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狩竜人たちに職員から新たな情報が伝えられる。
「ヨックラルより追加の情報です。ヤルガタインの尾羽がかなり短かったという証言がありました。ヤルガタインは長い尾羽が特徴的ですし何人も目撃しているそうなので、間違いなさそうです。あとこれは不確定なのですが、背中の辺りに細いとげか角のようなものが生えていたという証言があります」
ヨックラルでは人が襲われたところを直に目撃した人が何人かいた。もしそうでなければ、翼竜が人食いになったとは誰も信じなかったかもしれない。
「とげか角……そんなものはヤルガタインには生えていないだろう?」
狩竜人から疑問の声が上がる。人食いになったからといって、今までなかったとげやら角が急に生えてくることはない。
「はい、なのでこれは信憑性に欠けますね。あと、残念ながらヤルガタインによる被害者はヨックラルとここだけではなさそうです。ヨックラルからフェネラルの間にある他の街でも、何件か翼竜のくちばしで食われたような遺体が見つかっているそうです。どうやら奴は少なくとも10人は食っていると思われます」
人を食えば食うほど竜は強くなると言われている。悪い知らせとなった情報を受けて、それぞれの狩竜人はこの日も捜索に出る。もちろん脅威となるのはヤルガタインだけではないので、普段通りの依頼をこなしつつの捜索だ。白緋の女神の2人とガイツも、南の鉱山近くで目撃された蛇竜ネスアルドの依頼を受けて街を出発する。
「あっついわぁ、なんでこんなに暑いのよお」
文句を言いながらも、ソフィアはいつも通り元気に走っての移動だ。エルは元々涼しいところで生まれ育ったので、最初はフェネラル近辺の夏の暑さに戸惑った。しかしそれもあっという間に体が順応して、元気にソフィアの隣を走っている。
そして日増しに遠慮がなくなってきた2人に、ガイツは必死に着いていく。理力が漏れないという体質のおかげで疲れを知らないソフィアに平気でエルが着いていくので、ガイツも意地でも遅れるわけにはいかなかった。
目的の鉱山辺りまで来てようやく速度を緩めるソフィア。夏の日差しが容赦なく照りつけるのに息も切れていない。エルは多少息切れしているが、ソフィアの走る速さにも慣れたものだった。ガイツは膝に両手をついて、思いっきり呼吸が荒くなっている。
「ソフィア、今度からもうちょっとゆっくり走ろう」
「そうね。ガイツさんも足速いしって思って、ちょっと調子乗ってたわ」
「ぜはぁ……はぁはぁ……意地張ってる場合じゃないな、これは。すまんが今度からそうしてくれ」
ガイツは攻撃特化した狩竜人ではないので、逃げ回るための脚力だけは鍛えに鍛えてきたつもりだった。以前2人に向かって、着いてこれなければ街に戻れ、などと偉そうに言ったことを思い出してガイツは恥ずかしくなる。
そしてあっさりとネスアルドを狩り終えた3人は、ヤルガタイン捜索を始める。
「さすがにこんなに上ばっかり見てると首が痛いわ」
そんなことを言いながら上を見ているソフィアに、エルは呆れる。
「ソフィア……遠くを見なよ遠くを。天気良いんだし、真上に急に現れたりしないよ」
そう言われてソフィアは初めて、空を見上げるにしても遠くを見れば首に負担にならないことに気づく。
「あれ、ほんとだ……ちょっと早く言いなさいよっ。ずっと真上見てた私が馬鹿みたいじゃない」
みたいではないとは思うが、2人とも口にはしない。余程の運がないと空を飛ぶ1頭の翼竜は見つけられそうにない。3人ともにそれは分かっているが、それでもただひたすらに空を見上げる。そしてその余程の運に3人は恵まれていた。
まだ鉱山からさほど離れていない場所。木々の少ない山道を歩いている3人の耳に叫び声が届く。
「うわあああっ、ヤルガタインだ!」
一斉に3人が声のほうへと走りだす。その方向はネスアルドを狩った方向だった。
「ガイツさん!」
走りながらエルが指示を仰ぐようにガイツを見る。
「お前らのが速い、先に行けっ。とにかく飛ばせるな!」
エルとソフィアは言われた通りガイツを置き去りにして、山の上り坂を全力で駆け上がった。
叫び声を上げたのはネスアルドの回収に来ていた運び屋だった。翼竜はその鋭いくちばしで運び屋ではなく、死んでいるネスアルドをつついていた。そしてその竜は情報通り、長く立派なはずの尾羽がかなり短かい。間違いなく人食いの灰翼竜ヤルガタインだった。
「うっそ、ネスアルドって食べれるの?」
「いや、ネスアルドはまずいよ……でも運が良い」
ネスアルドに食べているうちにガイツさえ来てくれれば、光球とボウガンで足止めができる。エルはそう思った。しかしヤルガタインはネスアルドをつつくだけで、食べているわけではなかった。これは旨くないと思ったのか、今度はまだ近くにいた運び屋を狙う。
「逃げて下さいっ、ここは任せて!」
運び屋は2人の狩竜人に任せて、その場から全力で離れる。大きな翼で羽ばたいて運び屋に襲いかかるヤルガタインを、ソフィアが突き刺す。しかしヤルガタインの大きな体を止められるわけがなかった。突き刺されて鳴き声を上げたヤルガタインは、翼を羽ばたかせる。
「うわわわ、まずいっ」
宙に浮かぼうとしたヤルガタインに、ソフィアは体ごと持ち上げられて足が地面から離れてしまう。
「ソフィア!」
エルが慌てて翼に切りかかる。しかし幾人もの人を食ってきヤルガタインは、翼竜とは思えないほどに硬化していた。翼を少し切り裂いたものの、その硬さに途中で長剣は止まってしまう。そしてソフィアのハルバードとエルの長剣が翼に刺さったままに、恐ろしい速さで修復が始まる。武器を手放せない2人の足が完全に地面から離れた。
「ちょっと、これまずいって。エルっなんとかして!」
「なんとかって、無理だよっ。剣が抜けない!」
必死に武器にしがみついたままの2人を振り払うかのように、さらにヤルガタインは強く羽ばたく。
「いま!」
助かったとばかりにガイツの声に反応して、エルとソフィアが目を閉じる。追いついたガイツの光球が弾けて、辺りを光で包んだ。視界を奪われて暴れるヤルガタインの体から、修復で体内に巻き込まれた武器を強引に引き抜く。エルとソフィアは不恰好に転がりながらも、なんとか地面に着地した。
「よくやった2人とも」
ガイツは2人が必死になってヤルガタインが飛び上がるのを防いだと思っているが、実は結果そうなっただけだった。ただ経緯はどうあれ、地上にいる今が好機には違いない。ガイツはボウガンを素早く構える。エルとソフィアは起き上がって、暴れるヤルガタインに向かっていく。飛ばれては追いかけようがないので、作戦もなにも話し合っている暇はなかった。
麻痺矢が放たれる。すぐに次射を装填して、さらにガイツは引き金を引く。かなり近づいて射ったにも関わらず、なんとか矢尻が突き刺さる程度だった。しかし麻痺矢はその矢尻さえ体に入ってくれれば、目的は達せられる。ヤルガタインの動きが若干だが鈍る。ガイツはそれでも麻痺矢を装填して、油断なく射ち込む準備をする。
エルとソフィアは同時に、左右からヤルガタインに飛びかかる。今度は武器を修復に巻き込まれないように、翼の薄い部分を狙って武器を振るう。翼だけでも人の何倍もある大きさ。一撃一刀で切り落とすことはできないが、大きく翼を切り裂いた。再び灰翼竜の甲高い鳴き声が上がる。
しかし人食い竜はさすがに並ではなかった。次々とガイツが麻痺矢を射ち込んだはずが、すぐに体の動きを取り戻す。すでに麻痺毒に耐性ができてしまっていた。エルとソフィアを吹き飛ばすように翼を羽ばたかせて、舞い上がろうとする。
「いま!」
もし光球がなかったらと思うと、エルもソフィアもぞっとする。再び視界を奪われて、飛び上がれなかったヤルガタインは暴れだす。
「ソフィア着いてきてっ、強引に行くしかない!」
ソフィアはエルの言葉にうなずく。地を行くレイダークのように時間をかけられる相手ではない。とにかく早めの勝負をかけるしかなかった。
エルが暴れるヤルガタインに近づいて翼を切りつける。エルの上を飛び越えて、長剣が切り裂いた部分にソフィアのハルバードが振り下ろされる。ヤルガタインはもう片翼で2人を弾き飛ばす。常人なら立てないほどの衝撃だっただろうが、上手く受身を取って2人ともすぐに体勢を立て直して武器を構える。
「もういっちょ!」
今度はソフィアが先に飛びかかる。翼に入った切りこみを再度狙ってハルバードを突き刺す。エルがソフィアの上を飛び越えて、長剣を全力で叩き込む。が、それでも翼は切り落とせない。柔らかい羽根がびっしり生えた翼は、単純に硬いだけの鱗や皮よりも剣先を鈍らせた。それでも強引に剣で押し切ろうとするエルを、ヤルガタインが弾き飛ばす。
「くそっ、切り落とせなかった」
「慌てないでエル」
いつもとは逆にソフィアがエルをなだめる。レイダーク相手に焦った結果、エルを傷つけることになってしまった教訓はしっかり活きていた。しかしガイツが3度目の光球を準備し終えた瞬間、ヤルガタインは反撃に出た。耳をつんざくようなヤルガタインの奇声。意思とは無関係に3人の体をすくんで動けなくなる。
動きが止まった3人の中で狙われたのは、1番近くにいたソフィアだった。金属同士がぶつかりあうような嫌な音が響き渡る。ぎりぎりでくちばしの先端をハルバード受け止めるソフィア。しかし竜の攻撃を人が受け止められるわけがなかった。それたくちばしがソフィアの首にかすって、そのまま押し倒される。
ガイツは一瞬飛びかかろうとするが、それは自分の役目じゃないと自制して光球を作り始める。エルはすでに地面を蹴っていた。ヤルガタインの背中側から長剣を突き刺して、背中にそのまま飛び乗る。目の前の敵をくちばしで止めをさそうとした瞬間に、見えない方向から攻撃を喰らったヤルガタインは大きく暴れる。しかしエルは必死にしがみついて、ソフィアに目を向かせまいと硬い頭部を片手で無理やりに切りつけた。
エルが時間を作ったおかげで、ソフィアはその間に立ち上がって走りだす。大きく裂けた首の傷からは、彼女の体を赤く染めるほどに血が流れている。
「いまっ」
ガイツは光球を放つ。精密に制御されたそれは、確かにヤルガタインの目の前で弾けたはずだった。にも関わらずヤルガタインは強く羽ばたいて宙に浮かぶ。ソフィアは血を流したままにハルバードで切りかかるが、ヤルガタインの周囲に巻き起こった風に体が押し返されてしまった。
「エル!」
ソフィアの叫び声が上がる。エルはその声に反応して飛び降りようとした。しかし一瞬の迷いのあと、背中にしがみついたままでいることを選択する。
ヤルガタインの背中から黒くとがった物が突き出ていることに気づいて左手で掴む。そして右手の剣を逆手に持って背中を深く刺すと、そのまま強く握り締める。ヤルガタインは光球すら届かない空高くまで舞い上がった。




