第1話「世界樹との出会い」
地球。
私はマナ。どこにでもいる、ごく普通の少女だ。
その日も、いつもと変わらない日常を過ごしていた。
けれど、そんな日常は突然終わりを告げた。
「……え?」
目の前に迫る光景。
逃げる間もなく、私の意識は暗闇へと沈んでいった。
――そして。
『……聞こえますか?』
誰かの声が聞こえた。
『聞こえているのなら、どうか返事をしてください』
「……誰?」
私はゆっくりと目を開けた。
目の前に広がっていたのは、見たこともない光景だった。
いや、そもそも、これを景色と呼んでいいのだろうか。
果てしなく広がる空間。その中心には、天を貫くほど巨大な樹木がそびえ立っていた。
あまりの大きさに、私は思わず息をのんだ。
『私は世界樹』
再び、声が頭の中に響いた。
「世界樹……?」
『あなたに、お願いしたいことがあるのです』
世界樹と名乗る存在は、静かに語り始めた。
『この世界には、魔物――一般的には魔族と呼ばれる者たちがいます』
「魔族……?」
聞き慣れない言葉に、私は首をかしげた。
『彼らは人間たちによって虐げられ、数を減らしてきました。特に、帝国の勇者たちは多くの魔族を殺し、捕らえてきたのです』
「勇者が……魔族を?」
勇者といえば、魔王を倒して人々を救う存在。そんなイメージがあった。
けれど、この世界では違うのだろうか。
『私は、彼らを救ってほしいのです』
「救うって……私が?」
『はい。あなたに、魔族たちを帝国の脅威から救ってほしいのです』
突然の頼みに、私は言葉を失った。
私はただの人間だ。特別な力があるわけでもない。
そんな私に、どうして世界樹はこんな大役を任せようとしているのだろう。
「……私に、そんなことができるの?」
『できます』
世界樹は、迷いなく答えた。
その返事に、私はますます困惑した。
「それに、どうして魔族を救いたいの?」
『大昔の話です。かつて、魔族と人族は共に暮らしていました。しかし、ある日、傲慢な権力者たちが魔族を支配し始めたのです』
世界樹の声は、静かに空間へと響いていく。
『私は魔族と人族の共存を望み、この世界を作りました。どうか、魔族たちを救ってください』
その声には、切実な願いが込められていた。
私はすぐには返事ができなかった。
魔族がどんな存在なのかも、人族との間に何があったのかも、まだよくわからない。
それでも、世界樹が魔族たちを救いたいと願っていることだけは伝わってきた。
『そして、あなたには、そのための力を託します』
「力……?」
『この世界で生きていくための知識も、あなたに授けましょう。そして、あなたが魔法を使うための杖と、尽きることのない魔力も』
その言葉とともに、私の目の前に一本の杖が現れた。
二つの幹が交差するような形をした、不思議な杖だった。
「これが……?」
『はい。私の一部を使った杖です。あなたの助けとなるでしょう』
私は、目の前に浮かぶ杖をじっと見つめた。
世界樹の一部から作られた杖。
尽きることのない魔力。
そして、魔族を救うという使命。
次々と告げられる話に、まだ頭が追いついていなかった。
自分がこれからどうなるのか。どんな世界へ行くのか。
わからないことばかりだ。
けれど――。
『どうか、魔族たちを救ってください』
その言葉を聞いて、私はしばらく考え込んだ。
私に、本当にそんなことができるのだろうか。
正直、不安はある。
それでも、何もせずに断るのは違う気がした。
私にできることがあるのなら、やってみたい。
そう思った私は、ゆっくりと口を開いた。
「……わかった」
『本当に、よろしいのですか?』
「うん。私にできることがあるなら、やってみたい」
世界樹は、静かに光を放った。
『ありがとうございます、マナ』
その光が、少しずつ私の身体を包み込んでいく。
『あなたの行く先に、世界樹の加護があらんことを』
「えっ? ちょ、ちょっと待っ――!」
身体が浮き上がるような感覚に襲われる。
光はますます強くなり、私の視界を白く染めていった。
そして――。
「……ん、んん……ここは……?」
目を開けると、そこは森の中だった。
周囲を見回しても、先ほどの巨大な樹木は見当たらない。
木々の間から差し込む光。頬を撫でる風。足元に広がる草。
どうやら、本当に別の世界へ来てしまったらしい。
「転生した……ってことなのかな?」
自分の身体を確認してみる。
ちゃんと動くし、特におかしなところもない。
けれど、これからどうすればいいのだろう。
(急に言われても、困るんだけど……)
思わず、ため息が漏れた。
魔族を救うと約束したのは自分だ。今さら、なかったことにはできない。
「とにかく、先に進まなきゃ」
私は気を取り直し、森の中を歩き始めた。
異世界の森と聞いて、もっと変わった景色を想像していたけれど、見た目は案外普通の森だった。
「魔族を救ってほしい、か……」
歩きながら、世界樹との会話を思い返す。
「やるとは言ったけど、できるかな……。でも、やるしかないかな」
不安がないわけではない。
それでも、せっかく託された役目なのだから、できる限り頑張ろう。
そう考えながら歩いていると、やがて湖にたどり着いた。
「あ、あれで自分の姿を見られないかな?」
私は湖のほとりに近づき、水面をのぞき込んだ。
そこには、見慣れた自分の姿が映っていた。
(うん、普通の格好だ。少し異世界らしい装飾もある。見た目は……子供? まあ、いいか。あんまり変わらないし)
自分の姿を確認できたところで、私は満足して顔を上げた。
「まあ、誰かを救いつつ、異世界を探索しますか!」
まずは、この世界について知ることから始めよう。
魔族のことも、帝国のことも、まだ何も知らないのだから。
そう決意した、そのときだった。
ドォォォォン!!
「なに!?」
突然、轟音が森に響き渡った。
私は驚いて肩を跳ねさせ、音のした方角を振り向く。
木々の向こうに、煙が上がっているのが見えた。
(何かあったのかな? 行ってみよう!)
何が起きているのかはわからない。
それでも、気になった私は、音のした方角へ向かって走り出した。
このときの私は、まだ知らなかった。
この先で出会う存在が、私の運命を大きく変えることになるなんて。
これが、魔王になる少女の物語の始まりである。




