8.熊と犬、外に出る
「うっひいぃぃ」
『おお! 空じゃ! 久方振りの外の世界じゃ!』
「ワン! ワン!」
少し風が吹くだけで、頬に当たる冷えた空気が刺さる様に痛い。
シロコはテンションMAXで走り回っている。
改めて周りを見る、見渡す限り雪が積もっていて反射する光が眩しくて目が痛い。
どこを見ても山、山、山だな……。
人どころか生き物すらまるでいる気がしない。
そんな白銀の世界で動いているのは熊と犬だけだ。
「おおーい! 取り敢えずどの方向に向かうんだー!?」
「ハッハッハッ!」
あの阿保犬は聞こえていないな…
『そうじゃの、昔この付近に住む者は居なかったし、何処でも変わらないのでは無いか?』
顔だけ雪に埋めて、そのままブルトーザーみたいに掘り進むシロコから、タマちゃんが答える。
「えぇ……、じゃあなるべく山は避けて暖くなる方向に向かって欲しい」
『ふむ、分かった。 ほれシロコ、主人が寂しがっておるぞ』
ピクッとシロコの顔がこちらに向く。
来るか? 来るのか!?
ドドドド
「ふんぬっふ!」
『お主から見て右手の方角じゃ』
「わ、分かった」
指示された方向を見てもずっと先まで雪しか見えないな……。
少しゲンナリしてから、はしゃぐシロコと歩き始める。
・
ザクザクと雪を踏みしめながら進む。
シロコはヒィヒィ言いながら歩く俺の周りをグルグル回りながら着いてくる。
『遅いのぅ』
「ハァ、ハァ、んなこと言われても」
2本足が4本足に勝てるか!
『……そういえば魔力の操作しか教えておらんかったの。獣人の刻印で身体強化するといい』
「ヒィ、フゥ、えっ? 何それ?」
そんな便利そうなのもっと早く教えて欲しかった。
『魔力を背中の刻印に集中させてみい』
「ハァ、ハァ、分かった」
息を整えて体内の魔力を生成する。
ふふん、もう慣れたものだ。
そしてその魔力を背中に移動させる。
…
……なんか背中に移動させた魔力がちょっとあったかくなってきた?
『今度はその魔力を足に巡らせて歩いてみい』
言われたままに背中から足に魔力を移動させる。
ちょっと足がムズムズするな…。
そのまま歩き出すと、おお!?雪の抵抗が軽い! うわっ!!
軽くなった足が空回り3歩程進んだところでコケる。
「わっぷ!」
雪面に綺麗な人型が出来た。
そしてすかさず俺の背中に乗っかるシロコ。
『まあ、この様に獣人の刻印を用いれば身体強化が容易にできる。魔力だけでもある程度は可能じゃが、ある物は使うといい』
背中の上からありがたい御言葉を頂きました。
「プハッ! でもこれ、動かし方に慣れないといけないな」
身体の一部の動きが軽くなるとバランス取れない。
ほれ、早く背中から降りろデブ犬。
『そこは鍛練あるのみじゃの。 仕方ない、我がシロコを強化するから、お主はシロコに乗るが良い』
「どんどんシロコが犬らしからぬ存在に……。
あ、洞窟内で言ってたシロコと入れ替わって空を飛んで行くってやつか?」
『それは我の魔力がシロコに馴染むまで少し待て。それに今やるとシロコの意識がハッキリしているからちょっとしたきっかけですぐ戻ってしまうぞ? そしたら飛ぶ事に慣れていないシロコでは地面まで真っ逆さまじゃ』
……駄目だ。
シロコが意識を大人しくしたままの状態を保つなんて無理ゲーにも程がある。
「やめておいた方がいいな……」
『賢明じゃな。 我も会話を続けておるが、シロコは凄いの、常に頭が祭りの様じゃ』
「ははは…あっ!そうだ、転移の魔法は使えないのか?」
それが出来ればこの状況からすぐにオサラバ出来る!
『我は使えんの、それにあれは天性的な才能が無いと使えん部類じゃ』
がっかり。
『しっかりとシロコに掴まっておけ。 我がシロコに通じて誘導する』
「ワン!」
シロコが任せろと言わんばかりに元気よく吠える。
本当に意思疎通している様だ。
でしたらもう少し慎ましくなる様に説得してくれませんかね?
「分かった、よろしく頼む」
『ではシロコに跨がるが良い』
言われるがままにシロコに跨がる。
……これ無理があるだろ?
サモエドは大きい犬だが、あくまで中型犬の部類だ。
側から見たら公園の馬の玩具に跨がる成人の男…いや、今は着ぐるみのせいで熊だ。
『ふむ、では……』
シロコの身体から何か靄の様な物が出てきた。
これ、俺にタックルしてきた時のやつだ。
『良し行け! シロコ!』
「ウォン!」
「ちょまーー」
バフンッ! と、雪煙を上げて、熊を乗せたサモエドは疾走した。
「ウヒィィィ!」
超怖えぇ! これバイク並に速度出てんぞ!
あ、痛い痛い!顔に風が当たる!…そうだ!
シロコに密着して片手を後ろにやり、背中でろでブラブラしてる熊の頭を被る。
ヘルメット兼防寒具だ。
……これでもう完全に犬に跨がる熊やん。
『うむ、これくらいの速さで無いと動いてる気がせんのう』
何言ってんだこのドラゴンは。
「ウォン!」
『ほう?まだまだ行けると?では強化をもう少し強めるか』
何言ってんの?シロコさん?
「ワォン!」
「いや、ちょーーー」
熊を乗せた犬はさらに速度を上げ、白い世界の中に消えていった。
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