45.タマの練習
カジルは、カタリナがシロコという無礼な娘に対し、初手からカタリナの最も得意とする技を発動した事にほくそ笑む。
一撃で事を済ましてしまうことに若干の不満はあるが、そこはあの娘が無様に倒れるのを見てから、後でゆっくりと教育してやろうと思った。
先ずはカタリナの攻撃に全く反応出来ず、棒立ちになっているあの娘が吹き飛ばされる様を……。
ダアァン!!
「キャアッ!!!」
道場内に衝撃音が響く。
「なっ!? なん……だ…と……」
悲鳴を上げたのは無礼な獣人の娘ではなかった。
カタリナはシロコの真横、道場の壁に打ち付けられ。壁際に立っていた護衛隊の面子も、巻き添えを喰らってズルズルと道場の床に崩れる。道場内は誰一人口を開くこともできず、沈黙に包まれた。
「ふむ、やはり手加減は面倒じゃな。シロコの強大な魔力は、我でも制御が難しいのう」
シロコの体から時折 バチッ チチッと破裂音が鳴るが、中央に立つタマの独り言は道場内に良く響いた。
「いっ……い…まの……は…」
カジルは見てしまった。このシロコという娘が、カタリナが繰り出した拳を受けるでも避けるでもなく、片手を横薙ぎに払いながらカタリナの腕を掴み、ただ力任せに放り投げたのを。
相手の力を利用し、後方にそのまま投げられたのであればまだ分かる。もしくは余程防御力が高く、その攻撃を受け止めたのであれば賞賛に値した。
だがこの娘は、羽虫を払う様な動きでカタリナを、護衛隊ナンバー2を真横に放り投げたのだ。
「お、お前は……」
一度見れば分かる、そしてこれ程の強者は見た事がない、恐ろしいがこの娘を宰相に差出せる事が出来れば……。
「素晴らし──」
「そうじゃ、丁度良くここに数が揃っておるではないか」
「─は?」
カジルは再度勧誘をすべく声をかけるが、当の本人は、いい事を思い付いたと喜色な声をあげ、遮られた。
「我も手加減の練習とやらをしてみるかの、シロコの修練にも役立ちそうじゃ」
「な、なにを……」
にぃと口の端を上げ、白い髪の獣人の娘はカジルに向かってゆっくりと歩き出す。
チリッチチッと小さな破裂音をさせながら歩くその姿を見て、道場内にいる全ての獣人達は動けずにいた。
…
……
「さて、そろそろタクミのところに戻るかの」
そう言って彼女は道場に空いた壁の穴から外に出て行った。
「彼女は一体……」
道場の隅で腰を抜かしているタジルは、シロコが出て行った壁の穴を見つめ、さっきまで起こっていた事を思い返す。
彼女は街中を散歩をするかの様に歩き、近くにいる護衛隊員を吹き飛ばしていった。
最初は呆気に取られていた隊員達も、複数でまとめて止めにかかったが、彼女の足を止めるどころかその速度を緩めることすらできなかった。
道場内は酷い惨状である。
無傷なものは1人としておらず、ある者は腕を折り、ある者は道場の外で呻いている。
道場も壁に屋根に穴が開いており、月の光が道場内を照らしているのが、より物悲しさを感じさせる。
「壁が焦げている…これは彼女の力なのか?」
時折破裂音と共に隊員が吹き飛ばされていた、そしてその隊員は炎の魔法を受けた時の様に毛がチリチリになっている。
「いや、そんな事より、この事をどう報告すれば……」
タジルは道場から見える月を眺め、途方にくれるしかなかった。
…
……
トッ、と静かに宿の窓から部屋の中に入り込む。
「中々よい暇潰しにはなったな」
タマは1人ゴチると、着ている服を脱ぎ出した。
脱ぎ捨てた服を拾い上げ、几帳面にも丁寧にたたみ、一糸纏わぬ姿になるとタクミのベッドに近づく。
「こやつも寝相がいいとは言えぬのう……」
タクミは1人でベッドを使っているにも関わらず、壁に張り付いて寝ていた。連日シロコに押し退けられている影響だろう。
タマはそのまま空いたスペースに潜り込む。
「今宵はそれなりに魔力を使ったから、またシロコがよう食いそうじゃな」
ククク、と含み笑うタマ。
そしてそのまま人の姿を解くことも無く、その状態まま窓から見える月を眺めながら過ごした。
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