表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴン・イェーガー ~狩竜人賛歌~  作者: 井藤 きく
5章 少年と少女は決める
40/94

5-4

 

 上空に舞い上がったヤルガタインと、その背中に張り付いたエル。背中の異物を振り落とそうと、宙返りしたり急降下したりヤルガタインは暴れまくる。遠く離れてしまった地上から微かにソフィアとガイツの叫び声が聞こえてくるが、風切り音でエルには何を言っているのか分からない。ただ必死に、この機会を逃すわけにはいかないとしがみつく。


 鉱山近くで木が少ない山とはいえ、空を飛んでいる翼竜に地上を走って追いつくのは不可能だ。しかしそうと分かっていても、ソフィアはヤルガタインを追いかけずにはいられなかった。


「馬鹿っ、待てソフィア。走るな」


 ガイツが呼び止めるが、それが耳に入らないほどに興奮状態のソフィアは走りだす。


「待つんだ落ちつけっ、そんな血を流したままだと命に関わるぞ!」


 首から流れだした血は、ソフィアの体を半分以上も真っ赤に染め上げている。そんな状態でまともに走れるわけがなく、すぐにガイツが追いつく。ふらつきながら走るソフィアの目は、恐ろしいほどに血走っていた。


「エル……エルが」


「落ち着くんだ、まずは治癒だ。とにかく血を止めんと……動くなよ」


 ガイツはソフィアを強引に座らせて、首に手を当て治癒理力を流し込む。


「早く……早く追わなきゃ」


 血を流しすぎたせいで、ソフィアは頭がふらついている。呼吸も荒く錯乱状態になっていた。


「いいからじっとしてろ、話を聞け。エルの判断は恐らく間違ってはいない。あいつは背中に乗ってるんだ。しがみついてる限りはヤルガタインも攻撃はできないし、死ぬことはない」


 半分はソフィアを落ち着かせるための方便。追いつけない翼竜を追いかけても仕方ないし、こうなった以上は地上からは援護ができないとガイツは判断していた。ただ半分は方便ではなく本音だった。


「確かに無謀に見える行動だがエルは馬鹿じゃない。飛び降りることはできたはずだが、それより背中に乗ることを選んだ。勝算があるからそうしたんだ。俺よりもお前のほうがエルのことを知ってるはずだろ。仲間なら信じろ。まずは自分の体を心配しろ」


 ガイツの言葉で、ソフィアの乱れた心は少しだけ冷静さを取り戻す。呼吸を整えるように大きく息を吐き出すと、ソフィアは動かないままに分かったという目をした。


 心の落ち着きに体が反応したかのように、首から流れていた血は止まる。見た目にはまだ傷は痛々しいままだが、ガイツは治癒の手を離した。


 血が完全に止まったことを確認して、ガイツは犬笛を取り出して緊急用の合図を吹く。まだ運び屋が近くにいるはずだった。


「流れた血は戻らないし、激しく動けばすぐに傷が開く。お前はしばらくじっとしてろ」


 ガイツも内心は焦っていた。今自分にできることはあるのかと考えるが、なにも思いつかない。ヤルガタインが飛んでいった方向に狩竜人を派遣してもらうしかないが、飛んでいる翼竜を見つけろというのは難しい。ただエルが無事に地上に降りてくれることを祈るしかなかった。


 緊急の合図を聞きつけた相棒の犬に先導されて、運び屋が竜運車を引いてやってくる。


「うわっ、ひでえ……」


 若い運び屋は、血で染まったソフィアの姿を見て絶句する。


「血は止まっているが動かしたくない。すまんが彼女を車に乗せて街まで運んでほしいんだ」


「待ってガイツさん」


 まだ動けるから、そう言おうとしたソフィアだが自分が狩竜人であることを思い出す。無理だと思えば引く、それができなければ狩竜人である資格すらなくなる。まだ動けるなどと言うのは、ただの自己満足でしかない。


「エルを、お願い……します」


 まともに走れもしないほどに弱った自分の体。ソフィアは情けなくて悔しくて泣きそうになるのを、ぐっと下唇を噛み締めて堪えた。そして運び屋が乗りやすいように片付けてくれた竜運車に乗る。

 

「今の彼女は戦闘は難しい。途中で竜に出くわしたら逃げてくれ」


「重たい竜を引いてたって逃げるのが運び屋の仕事ですから。安心して下さい」


 ガイツの頼みに力強くうなずいた運び屋は、荷台の怪我人に気を遣っていつもより静かに竜運車を引っ張っていく。




 空中で散々に暴れていたヤルガタインも、疲れたのか諦めたのか少し大人しくなる。エルは必死に頭をめぐらす。この状態からどうすればいいのかと。


 最初はただソフィアを守るために背中に乗ったエルだったが、暴れるヤルガタインが自分を振り切れないことで、その背中が安全圏だと気づいた。飛び降りなかったのも、そう思ってのことだ。確かに人食い竜は理力も高く恐ろしいが、翼竜は他の竜とは違って飛ぶことが最大の武器。鋭いくちばし以外に凶器となる武器はない。目の前の例外を除いて、翼竜が人を襲わない理由をエルは理解できた。


 地上までどれくらいの距離があるのか。エルには見当もつかないほど、眼下の森や川は小さく目に映る。落ちたらどうなるのか分からないが、いつまでもしがみついているわけにはいかない。意を決してエルは右手で掴んだ長剣に理力を込めた。


 引き抜かれる長剣に痛みを覚えたのか、ヤルガタインは再び暴れだす。一旦は大人しくなっていたが、まだ弱っている様子はない。引き抜こうとした先から修復が始まってしまうが、それでもエルは武器を取り戻そうと長剣を引っ張る。幸い左手で掴んでいる黒い棒状の物は、妙にエルの手にしっくりくる持ちやすい形をしていた。それを掴んでいる限り、右手の剣を引き抜いても振り落とされない自信はあった。


「うおおおおっ」


 雄たけびを上げながら全ての理力を右手に集中させる。


「パキィィン」


 そして響く、乾いた金属音。


「なああああっ」


 気合の入った雄たけびが悲鳴に変わる。長剣はエルの理力に耐えられずに折れた。真っ二つに。


 右手に握り締められているのは、見事に半ばから折れた長剣。しかし落ち込んでいる場合ではなかった。ここまで見事に折れたならどうせ使い物にならないと、折れた剣で無理やりヤルガタインの背中を攻撃する。


 ヤルガタインとエル、両者ともに必死にもがく。しかし、エルの左手に嫌な感触が走った。掴んでいたとげでも角でもない、不自然に突き出ている黒い物が抜けそうになったのだ。これが抜けてしまうとしがみついていられなくなる。そう思ってエルは無茶苦茶な行動に出た。


 ヤルガタインの背中に、拳大の穴を掘るように折れた剣をえぐり込む。その穴が手首まで入るほどの深さになると、折れた剣は口にくわえた。剣についた竜の血が流れ込んできて、エルの口内に不快感が広がる。そして自分の右手をその穴に突っ込んだ。血と肉の熱い感触の中に埋めるようにねじ込む。そしてエルの右手がヤルガタインの背中にとらわれる形で修復が始まる。


 拳が潰されるかと思うほどに硬い肉で締め上げられる。しかし強く締まれば締まるほど、それは抜けにくくなったということ。エルは微塵も後悔などせず、口にくわえた長剣を左手に持ち替えようとする。その瞬間、左手で持っていたものがとうとう抜けきった。それが強烈な痛みだったのか、ヤルガタインはこれまで以上に狂ったように暴れ始めた。エルは振り落とされるかと思ったが、右手は抜けることなく完全にとらわれていた。


 そして左手で掴んでいた黒い物。その正体にエルは驚いた。


「け……ん?」


 それは確かに剣の形をしていた。元々そういう色なのか、それとも変色してそうなったのか。真っ黒いその剣は、エルが折った長剣よりもさらに長く異常なまでに重たかった。なぜヤルガタインの背中に剣が。エルは疑問に思うが、そんなことを考えるのは後回しだった。


 片手では上手く振れないほどに重たいその剣を、ヤルガタインの背中に突き立てる。灰翼竜の悲鳴が上がる。エルが意外に思うほど、あっさりと突き刺った。


 いける。そう思ったエルは口にくわえていた剣を捨てて左手に集中する。黒い剣を何度も何度も突き刺した。そしてとうとう耐えられなくなったヤルガタインは高度を下げ始める。


 エルの右拳を締め上げる肉の感触が緩くなる。人食い竜もいい加減弱っていることを確信したエルは、大きく深呼吸をして右手を思いっきり引き抜いた。そして両手で黒剣を握り締め、全力でヤルガタインに叩き込む。


 羽ばたく力を失った翼竜は背中に狩竜人を乗せたまま、地面に向かって真っ逆さまに落ちていく。


「翼竜だ。でかいヤルガタインが落ちてきたぞっ」


「おい、今落ちたあれ……人が乗ってなかったか?」


「やっぱりか。俺もそう見えたんだが……まさかな」


「とにかく協会に知らせろ。狩竜人が来るまで近づくな、例の奴かもしれん」


 どこをどう飛んでいたのかエルは分かっていなかったが、落ちた先はフェネラルの街の近くだった。空から巨大な翼竜が降ってきたことを目撃した人たちが、慌てて協会へと走る。


 動いてはいないが、まだ息のある灰翼竜。それにゆっくり近寄って、エルは止めの一撃を与える。完全に息の根を止めたことを確認すると、エルはソフィアの名前を叫びながら鉱山に向かって走りだした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ