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ドラゴン・イェーガー ~狩竜人賛歌~  作者: 井藤 きく
5章 少年と少女は決める
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5-2

 

 フェネラル近辺で4人の犠牲者が出て5日。ようやく手がかりと思わしき情報が協会にもたらされた。それはフェネラルよりずっと北にあるヨックラルの街の協会から協会本部経由で入ってきた報告だった。


「支部長これは、この報告は間違いないんですか?」


 報告書に目を通したシロノは、その内容が信じられなかった。そして信じたくなかった。


「残念ながら間違いなさそうじゃな。遺体の検分を竜学者にしてもらった結果、ついばまれた形跡はヨックラル近辺で出た犠牲者のものと酷似しておるそうじゃ」


「そんな、ヤルガタインって……こんなものどう対応したら」


 シロノの表情は険しくなる。なにが出たのかさえ分かれば、ほとんどの事態はフェネラルの協会と狩竜人で対応できる。シロノはそう思っていた。しかし今回は、そのほとんどの事態に当てはまらなかった。ザイマルトも渋い表情をしている。


「どこの協会も狩竜人も対応できなかったから、そんな奴を生み出してしまったんじゃ。人食いの翼竜など、協会の歴史の中でも記録にないこと。正直わしにもどうしたらいいのかわからん。とにかく今やってもらっとる調査は中止して、このことを全ての狩竜人に伝えなければならん。各戦団の団長には今夜、できるだけ協会に集まってもらうように手配してくれ」


 シロノは神妙にうなずいて手配を急ぐ。ザイマルトは少しだけ迷って、緊急事態を告げる鐘は控えることにした。その代わりに職員を走らせ、灰翼竜ヤルガタインが人食いになっったことを街や近隣の村の人々に伝える。対応策がない今、必要以上に不安を煽る緊急の鐘を鳴らすことはできなかった。


 長年狩竜に携わってきたザイマルトですら対応が思いつかない事態。それは灰翼竜ヤルガタインが人食い竜になってしまったことだった。ヤルガタインは確かに翼竜種としては体が大きいが、それでも人を襲うことなどまずない。しかしヨックラルの協会から届いた情報は、そのヤルガタインが何人も襲って食っているというもの。どういう経緯で翼竜がそうなったかは誰にも分からないが、人を食って理力が膨れ上がった竜が上空を飛んでいるというのは恐怖でしかない。しかもどこに現れるか誰にも想像がつかないので対応しようがなかった。


 翼竜など経験豊富な狩竜人でもまず狩ったことなどない。ましてや人食いの翼竜など聞いたこともない。依頼を終えて協会に帰ってきた狩竜人たちは、報告を受けて騒然となる。


 狩竜からまだ帰ってこない戦団を除いた15人の各戦団長と、協会付きの狩竜人や職員が会議室に集められる。そこには白緋の女神の団長エルの姿もある。しかしなぜかソフィアも会議室に呼ばれて参加していた。多くの貫禄ある他の戦団の団長に囲まれて、2人は所在なさげに隅っこに座っている。


「ザイマルトのとっつぁんよ。ヨックラルはどういう対策を取ったんだ?」


 人食いとなった灰翼竜ヤルガタインが、北のヨックラルからフェネラル付近に飛んできた可能性が高いことは集まった全員に説明された。しかしその対策はなにも打ち出されないままだった。ダンビスは説明を聞き終えると早速質問を投げかける。


「なにもじゃダンビス、なんにもできんかったらしい。確かに前例のないことで、どう対応していいのか分からん。ヨックラルより何倍も戦力の整っとるここですら正直有効な手段が思いつかん」


「なにもか。まあ確かに翼竜相手なんざあ狩竜人の誰も想定してないわな」


 ダンビスは腕組みしたまま、天を仰ぐような姿勢をとる。


「とにかくどこに現れるか分からないのが最大の難点じゃ。地上を行く竜種ならなんとでもやりようがあるが、空を飛ばれてはどうにもならん」


「それもあるし、そもそも人食いの翼竜がどのくらい強いのかすら分からんからな。見つけたからって下手に手を出して返り討ちになったら洒落にならん」


 ザイマルトはダンビスの言葉にうなずく。普通の翼竜ならば、ボウガンの腕が良い狩竜人さえいればなんとかなりそうだと予想できる。翼竜種は他の竜に比べて非力であるし、硬い鱗や皮を持つわけでもない。しかし人食いの前例が過去になく、凶暴性がどれくらいなのか、硬さはボウガンの矢がすんなり通るのか、なにも分からない状況での狩竜は危険だった。


「本部にも要請して麻痺矢の在庫をなるべく多く用意しておく。麻痺矢を射って飛べなくさえしてしまえば、必ず勝機はあるはずじゃ。麻痺矢の販売を原価で行うので、どの戦団も多めに持っておいてくれ。またしばらくは単独での依頼は出さないことにする。各戦団は人員を割り振る際に、必ずボウガンを使えるものを1名入れて動くようにしてくれ。正直狩竜人には負担になるがの。すまんが我慢してくれ」


 現状、それくらいしか打てる手はない。各戦団の団長もザイマルトの言葉にうなずくしかなかった。もしかしたらすでにフェネラル近辺にはおらず、他の地域に飛んでいった可能性もある。しかし希望的観測で動くわけにはいかない。さらに犠牲者が増える可能性があるのに有効な対策が思いつかないことに、誰もが煮え切らない気持ちになる。


 しかし重たい空気の中、エルとソフィアは周りとは違うことを考えている。ボウガン持ってないのにどうしよう、そんな気持ちだった。


「しかしあれだ、ここフェネラルには翼竜でも相手にできそうな取っておきがいるじゃねえか」


 ダンビスがそういうと、皆の視線がガイツに向いた。ガイツはその視線に応えるように話しだす。


「そうですね、翼竜なんて狩ろうと思ったことがないので自信があるわけじゃないですが……しかし光球さえ効けば、落とせる可能性は高いと思います」


 いくら強力なボウガンでも射程距離には限界がある。人食い竜となり硬化している相手ではその射程も短くなると予想された。その点、相手の硬さに関係なく目さえ開いていれば有効な光球は、足止めとして期待が持てる。


「そういうことじゃな。しばらくガイツは翼竜対策に専念してもらうことにする。それでじゃ、組むのはそっちの隅っこの2人にしようと思っとる」


 早くボウガンを買わなければ、などと考えていた2人に視線が集まった。




 翌日から白緋の女神にガイツも加わり行動をするようになった。といっても普段と同じように依頼を受けて狩竜に向かうのは変わらない。


「いま!」


 光球が弾けて、ソフィアとエルが竜の群れに向かって飛びだす。


「おりゃああ、この前の恨みだあああ」


 そんなことを叫びながら、ソフィアは紫爪竜テリバトンの群れに突っ込んでいく。先日は群れの半分以上を逃してしまったが、今回はあっという間に片がつく。


 依頼の狩竜を終えた3人の狩竜人だが、そのまま街には戻らずにただひたすら歩き回る。空を飛ぶ人食い竜を見つけだす手段が思いつかない以上、闇雲にでも陽が落ちるまでそうするしかなかった。


「やっぱ凄いですねガイツさん。この前は僕たち逃しちゃったんですよ」


「まあボウガン1つ持ってなけりゃそうなるな。テリバトンは逃げるのが肉食のくせに異常に早い」


「ほんと、さっすがですね先生」


「あのな、お前らの先生じゃないんだ俺は。弟子を取った覚えもないし、そんな年でもない」


 しかもお前らのが強いだろうが、とガイツは言いかけるがそれは口にはしなかった。


「それにしても、翼竜なんてどうすればいいんですかね? 正直全然戦い方が分からないんですけど」


 ソフィアもエルの言葉にうなずく。しかしそれはガイツも同じだった。それどころか狩竜人全員に同じことが言えた。


「それは多分誰にも分からんさ。しかし被害が出ている以上、狩竜人である俺らがなんとかしなければならん。というかまず、奴を見つけんことには話が始まらないな」


 エルもソフィアも上空を見上げる。遠くの空に翼竜が飛んでいる姿があるが、それがなんの種類かは分からない。


「なんとか探す方法はないですかね。見た目に特徴があるとか」


「難しいな。人食いになって時間が経つと大きさに変化が出る竜もいるが、それも空を飛ばれてたら大きさなど比較できん」


 灰翼竜ヤルガタインをフェネラルにいるうちに仕留められるかどうかは、完全に運頼みになってしまっている。仕留める実力のある狩竜人の前に姿を現すかどうかの賭け。それも一体どれくらいの強いのかも分からない相手。必死になってエルもソフィアも空を見上げるが、その行為に意味があるのかすらも分からなかった。


「僕の師匠が、もし翼竜が人を食い始めたら今度こそイリシアは人が住めなくなるって言ってたんです。確かに1頭出ただけでこれだと、その言葉も間違ってはないのかと思っちゃいますね」


「ほう、エルの師匠は面白いことを言う人だったんだな。学者のような考えをする人だ」


 ガイツは感心した目でエルを見る。講習でも孤児院に帰ってからも何日か一緒に過ごすうちに、エルは少し普通の人とは違う感性を持っているとガイツは思っていた。それは人里から離れて暮らしていたせいかと思っていたが、エルの師匠の影響が大きいのかもしれないと思い直した。


 ガイツは気になって、エルの師匠はどんな人だったのかと色々尋ねてみる。しかし聞けば聞くほど分からなくなる。ただエルの知識の偏りからして、竜か理力かを専門に研究していた人物なのではとガイツは思った。


「ガイツさんって治癒理力も使えるくらいですもんね。やっぱり理力学については凄い勉強したんですか?」


「さすがに王都の学者みたいにってわけにはいかないがな。今だって日々勉強だよ。しかしエルもたいしたもんだ。ソフィアの体質のことなんか、俺は聞いたこともなかったしな。お前の師匠は俺よりしっかり学んだ人には違いなさそうだ」


 エルとガイツが理力学の話で盛り上がっているのを、ソフィアはつまらなさそうに見ている。


「なんかエル、最近全然人見知りもなくてつまんないわ。普通に喋るし」


「つ、つまんないって。人が怖くなくなったのはソフィアのおかげなのに……あと、普通に話せるようになったのも」


 エルの言葉に満足して、ソフィアはまた空を見上げた。3人がそうしているように、フェネラルの他の狩竜人たちも皆一様に空を見上げてヤルガタインを探していた。狩竜人全員の顔が、夏の日差しに焼かれていく。


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