80.治療
そんなわけで、またもや簀巻き少女を抱きかかえ、今度は俺が利用している宿へ向かう。あの時は焦っていたので気付かなかったが、この子とても軽いな……。
「わん、ふふん、わーん」
「…………」
「…………」
妹がこの子と同じくらいの年は、もっとコロコロプヨプヨしてたのを見ていただけに、何とも言えない気持ちになる。ナンナちゃんはヤマガタ村で元気にしてるだろうか?
「わーん、わんふん、……ヘックシ!」
「…………」
「…………」
それにしても今日は道行く人、人族も獣人族も含め、やたらと視線を感じる。
「わん、わわん?、わぉーん」
「…………」
「…………」
……分かってる、原因は未だ俺の背中に乗っままのシロコのせいである。
俺がこの子を助けなきゃいけないプレッシャーでゲロ吐きそうなくらい緊張しているのに、コイツは俺の背中でリズム感皆無の鼻歌? を歌っている。
テテとタタが微妙な距離でついて来るのが地味に俺の心を抉っていく。
「わっわーん、わっ──ゲフッ、ゲフン!」
むせやがった。
なんかもう緊張した体の力が抜けてくる……。
『大丈夫かシロコ? ほれ、もう宿に着いたぞ』
「わん!」
「え?」
いつの間に……。
あまりの羞恥プレイに現実逃避してたら、気が付いたらもう宿の目の前だった。
「ここがそうかい?」
テテが微妙な距離を保ったまま聞いてくる。
「ああ、部屋はそこの窓、2階の端んところだ。上がってくか?」
「いや、場所が分かればいいさ。私んところの家をあのまま置いておくのも不安だしね」
「帰りに家財屋寄って窓売ってるか見てくる。という事で、はい」
ドスン、とタタが俺のズタ袋を地面に下ろす。俺の両手が塞がっているので、ここまで持って来てくれたのだ。
「ありがとう。ってか、まだ俺の両手は塞がったままなんだが……シロコ?」
『仕方あるまい。シロコ、いい加減タクミを解放してやれ』
「……ふぅ」
なんだその仕方ないなぁって感じは、後で同じ事してやろうかこの阿保犬め。……いや、逆に喜びそうで怖いな。
「はぁ……シロコはそのズタ袋をたのむ。それじゃあテテ、タタ、また後で」
「ああ、くれぐれも変な真似するんじゃ無いよ」
「明日様子見にくる」
2人はそう言いうと来た道を戻って行っ……横道にそれた、多分そっちの方向に家財屋でもあるのだろう。窓を壊して本当すんませんした。
横に視線を移し、被害者に挨拶もしないその犯人を見る。
「……?」
ズタ袋を両手で抱きしめ、キョトンと俺を見ながら立っているシロコ。
あの2人はほとんどシロコに絡んでこなかったな。多分怖くてスルーしただけかもしれないが。
「別れの挨拶とか、そこら辺の常識を教えるのは俺の役目か……」
「タクミ?」
『何を呆けておる、早よう部屋に戻らぬか」
そうだった、早くこの子を治してあげなければ。
…
ベッドに優しく横たわらせ、簀巻き状態を解く。
「すぅ……すぅ……」
タタのお下がりを着せた魔族……エルフか、タタはダークエルフと言っていた。この子は今も規則正しい呼吸で寝ている。
とても今夜まで持たないなんて思えない。
『我が大丈夫かもしれんと言ったが本当にやるのか? 別にタクミが助けなければいけないという話ではあるまい?』
「だめっ! この子なおす!!」
シロコが大声を上げた。拗ねたり不機嫌な顔はよく見るが、怒った顔を見るのは初めてだ。
『じゃがのぅ、生き長らえたとして後々面倒な……』
「わゔゔぅぅ……」
『わ、分かった! すまぬ! わ、我が悪かったから追い出さんでくれぇ!!』
シロコが力むと何やら黒いモヤが……もしかしてこれがタマちゃんの魂か──ってなんかやばい!
「し、シロ──」
「わんっ!」
俺が声をかける前にシロコは力むのをやめた。するとシュルシュルとモヤがシロコの身体に戻っていく。
『…………ふぅ、肝が冷えたぞ……って肝はないが」
「わん!」
『す、すまぬ。そうじゃな! 子は助けねばならんな!』
あのタマちゃんが素直に謝るとか……。
ここにきてシロコとタマちゃんの力関係を見せられた。
「お、脅かすなよ。ていうかそんな事出来んのか……」
『我はシロコに住まわせてもらってると言ったであろう、あくまでこの身体はシロコの物じゃ』
大家さんには逆らえないという事ですね。分かります。
『それよりほれ! 早ようその子供に魔力を送らんか!』
急に協力的になるドラゴン。余程サモエド大家さんの機嫌を損ねるのが怖いらしい。
「あ、ああ。でもどうやるんだ?」
『我を封印していた結界を破壊したであろう? あれとやり方は同じじゃ』
「直接触れて魔力を練らずに出せばいいのか。そんなんでいいのか?」
『その子供に魔力が残っておると弾かれてしまうが、今は空じゃからの』
「異なる属性は混ざらないってやつか?」
『そうじゃ、後は身体がその魔力に馴染むかどうかは運次第──』
「わん!」
『大丈夫じゃ! きっと上手くいく!』
不安で胸がいっぱいだ……。
『タクミ! 何をしておる、早ようせんか!』
「そんな焦らせるな、俺にも心の準備って物が……」
『時が経つほど器が持たぬぞ』
「それを早く言え!」
慌ててベッドに近寄り、少女に手を乗せる。触れる場所は魔力が生まれる場所である心臓の位置、目が覚めて訴えるとか言わないでくれよ。
「すぅ……はぁ……」
深呼吸をしてゆっくり魔力を生成、タマちゃんを封じてた結界の時とは違い、ゆっくりと俺の魔力を送る。
「……頃合いを見て止めてくれよ?」
あの結果の玉みたいに、入れ過ぎて破裂とか洒落にならんぞ。
『心配せんでも良い、器に水を注いでも余分な量は溢れるだけであろう?』
「……それを聞いて安心した」
『じゃからこれ以上はもう入らん」
「ちょっ!? 早く言ってくれ!」
すぐさま触れていた手を離す。
『ふむ、後は馴染むどうかじゃの。これは時が経つのを待つしかあるまい』
「だいじょうぶ!」
何故にシロコはこんなに前向きなのか、少しそのポジティブさを分けてもらいたい。
「魔力を注いで1分も経ってないぞ、本当に大丈夫か?」
『タクミ達の魔力量は多いと言ったじゃろう、他の連中と一緒にするな』
「一緒にするなって、比べた事ないから分かんねえよ……」
注ぎ過ぎて破裂とか、本当に結界玉の仕様じゃなくて良かった。もしそうだったらぞっとする。
「この子も3属性になるのか?」
『それは変わらん、水を注いでも器の柄はそのままじゃろう? 威力は変わるかもしれんが……まあ我も初めての試みじゃから分からん』
俺の魔力が泥水じゃない事を祈ろう……。
「まあ、今はとりあえず待つしか──」
「う……」
「わん!!」
「っ!?」
今まで呼吸しかしていなかった少女の身体が動く。こんな早々に馴染むものなのか?
「…………」
俺とシロコは息を殺し、事の成り行きを見守る。すると。
「う……ん……」
数秒の沈黙の後、ダークエルフの少女はゆっくりと目を開いた。
読んでいただいて……ブクマが3桁に!
あざますあざます!
ブクマ、評価ポイント、そして読んでくださった方々、皆様の夢にサモエドがお邪魔する呪いを添付いたします|д゜)




