた。


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