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夕暮れ時の狩竜人協会は、建物の中も外も喧騒に包まれている。竜種の多くは明るい時間にしか活動しないので、それに合わせて出ていた狩竜人が街に帰ってくるからだ。
「戦団、白緋の女神さーん」
注意していないと誰が呼ばれたのか分からないほどにうるさい。なんとかシロノの声を聞き取ったエルとソフィアは窓口に向かった。混んでいない時間に彼女がいれば窓口に顔を見せることが多いが、この時間は2人が彼女に当たることは滅多にない。この日、久しぶりに2人は彼女と顔を合わせた。
「はぁいお待たせ。じゃあまず今日は、昇段のお知らせです。2人ともなんと6段になりましたっ。おめでとう」
いつもの笑顔と、いつもとはちょっと違う報告。
「やったっ、ありがとうございます。この前昇段したばっかなのに、いい感じねエル」
「えっ、あの僕たち4段だったんですけど……6段ですか?」
素直に喜ぶソフィアと戸惑うエル。
「ええ、今回は2段の昇段ね。10段未満の場合、実は複数段位の昇段って結構あることなの。今回は石皮竜ハルドブルの狩竜実績が考慮されたわね」
「へえ、知らなかった。じゃあ一気に30段とかいけちゃうこともあるんですか?」
「いや、それは無茶よソフィアちゃん……30って。15で一人前、25で一流、30ならば超一流、40までいったら後世まで名が残るわね。30段って相当なのよ」
あまりに常識外れな質問に思わず苦笑するシロノ。狩竜人なら誰でも知っていそうなことなのにと疑問に思うが、ソフィアの抜けてるところは今に始まったことはないので気にしなかった。
「うーん、そうかあ。やっぱり地道にいくしかないですね」
「ええ、焦ることはないわ。2人ともかなり早い昇段なんだから。2人で組んでから順調なのは私も知ってるけど、お願いだから無茶しないでね」
「はあい。でも最近は依頼も多いですよね。協会に顔出せば昼くらいでも必ずなにかあるんですよ。やっぱり夏が近いからですか?」
竜種の多くは夏になると活発になる。北イリシアに根を張っている竜もそうだし、それ以上に南から押し寄せてくる竜種の数が増えるのが原因だ。縄張り意識のある竜種が特に厄介で、他の竜に追い出されるように人里に現れる数は冬や春とは比較にならない。
「そうね、2人とも1年生だから初めての夏なのね。南ほどじゃないけど、ここら辺でもやっぱり多くなるわ。南から押し出されるように北上してくる竜種も多いから」
「じゃあ私たちも張り切っていきますねっ」
「ええ、お願い。でも明日は2人にやってもらわなくちゃいけないことがあるの」
「えっ、なんですか?」
「緊急事態に備えての協会での待機、待機組っていわれるお仕事ね。狩竜人が全員出払っちゃうと、緊急性の高い依頼が来たときに困るからね。順番を決めて何人かに残ってもらうのよ」
「あー知ってます。ついに私たちにも回ってきたんですね」
待機組として街に残る狩竜人は、緊急性の高い狩竜に対応できる必要がある。それなりに腕のある者しか回ってこないので、頼まれるということは認められた証でもある。依頼の有無に関わらず最低限の報酬は約束されるので、嫌われる仕事ではない。
「ええ、明日は混んでる時間が終わったくらいにきてくれればいいわ。お願いするわね」
「はいっ、任せといてください」
いつものように元気なソフィア。そして口数はいつものように少ないが、シロノはエルの顔つきが変わったように見えた。しっかり同じ方角を見て歩き出した2人の顔は、そろそろ少年でも少女でもなくなりつつあった。
翌朝、いつもよりのんびりと宿を出る2人。最近は休みなく毎日狩竜に出ていたので、協会に行くのは朝夕の混雑した時間ばかりだった。久々に静かな協会の扉を開く。
「えっと待機組ってなにすればいいのかしら。いるだけでいいのかな」
「どうなんだろう、ちゃんと聞いておけばよかったね。えっと……」
辺りを見回して手の空いている職員を探す。忙しい時間を過ぎた窓口に職員は1人しかおらず、他の狩竜人の対応をしているところだった。なにやら長引きそうだったので、2人ともイスに座って待つことにした。
「昇段は嬉しいけどまだ6段かあ。先は長そうね」
「段位もそうだけど、金もなんとかしなきゃ。大きい竜種相手になればボウガンも欲しいし、僕は剣も買い換えないと駄目だ」
「だから剣は2人のお金で買おうって言ってるのに。なんで嫌がるのよ」
「いやだって、僕が使うものだし自分の取り分から出さないと」
「意外と頑固ね。別に私がいいって言ってるんだからいいのに」
最近の2人は、南に向かうための相談をすることが多い。相談といっても、まだ夢の段階でしかなく現実的な話はなかなかできない。それほどに南の大地というのは人にとっては厳しい場所なのだ。生半可な狩竜人では無駄死にするだけで、国も南行きの許可は出さない。それでも、ただ夢について語れる相手がいるということが2人とも嬉しくてたまらなかった。
「おうっ、お前らか白緋の女神とかいう戦団は。なるほど、確かに分かりやすい名前だな」
思わず2人の体がびくっとなるほどに大きな声が、静かな協会内に響き渡る。その声の持ち主は、顔も体も大きな髭面の中年の狩竜人だった。エルより少しだけ背が高く、ずっと分厚い体をした男は誰が見ても狩竜人と分かる風貌だ。
「はい、えっと白緋の女神ってのは私たちですけど……」
フェネラルの街は決して大きくはないが、それでも狩竜人の数は100人以上いる。これまで他の戦団とほとんど関わってこなかったので、まだエルもソフィアも知らない顔が多い。
「よしっ、ちょっとこっちに来いお前ら」
見た目通りの豪快な物言いで2人を呼びつける。エルは見知らぬ男と一緒にいる若い狩竜人に気づく。彼の数少ない知り合いの狩竜人だった。
「団長、俺らみたいに若いのが団長にそんな言い方されたらびびりますって」
「ん、そうか? まあ取って食ったりするわけじゃねえから、ほら2人ともこっちきて座れや」
笑顔で手招きする男が、数少ない顔見知りの狩竜人に団長と呼ばれたことで2人は察しがついた。
「鋼の扉の団長さんですか?」
「おう、ダンビスってもんだ。いつだかウィクラスたちが世話になったって聞いてな」
「エルと言います。えっと、こっちが勝手に突っ込んだので助けになったかどうか……」
「なっはっはっは、狩れると思やあ突っ込みゃいいんだっ。ウィクラスの奴は細けえからな。どうせ説教でもかまされたんだろ」
団長と副団長が正反対の性格をしている戦団、鋼の扉。フェネラルで最大の人数を誇り、20段以上の狩竜人を複数抱える街の中心的な戦団だ。協会も緊急事態の際は、その戦団を中心に戦力を差配することになる重要な存在でもある。
「ソフィアです。お説教どころか優しくしてもらっちゃって。フェネラルに全然知り合いがいないので、すごく嬉しかったです」
「まあ他の戦団の若いのにまで厳しくはねえか。うちの若いのにゃあ俺より容赦ねえんだがな、ウィクラスは」
「よお、エル。お前ら今日は休みなのか?」
「あ、いや待機組なんだ」
「そうなのかっ、団長と俺も待機組なんだよ。つうかお前ら、もう待機組回ってきたのかよ」
ダンビスと一緒にいた狩竜人はクライオンという名前で、2人とは協会などで顔を合わせている。先日ウィクラスといた3人のうちの1人で、エルに話しかけてきた男だ。2人よりも1年早く狩竜人になっていて、現在10段と2人よりも先に行っている。ただ、クライオンは無口なエルにも普通に話しかける気さくな男で、出会って以来ソフィアとエルも友達感覚で話していた。
「クライオンもそうなんだ。よかった、知ってる人がいて。僕たち初めてだからちょっと不安で」
「待機組なんて緊急依頼がなきゃ遊んでるだけだよ。緊急なんてないに越したことはねえしな。つっても俺も最近だけどな、待機組任せてもらえたのは」
エルも何度か話しかれられてクライオン相手だと普通に話すことができる。今この世でエルが気兼ねなく話せる男性は、唯一クライオンだけと言っていいかもしれない。これはクライオンの気さくな性格もあるが、最近はソフィア以外の人にも物怖じしないようになってきていた。ソフィアと並んで夢を語り合うようになって、少しずつ彼も変わり始めていた。
「しっかし本当に若いな。お前ら何年目だ?」
「私もエルも1年目です」
「だっはっはっ1年目かよ。クライオン、お前こんな可愛い娘ちゃんに負けてんじゃねえのか」
「いや、団長……こいつら半端じゃないというか。ちょっと見ただけで競おうって気にもなりませんでしたよ」
「なんだお前、いっつも若いのじゃあ自分が1番だって息巻いてんじゃんねえか。ほれ、いつもみたく負けるわけねえだろって言っとけよ」
笑いながらクライオンを煽るダンビス。クライオンは性格もあるだろうが、団長のダンビスに対して遠慮のない物の言い方をしている。副団長のウィクラス相手のほうが気を遣って丁寧に話していたのを考えると、鋼の扉の団長と副団長は正反対の人柄なんだなと2人は分かった。
緊急依頼というのは、そんな毎日発生するものでもない。緊急性のない依頼ならあるが、それは他の狩竜人が引き受けるので待機組は特にすることもない。4人はあれやこれや話しながら昼前を迎える。腹が減ったというダンビスのために、エルとクライオンで買い物にでも行こうかと話していると、協会の扉が荒々しく開かれた。
「リグトン10頭以上が商団襲撃、すぐ西のモライスの村付近。おそらくすでに人食いになってます!」
ダンビス以上の大声で叫ばれた緊急事態に、協会内に緊張が走る。




