81.シロコの昔
「ここ……は……?」
仰向けのままポソリと少女が呟く。そこは知らない天井だ……って言って欲しいとこだな。
『ふむ、上手くいったようじゃな』
「はぁーー……」
近くの椅子にどかりと座って大きく息を吐いた。
良かった、本当に良かった。こればっかりはさすがによく分からん俺の魔力に感謝だ。
これでテテとタタにしばかれなくてすむ……いや、単純に救えて嬉しい。
「生き……てる?」
「おっと、無理して起きない方がいいぞ?」
「…………」
顔を向けてくれたが、なんか微妙な反応だな。
何というか目が虚ろだ……まあ、知らないところで目覚めて混乱しているのかも。とりあえず自己紹介から始めよう。
「大丈夫か? 俺はタクミ、人族で一応冒険者だ。そんでそっちにいるのがシロコな」
「わん!」
「タクミ…………っ!?」
ん? なんかシロコを見て固まって……。
『っ!! シロコ!!』
「わん!!」
シュカッ!!
乾いた音が鳴ると同時に部屋にシロコの髪が舞う。その髪はシロコの頭に繋がっておらず、空中に撒き散った。
「…………」
ハラハラと真っ白な髪が雪の様に床に落ちる。
シロコは少女の右手を掴んでいる、少女の放った魔法を逸らしたからだ。
俺は動けなかった。その攻撃が俺やシロコに向かっていたなら動けていたと思う。
動けなかった理由は……少女はその魔法を自身に、自分の首向けて放ったからだ……。
「ヴヴヴゥゥゥ」
「…………」
少女の手を掴んだまま、シロコが唸る。少女はシロコを無言で見上げたまま動かない。
「し、シロ──」
「ヴワオンッッ!!!!」
ビリビリビリ!!
部屋が震える、比喩ではなく物理的に。
こんな大きな声で吠えるのは初めて見る。ってかシロコが怒ってる?
少女はシロコに掴まれたまま固まって──
「は……かはっ……」
白目を剥いて倒れた。
「お、おい! 大丈夫か!? こらっ! シロコ!!」
「あ……うぅ……わ、わん!!」
「あ、こら!」
シロコは空いているもう一つのベッドに逃げた。掛け布団を頭に被って尻だけ出した状態である。久し振りにこの形態を見たな……。
これは俺に怒られそうな時やイタズラがバレた時にシロコがやる行動だ。人型でやるのは初めて見る。
『怒るな、その子供はシロコの魔力に当てられて気を失っただけじゃ。それに止めたのはシロコであろう?』
「な、そ、そうかもしれないけど……」
『何よりシロコ自身が先程吠えたのを悔いておる。今は……奥に引っ込んでしもうたの、我の声も届かん』
「ちょ、大丈夫か?」
こっちもこっちで面倒な事になってる。
「よっと……」
「し──タマちゃんか」
ベッドで頭隠して尻出し状態から、シロコ(タマ)が起き上がる。
「まったく、子供1人に振り回されおって」
「いや、あれは誰でも焦るだろ」
あの子が自分に向けて魔法を放つとか、誰が予想できようか。
「タクミはいつもの事じゃが……シロコは妙に子供の気を使うの」
「いつもの事って……まぁ、シロコは昔から子供好きではあるが……」
シロコは子供好きである。散歩中にちっちゃい子を見かけると、駆け寄りたそうに身をよじるのだ。
自分から駆け寄ろうとしないのは、自身の大きな身体がたまに怯えられる事が分かっているのだろう、その場で俺と子供の顔を交互に見て、俺に連れてってくれとよくその仕草で訴えられた。
「いや、これは好きと言うより脅え……恐れか? まあ好きでもあるのじゃろうが」
「は? どういうことだ?」
「シロコが吠える時にの、感情と一緒に流れ込んできたのじゃ。力尽きた子狼に囲まれた光景が」
タマちゃんの言葉に今度は俺が固まる。
……ああ、シロコは覚えてるのか……。
「ふむ? 何か知っておるのか?」
「多分……だけどな。シロコが小さい頃、俺の妹に保護された時の話だ」
「聞かせてもらっても?」
……タマちゃんが知らないって事はシロコは知られたくないんじゃ?
俺の言いにくそうな表情を悟ってか、タマちゃんが俺の頬を抓る。いででで……。
「なんじゃその顔は? 我はタクミが怒ったシロコを慰めなければならぬのじゃ、聞かせろ」
「そんな俺が悪いみたいな言い方しやがって……まぁ、隠す様な事じゃないんだけどな」
「ならば話せ」
「分かったよ。つか離せ、この子をちゃんと寝かさないと」
「ふんっ」
うつ伏せに倒れている少女を仰向けにして布団を掛ける。呼吸は……してるな。
「大丈夫だよな?」
「その内目を覚ます、次はタクミが動け。それよりも早よう話せ」
「はぁ……」
俺は椅子に座り、タマちゃんを正面に据える。
「そんな長い話じゃないし、俺が直接知ってるって訳じゃないんだけどな」
「勿体振るでない」
せっかちドラゴンめ。
「ブリーダーって分かるか?」
「知らん」
「まあそうだよな……」
俺はシロコが俺のところに来た時の事を思い出す。
あの日は飯も食い終わって、夕方のバラエティ番組を1人でゲラゲラ笑いながら観ていた時だった。
インターホンが鳴ったので、通販が届いたのかと思い玄関を開けると、そこには妹が泣きながら1匹の仔犬を抱いて立っていた。
その仔犬の体は痩せ細り、異臭を撒き散らし、かろうじて呼吸だけ確認できた。
動物病院に連れて行き、仔犬の治療中に妹から話を聞くと、積まれた犬の死体の山から拾ってきたと言う。
嗚咽混じりの妹を宥めながら、詳細を尋ねる。
妹の趣味はロードバイクだ。その日は人気の少ない河川敷を走っていたら、1台の軽トラが妹を追い抜く。その瞬間とてつもない異臭がしたそうだ。
その軽トラが道を外れ、雑木林の中に入っていくのを見た妹は、不法投棄の瞬間だと思ってこっそり着ける。今思うと危ない行動を取りやがってと思う。
妹の目に写ったのは、沢山の犬の死体を棄てている男の姿だった。
大型犬、小型犬、あと猫も。妹の目の前で沢山、様々な犬種の死体を投げ捨て、その作業を終えると、男は軽トラに乗り去って行く。
その間妹は動けずにその場で吐いていたと言っていた。
そしてしばらくその場にうずくまっていると、小さな鳴き声を聞いた。
「それがシロコか?」
「ああ、そこは劣悪な繁殖業者が不法に死体を遺棄してた場所でな。発覚して結構大きなニュースにもなった」
「ニュース?」
「大きな話題になったって事だ」
内容は酷い物だった。
20畳程の部屋に大小沢山のケージが積まれ、その中に、痩せ、震えた犬猫が入っていた。その諦めきった瞳は忘れられそうにない。
「すぐ横で兄弟が死んでいくんだ、シロコにとっては生き地獄だったと思う」
「それがあの光景か……」
「シロコが小さい時だったから忘れてると思ったんだけどな……」
テレビで見たあの光景、ケージに複数押し込められて、人が近づいても怯える事すらしない動物達。あの中にシロコがいたと思うと胸が締め付けられる。
「なるほどの、シロコの食い意地が張っておるのもそのせいか」
「はは、そうかもな……」
なんか軽いなこのドラゴン。
ついジト目でタマちゃんを睨んでしま……抓られた。
「タクミが暗くなってどうする? お主はシロコを甘やかさなくてはならんのだぞ」
「にゃにゆえ?」
「タクミはシロコの主人であろう、お主が守られてどうする。無理してでも明るく振る舞え」
「…………」
……これはタマちゃんなりの激励なのか? そうだったら下手くそにも程があるな。
「はいはい、分かったよ。本当にタマちゃんはシロコ至上主義なんだな」
「当たり前じゃろう。シロコは我の魂を握っておるのじゃ」
自分からシロコに住むって言ったくせに……。
読んでいただいてありがとうございます。




