雪降る街の魔女
北の大地の、雪降る街。
大金持ちの魔女が、住んでいた。
その魔女は、なにか悪さをするわけでない。
ただ贅沢な暮らしをするだけの、魔女だった。
「ありがとうございます。これはお駄賃です」
魔女は手のひらを広げて言う。
彼女の手には、銀貨が5枚。駄賃にしてはやや大きすぎる金額。
しかし子供が無邪気に笑顔を見せ、魔女からお金を受け取った。
次いで、その小さな手にあった荷物を魔女に手渡す。
「ありがとうございます、魔女さま」
子供が言うと、魔女は首を傾げた。
魔女は目深く被っていたフードを外す。
フードから現れたのは、美しい少女の笑顔だった。
年齢は15歳ほどか。
艶やかな黒髪が、降る雪の白さの中で映えている。
その煌めくような美しさ。魔女と呼ぶには抵抗感を覚えるほどだ。
「そんなに魔女っぽいですか?」
魔女はもう一度首を傾げる。
すると子供が、首を大きく横に振った。
「……い、いいえ。いいえ!」
「良かったです。宜しければ、またお遣いを頼んでもいいですか?」
「は、はい!」
子供が驚いた顔のまま、大きく頷く。
握りしめたお金をもう一度確かめ、魔女に向かって深く礼をした。
魔女は子供の頭をポンと撫で、送りだす。
嬉しそうに跳ねながら駆け去っていく子供の背に、魔女は小さく手を振った。
「おい、何を買ったんだ」
不意の魔女の後ろから声がひびいた。
魔女が振り向くと、背の高い男が不機嫌そうに立っていた。
「果物です」
「なんでわざわざ。十分買ってあったろ」
「もう食べきりました」
「ああん?」
「食べきりました。美味しかったです。なので、これは追加です」
「……お前。この辺りじゃ果物は高級品なんだぞ。分かってんのか」
「分かってますよ。ちゃんとお金も払いました」
魔女が頬を膨らませ、子供から受け取っていた荷物を抱きしめる。
その荷は小さな籠で、籠の中には甘い香りを漂わせる果物が詰められていた。
どれもこれも美味しそうだ。
魔女は思わず唾を飲み込む。
しかし背の高い男はさらに不機嫌になった。
背の低い魔女のためにしゃがみ込み、その美しい顔を覗き込む。
「そうじゃねえ。無駄金使うんじゃねえってんだ、この馬鹿ライラ」
「あ、あ!? また馬鹿って言った! 馬鹿って言いましたね! ブラムの馬鹿!」
ライラと呼ばれた魔女は、小さな拳を振り上げる。
そうして、ブラムと呼んだ大男を何度も殴りつけた。
しかし、その細腕から繰り出される拳は軽い。
ブラムが、ライラの拳を掴む。
次いで、ライラの身体を引き寄せ、大きな腕で宥めた。
「分かった分かった。とりあえず昼飯にしようぜ」
「……美味しいのにして」
「俺が作んのか??」
「いいから、早くしてください」
ライラは追い払うような仕草をする。
ブラムが肩をすくめ、ため息を吐いた。
しかし抗うことなく踵を返し、邸宅の奥へ声をかける。
奥には数人の使用人がいて、ブラムに従い厨房へと入っていった。
「……魔女、かあ」
ブラムの背を見送り、ライラはため息を吐く。
ライラが魔女と呼ばれるようになったのは、つい100年ほど前。
ファロウという街の大貴族の恨みを買い、魔女と噂されるようになった。
とはいえそれは、根も葉もない噂ではない。
ライラはすでに、450年ほど生きているからだ。
はるか昔。
ライラは別の世界で命を落とし、この世界で生を受けた。
その時、ライラは特別な力をふたつ与えられた。
ひとつ目の力は、「不老」だった。
「不老」の力は、良いこともあるが、悪いこともある。
今こうして、魔女だのと呼ばれるようになったのは、不老の力が原因だ。
しかし長生きしているだけで、巷で噂になっているように悪逆無道なことはしていない。
人の血を啜ったりとか、もっての外だ。
なのに悪い噂は全地に広まり、ライラが心安らかに生きていける場所は無くなった。
この極寒の北の大地で暮らせるようになったのは、奇跡だった。
北の大地にも、魔女の噂は広まっている。
しかし悪逆無道などという噂まではさほど伝わっていなかった。
おかげで、和やかではなくとも、ある「時」が来るまではそこそこ普通に暮らしていられる。
「せめて魔女っぽく、魔法が使えたらいいのに」
ライラは自らの手のひらを覗く。
その手から、魔法らしい、火や氷といった魔法が生み出されることはない。
しかしライラには、不老以外の特別な、ふたつ目の力があった。
それは、「お金に困らない力」だ。
欲しいものを前にすると、それを手に入れられるだけの貨幣が手のひらから出てくる。
出てくる貨幣の量に上限はない。
どんなときでも、お金で買えるものであればなんでも買うことができた。
「また、自分の無能っぷりを悲観しているのかい?」
不意に、足元から声が鳴った。
見下ろすと、ウサギに似た生き物がライラを見上げていた。
ライラは怪訝な表情を浮かべ、ウサギを睨む。
にかりと笑ったウサギが、トンと跳ねて、ライラの肩の上に乗った。
「でも良いじゃない。ボクは楽しいよ?」
「ペノは、私がジタバタしてるのが楽しいんでしょう?」
「そう!」
ペノと呼んだウサギが、愉快そうに笑う。
ペノはウサギの姿ではあるが、実のところ神様であった。
この450年、何故だかずっとライラの傍にいる。
「でも、もうそろそろ、飽きてきたでしょう? ペノも本業の神さま業に勤しんでくれていいですよ」
「こんな愉快な道化、飽きるわけないでしょ?」
「……引っ叩きますよ?」
「やれるものならやってみ、って、ギャキャ、ワアア!!」
嘲笑うペノの長い耳を、ライラは無造作に掴む。
そうして肩から引きずり下ろし、グルンと回して、邸宅の中へ放り投げた。
ペノの悲鳴が、邸宅内でこだまする。
こうしたことが、魔女と呼ばれるようになったライラの日常だった。




