82.金の瞳の少女
瞼を開くと辺り一面の白い世界、私はそこで1人立っている。こんなに真っ白なのに、眩しくないのがとても不思議だ。
フィオ……。
自分の名前が呼ばれた……ような気がした。
私は振り返る。
ああ……ここは死後の世界だ、私は死んだんだ…。
だってそこには私のお母さんが立っていたのだから。
「お……か……」
声がうまく出ない、駆け寄ろうと足に力を入れるが、それも何故か叶わない。
私が動けないでいると、お母さんは私の顔を見て微笑む。でもそれも一瞬、すぐにいつもの厳しい表情に変わると一言だけ。
「フィオ、生きてね」
それだけ言うと、私に背中を向けて歩いて行く。
いやだ! 私も連れて行って!!
口を動かすが声が出ない、追いかけようとするが足が動かない。どんどんお母さんの背中が小さくなっていく。
魔族領で不遇な扱いを受けながらも、私を育ててくれたお母さん。
冒険者として、厳しくとも私に生きる力を教えてくれたお母さん。
必死に手を伸ばすが届かない。
涙でお母さんの背中がぼやけて見えなくなっていく。
そのまま私の視界は真っ白に染まり、何も見えなくなった。
・
「タマちゃん、シロコはどんな感じ?」
「……どうやら閉じこもっておる内に寝てしもうた様じゃの」
「えぇ……」
「いつもならもう寝ておる時間じゃからの。それよりも、鍋ごと用意せんでも良かったのではないか?」
「まあそのおかげで俺が保温できるし、それに残ったらシロコが食うだろ」
俺とタマちゃんを挟んだテーブルにでんと乗せられた鍋。俺が消化の良いものをと厨房に頼んで作ってもらったスープが入っていて、現在俺が左手の魔族の魔法で保温中である。
俺が適当に渡した金額が多過ぎたのか、それとも朝にシロコが食った量を見ていたのか、鍋ごと渡されたのだ。
「まあそれより……頼むぞ?」
「分かっておる、その娘が起きた時に視界に入らなければ良いのであろう? じゃが先の行動を繰り返すのであれば、タクミが止めるのだぞ」
「ああ……」
先の行動、それはこの子が自身に向けて魔法を放った事だ。
どうしてだか分からないが、この子はあの時シロコを見た瞬間驚きの表情を浮かべ、そしてあの様な行動を取った。
「知り合いって訳じゃないよな?」
「分かってて言っておろう?」
「だよな」
常にシロコと一緒だったんだ、こんな子に会った覚えはない。二千年前の知り合いだとしても、タマちゃんの今の姿は人型である。
モゾ……。
「あっ、タマちゃん!」
「仕方あるまい。とぅ!」
ベッドに寝ているこの子が身じろぎしたのを見て、タマちゃんがベッドに隠れる。
……なぜお前も同じ隠れ方なのか。
頭だけ布団に突っ込んでいるこの姿は、さっきのシロコと同じ、頭隠して尻出しスタイルだ。
「う……ん……」
「あぁ、もう!」
慌てて掛け布団をシロコ(タマ)の尻に被せる。変にモッコリしてしまったが、対角線上に俺が立てばまあ見えないだろ。移動ついでにテーブルも近くに寄せておこう。
ガタガタとテーブルを移動させる。その音もあってか、彼女の瞼が開いた。
そしてバッチリと俺と目が合う。
「…………」
「…………」
「あー……おはよう?」
「…………おはよう」
うむ、今度はいきなり魔法をぶっ放す事は無さそうだ。掴みはオッケー。
「腹減ってない? 今ならあったかスープが飲めるぞ?」
「…………いただく」
おーし、おーし、部屋ん中をスープの匂いで充満した甲斐があった。おっと、布団をまくってあげなければ。
「ほい、熱いから気をつけてくれ」
「…………」
皿に注いだスープを無言で受け取る少女。俺は努めて冷静さを保っているが、いつまた魔法をぶっ放してこないかヒヤヒヤしてます。
「…………」
少女はカチャカチャとゆっくりスープを口に運ぶ。食べる体力はあるようでそこは安心、妹に鍛えられた俺の介護力が見せられなくて残念でもある。
「辛いならアーンしてやろうか?」
「……いらない」
残念。
シロコなら秒で食い終わる量を、ゆっくり時間をかけて1皿食してくれた。
「まだあるぞ、いる?」
「……いい」
フルフルと首を横に振られる、鍋一つ分丸々残ってしまったな。
差し出させれた空の皿を受け取る際、また目と目が合う。
深い紫色の髪に金の瞳、月明かりに照らされてるのもあって、この歳ながらになんとも妖艶な雰囲気を出す少女だ。将来が末恐ろしい。
「どうして私を殺さないの?」
「ブフォッ」
開口一番何を言い出すのか、思わず吹き出してしまった。
「な、なんでまたそんな物騒な……」
「私はあなた達を襲った、覚悟は出来てる」
「はい? いや、話が見えないんだけど? 襲った?」
「……あの白い獣人の仲間じゃないの?」
白い獣人、シロコの事だよな? やっぱりどこかで会った事あるの……
「この村に向かう白い獣人を連れた商隊を襲った。盗賊行為は殺されても文句は言えない、それとも奴隷として売る? そうならいっそ殺してくれた方が私は──」
「まてまてまてまて」
さっきまでの言葉足らずが嘘のように話しだす少女。
いきなりの告白に頭がパニックだ。
商隊を襲ったって、あの盗賊の一味だったって事か? こんな小さな子が? ってか奴隷制度とかあんの?
「せーいせーい、落ち着こうか?」
『お主が落ち着け』
タマちゃんは黙っててくれ。
せっかく苦労して助けたのに、こんなちゃぶ台をひっくり返される結末とか散々である。こんな子が盗賊家業とかこの世界では当たり前なのか? 冗談にしては笑えない。
「あー……詳しく話を聞いていいかな? 辛いなら後でもいいけど……」
「…………別に構わない」
少しの沈黙の後、彼女はこの村に来た経緯をポツポツと話してくれた。それは日が昇るころまで続いた。
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