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ドラゴン・イェーガー ~狩竜人賛歌~  作者: 井藤 きく
5章 少年と少女は決める
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5-1

 

 白爪竜リグトンよりも2回りほど大きいその竜は、発達した太い2本の脚で地面に立っている。鎌のような形状の紫色の足の爪が特徴的な紫爪竜テリバトン。大きく跳ねて真上から飛びかかってくるので、攻撃が避けにくく厄介な相手だ。エルとソフィアはリグトン狩竜依頼の帰りに、そのテリバトン7頭の群れに遭遇していた。


「ええい、さっきからちょこまかと。竜なら竜らしくもっと堂々と襲ってきなさいっての」


「また囲んでくるだけか……ソフィア、2人同時に1頭だけ狙おう。1頭やれれば相手も出方を変えるかも」


 テリバトンの恐ろしいところは肉食竜種のくせに慎重なところだ。獲物を確実に狩るために、時間をかけてでも追いつめるように動き回る。相手から積極的に襲いかかってくれば、エルもソフィアも一撃一刀で仕留められる自信があるがそうはいかない。テリバトンの群れは2人が疲れるのを待っているかのように周囲をぐるぐる回るだけ。押せば押した分だけテリバトンは引き。引いたら引いた分だけ押してくる。竜にしては非常に賢く狩りをする。


「そうね、このままじゃ時間ばっか過ぎて疲れるだけだわ」


 2人とも危機感を感じるような追いつめられかたはしていない。しかしこのままだと陽が落ちるまで、ただ追いかけっこをするだけになってしまう。


 群れで1番大きな1頭を狙って同時に走りだす。狙われたテリバトンは距離を取り、他のテリバトンが逆に2人に近寄ってくる。それを見て2人は急激に反転して近寄ってきたテリバトンに狙いを変えた。事前に示し合わせたわけでもないが、同じように動くエルとソフィア。ハルバードを片手で持って振り回してテリバトンを引っ掛けるように足止めすると、動きを止められた1頭の首が長剣の一閃ではね飛ぶ。


 1頭がやられたことでテリバトンの群れは確かに出方を変えた。さっさと目の前の獲物を諦めてしまったのだ。残り6頭は2人に背中を向けて走りだす。慌てて追う2人だが、なんとか2頭だけを仕留めるのが精一杯だった。脚力の強いテリバトンに走りだされてしまっては追いつくことはできない。


「もうっ、肉食のくせに逃げるんじゃないわよ」


 悔しがるソフィアをエルがなだめる。


「残念だけど仕方ないよ、あとで協会に報告しとこう。僕たちになんでテリバトンの狩竜依頼が回ってこないか、よくわかったよ」


「うん、あんなふうに逃げられちゃボウガン持ってないとどうしようもないわね」


「もしくはガイツさんみたいな光球が使えるとかね」


 腕は認められているが相性というものがある。協会も戦団の戦力と使用武器は把握しているので、白緋の女神にはテリバトンの依頼は出していなかった。たまたま見つけて狩ろうとしたが、その苦労が2人にも充分に理解できた。


 帰り道、2人はボウガンを購入しようと話し合う。狩竜の幅は広いに越したことはない。ただ以前ガイツに言われたように、エルが長剣をボウガンに持ち替えても有効な場面は少ないことも理解していた。


「やっぱり買うなら片手でも狙いがつけられる小さめのボウガンかな、剣を手から離したり鞘に納めたりは無駄な動きになっちゃうから」


「そうね、わざわざ高くて強力なのは要らないわね。大きいほうが格好良いんだけど」


「そうなんだよね、クライオンのでかいボウガンとか格好良いんだけど」


 格好良いなどという無駄な基準が相変わらず残る2人の会話だが、さすがにガイツの言うことを無視してまで無駄な買い物には至らない。今度クライオンに会ったら相談してみようと2人は決める。


 まだ陽の高い青空に大きな影がいくつも飛んでいる。2人は雲1つない夏の空を見上げる。

 

「今日はなんか翼竜が多いわね。あれなんて種類かな?」


「うーん……陽の光で色がわからないけど、小さそうだから多分ミシュタインじゃないかな」


「ミシュタインって朱翼竜だっけ? まずいわ、竜の名前くらい覚えてないとまたガイツさんに叱られそう」


 ソフィアもさすがに普段相手にするような竜の名前くらいは完璧に覚えているが、相手にすることのない竜種の名前はあやしかった。講習以来ガイツは2人を、特にソフィアの知識を確かめるように質問をしてくる。同じ竜災孤児院に暮らす2人にとって、ガイツは初めて身近で色々と教えてくれる先輩狩竜人となっていた。


「ミシュタインは紅翼竜だよ。まあ翼竜なんて相手にすることないからね。さすがにガイツさんも聞いてこないんじゃない」


 そんなことはない、あの男はわざと意地の悪い質問をしてくる気がする。とソフィアは思っている。しかし実際は普通に知っててほしいことをガイツは質問しているだけで、誰も意地悪などしていない。ただソフィアの知識が足りないだけだ。


「そういえばエルは翼竜って狩ったことあったりする?」


「ないない。翼竜なんて狩る必要もないしね。大体あんなとこ飛んでちゃ狩ろうとしても届かないよ。あの高さじゃ余程大きいボウガンじゃないと届かないし」


「さすがにエルでもないのか。あんた山に住んでたんだし、もしかしたらと思ったけど」


「山でも街と一緒で翼竜は人なんて襲ってこないよ」


 もし空を飛ぶ翼竜が人を襲うようなことがあれば、イリシアはそれこそ人の住めない大地になっていただろう。しかし翼を広げると人の背の何倍にもなる大きな翼竜種でも、人を食べるために襲うことはまずない。翼竜は空を飛ぶために見た目の大きさのわりに体が軽く、薄い翼部分を狙えばボウガンの矢でも落とせるほどに脆いからだ。大きな体で飛ぶために理力を使っていると言われており、翼竜にとっては人の大きさでも獲物として大型すぎるのだ。狩る必要のない翼竜は狩竜人でも手は出さない。そもそも空高く飛んでいる相手に手は出せない。


 フェネラルの街に2人が帰還すると、なにやら協会内がばたばたとしていた。協会職員が皆忙しそうに走り回っている。


「やあ君たち。今帰ってきたのかな?」


 テリバトンを逃したことを報告しようにも職員が捕まらずに困っていると、紳士な口調でウィクラスが2人に声をかけてきた。


「はい、さっき帰ってきたんですけど、なんか慌しいみたいですね。まさか緊急でもありましたか?」


 ソフィアの質問にウィクラスは難しそうな顔をする。


「そう、緊急といえば緊急なんだがね……ちょっと事態が把握できずに困っているんだ」


「事態が把握できないってどういうことですか?」


「東の村の近くで犠牲者が3人も出てるんだが、どの竜種がやったのかわからないんだ」


 2人は首を傾げる。村に近い場所で犠牲が出れば、近くに目撃者なり逃げてきた人なりいるはずだ。もしいなくても足跡や犠牲者がどういう食べられ方をしているかで、大体の竜種の予想はつく。


「犠牲者が3人も出てるって大変じゃないですか。誰かもう向かってるんですか」


「調査のために向かってはいるが、そもそも竜かどうかもわからないんだ」


 人を襲うような獣はフェネラル付近にはいない。襲うとしたら竜だけだ。竜かどうかもわからないという言葉に2人はさらに首を傾げる。


「ああ、すまない。こんな説明じゃわからなくて当然だね。犠牲者がなにかに食われているのは遺体の状態から間違いないようなんだ。しかしやられた場所から近いどの村にも竜は出ていない。それどころかフェネラル近辺では、まだ人食いらしき竜の出現は報告されていないんだ」


「普通、人食いになった竜って余計に人を狙ってきますよね。人食い竜が人を襲わないってあるんですか?」


 エルは疑問に思ったことを口にする。


「それなんだ。理由として考えられるのはまだ腹が減っていない可能性。しかしどうも遺体の状態からして死後何日かは経っているらしく、腹が減っていないというのは考えづらい。家畜も襲われていないようだし。遺体の傷口からして大型の竜ではないことは間違いなさそうだが、とにかくなんの竜種かはっきりしない。皆どうにも困ってるんだ」


 人食いになると頻繁に近くの人里を狙って襲いだすのが人食い竜の怖さだ。人食い竜がいるらしいのに、何日もそれらしき姿が見えないという事態は起こりにくい。姿は見えないのにいるかもしれないという状況は不気味で、協会と狩竜人の動きを鈍らせていた。


「ウィクラスさんは緊急に備えて待機ですか?」


「そう、今はうちの団長と何人かが今現場に向かっているが、もし全然違う方角に人食い竜が出た場合に備えているところだ。しかしどうにも解せないね。竜にやられたのなら大概傷を見れば種類はわかる。それがわからないとなると……」


 言葉の途中で、職員がウィクラスのほうへと走ってやってくる。


「ウィクラスさん、ホジアスの村で犠牲者が1人。恐らく竜によると思われますが……また正体不明なんです。目撃情報はなし。ホジアスの人たちは近くにいた狩竜人に率いてもらって、すでに避難を開始しています。それで村の付近の調査をウィクラスさんを中心に鋼の扉の面々でお願いしたい。すいません、相手がわからない限り1番信頼の置けるウィクラスさんに頼むしかないので」


「わかった。すぐに準備する」


 ホジアスの村はフェネラルから西。竜と思われる正体不明の何かにやられた3人は、街から東の村近くで発見されている。20年以上狩竜人をしてきたウィクラスでも状況がつかめず、職員の報告を受けて厳しい表情になる。ウィクラスは不安を覚えながらも手際良く団員に指示を出し、エルとソフィアに見送られて出発した。


 竜種は何百種類といるわけではない。狩竜人でも職員でも経験のある者なら、足跡や犠牲者の状態からまず種類はわかる。それが2件も立て続けに正体不明が出たことで、協会職員は一様に緊張しっぱなしだった。なにが起きているのか把握するために人手を割かなければならないが、それにも限界がある。狩竜人を無闇に調査に向かわせて、犠牲が増えては元も子もない。


 結局、この日はなにも進展がないまま終わってしまう。鋼の扉の面々は翌朝まで付近の捜索をしたが、竜の影はリグトン1頭すら見つけられなかった。犠牲者が出たことには間違いないのに、職員と狩竜人は警戒を強める以外にできることがなくなってしまう。人食い竜がいるかもしれないという状況では、狩竜を依頼するほうもされるほうも普段より慎重な行動しか取れない。竜の数がただでさえ多い夏の時期にこれは厳しいことだった。


 普段より調査に人手を割いて、その分を他の者が穴埋めする。狩竜人も職員も1人1人にかかる負担は大きくなる。疲労だけがいたずらに溜まる日々が続いていく。


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