44.囲まれタマ
…
「……こちらです」
タジルに案内されるがまま、護館の敷地内にタマは足を踏み入れた。
オーサカの獣人族の拠点でもあるこの場所は、人族との街からは高い壁で隔離されており、外からでは中の様子は窺えないようになっている。
壁の中には中央に大きな屋敷、その両隣には日本で見られる神社の様な建物があった。
「うむ? そこの目立つ家ではないのか?」
ダジルの進む方向は、その神社の様な建物に向いている。客を案内するのであれば、自然と一番立派な屋敷になると思っていたタマはその疑問をタジルにぶつける。
「え、ええ。会わせたい人はこちらにおります」
「……」
冷や汗を拭いながら、タジルはそう告げる。だが、自分で聞いておきながらその答えに返事もなく、興味もなさげに無言で返された。
そのまま終始無言で歩を進め、目的の建物に入る。
「あの…ここでは靴を……いえ、何でもありません……」
案内のため、タジル達が靴を脱いで先に入ったのを見ていたにもかかわらず、タマは靴のままズカズカと建物内に入る。
タジルはそれを咎めようとしたが、タマの目を見ただけで萎縮してしまう。
タジルは宿からここに来るまでの時間、タマの近くにいる事で、ハッキリとした実力差を本能で分かってしまった。
他の4人も尻尾を丸め、完全に萎縮してしまっている。
(これは……まずいかも知れない……)
タジルはその立場から王子に会ったことがある。確かに獣人族の王子は自分より遥かに上の実力者だった。だが、今案内している獣人の女と比べてどうかというと、この女の方が上に思えてしまう。
「こ、ここになります……」
あれこれ考えているうちに父親が待つ部屋に着いてしまった。
……もうここまで来たら後戻りは出来ない。タジルは意を決して部屋の…道場の扉を開いた。
・
「さて、どこぞの奴がその強者とやらなのかの?」
獣人族護衛隊、約40名が道場内で壁際に立ち並んでいる中、その中心に向かってズカズカとタマは歩を進める。もちろん土足のままだ。
この場所は獣人族護館の修練場であり道場だ。己が肉体を武器として闘う獣人族にとって、ある意味神聖な場所でもある。
その神聖な道場内を、土足で歩くタマに苛立つ心を抑えつつ、道場の中央に立つ館長 カジル・クエールはタマに話しかけた。
「ほ、ほう。確かに美しい顔立ちではあるな」
「なんじゃ貴様は? 早うその強者とやらを連れて来ぬか」
これだけの数の獣人に囲まれながらも、全く臆する事なくタマは言い捨てる。
「……タジル、お前はなんと言ってこの娘を連れて来たのだ?」
「は、はい。ここに来れば、獣人族が認める強者に会うための繋ぎが取れると……」
王子は本国にいる。この場所に来ても会えないと知れば、この女はついて来てくれないと思ったため、タジルはボカしてタマに伝えたのだった。
「そう言う事か。なに、心配するでない獣人族の娘よ…そう言えば名を聞いてなかったな」
「心配する事が無いなら早う連れて来い」
カジルは娘の名前を訪ねたのに、当の娘はその言葉を聞いてなかったかの様に、強者を連れて来いと言い放つ。
「私はお前の名を聞いたのだが?」
「何故、己の名を語らぬ者に、我が名を教えねばならん?」
カジルの握る拳に爪が食い込む。
今すぐこの無礼な娘を組伏せてしまいたい……だが、どうせ王子の事を話せば態度も変わるだろう。 早る衝動を抑え、タマの話に付き合う。
「そ、それはすまなかったな…、私は獣人族護館の館長、カジル・クエールだ」
この場にいる獣人達の長、館長と言う言葉を強調してカジルは自身の名を告げた。
だが、そんな事などどうでもいいと言わんばかりにタマは言葉を返す。
「そうか、それで強者は何処じゃ?」
「なっ!?」
「父さん! 彼女はシロコと言う名だそうです!!」
今にも自分の父親が娘に襲いかからんという気配に、慌ててタジルは街で調べたシロコという名を答える。
「……そうか」
息子の叫びに近い言葉を聞いてカジルは若干の冷静さを取り戻す。そして落ち着くためにひと呼吸をして、シロコをここに呼んだ目的を告げた。
「シロコよ、喜ぶが良い。お前は次代の獣人王、セイン王子の妃候補に選ばれたのだ」
獣人族の王子、セインの名を知らぬ者はいない。特に獣人族にとっては憧れの存在である。
数百年に1人と言われたその才は、あまりにも優秀過ぎる為に、その子を産むべく嫁の選定がかなり厳しい物となっている。
それもあって候補に挙がるだけでも、その選ばれた獣人の女は優れていると証明された事となり、獣人の女にとって誉高い事であった。
だが、タマはそんな事は知らない。
「何を寝惚けた事をほざいておる? 強者連れて来いと言っておるのが分からんのか?」
「なっ!?」
「カジル様!!」
もう限界だと、カジルが飛び込まんとした時に、カジルの名を叫ぶ者がいた。
カジルは己を止めた者、見知った顔に苛立ちも隠せず応える。
「なんだ…カタリナ」
「彼女は強者をご要望の様です。ここは私がその実力を見せて差し上げよう思うのですが如何でしょう?」
彼女は女でありながら護衛隊のナンバー2である。そして本来はうちから出す妃候補の1人だ。
彼女の顔は怒りに染まっていた。それもそうだろう、自分を差し置いてこの無礼な女が横から入って来たのだ。殺したい程に恨んでいる筈だ。
「ふむ……」
カジルは考える。そういえばタジルは、シロコの事を自分より上とは言っていたが、実際には闘っていたわけでは無い。
息子の言葉を疑うわけでは無いが、それ程の実力者が今まで自分の耳に入っていなかったのもおかしな話である。
(強さを見誤ってはいないだろうな?)
1度そう考えてしまうと、このシロコという娘が胡散臭く見えてきた。
この無礼な態度も、ハッタリをかましてこの状況から逃げ出そうとしてるのでは無いか? その為に強者を出せとしつこく聞き、いないと言えばこの場から逃げ出す口実になる。
寧ろその可能性が高い……。
「そうだな、いいだろう……」
「と、父さん!?」
「お前は黙っていろ!」
「ありがとうございます。……では、私がお相手致します、宜しいですね?」
カタリナの言葉を受けて、シロコは渋い顔をする。
やはりそうだ、タジルは何か人族の罠にかかり、動揺してこの女の実力を見誤ったのだ。
「タクミが嫌がるから殺すのは面倒なんじゃがの。かと言って手加減も面倒なんじゃが……」
ここに来てやはり煙に巻こうとしている。
だが逃すわけにはいかない。
「顔だけでは妃候補に成り得ぬのでね、試験の一つとして試させてもらうよ」
「試す? ……ククッ、カッカッカッカッ!」
逃さない為に言った言葉に対して、道場の中央に立つ白い獣人は、これは愉快だとばかりに笑い出す。
「何がおかしい!!」
ハッタリだと分かっていても、堪らずにカジルは叫んだ。
「いやのう? へその緒も取れとらん赤子が我に向かって試すとは……カカッ、そんな事を言われたのは初めてじゃ。 駄目じゃ、可笑しゅうてかなわん。クククッ長生きはしてみるものじゃ。いや、もう死んでおるか」
「まだそんなハッタリを……もういい! カタリナ!! やれ!!」
「はっ!!」
「まっ──」
カタリナは待ち望んでいたその言葉を聞き、全力でシロコに向かって飛び出した。
練りに練った体内の魔力を爆発させて突っ込むこの攻撃は、隊長でも初見で破る事は出来なかった技だ。ぽっと出の獣人に受けきれるものでは無い。
高速で流れる景色の端にタジルの慌てた顔が見えた、今彼の目を覚まさせるべく、この女を葬らんと彼女は疾風の如く駆けた。
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