双子の関係性とラピスの見立て
ラピスの提案により王都へ向かうことになった一行は、夜明けを待たず廃村をあとにした。
飛竜のミロちゃんに乗って、である。
信じられないという表情で、「自分が竜に騎乗なんてできるわけがない」と言い張っていたアードラーだが、クロヴィスから要請されたミロちゃんが、ラピスを乗せたときと同じ要領で、アードラーを咥えて背中に放り投げた。
「嘘だろう」
野太い声を上げながら飛竜の上におさまったアードラーは、最初のうちこそ呆然とし、おそるおそる鱗の感触を確かめたり、火傷したように手を引っこめたりしていたが。
徐々にいきいきと瞳が輝き出したので、怒ってはいないようだとラピスは判断した。
一方クロヴィスはといえば、ラピスを抱っこしたまま尾の先から弾むように竜の背中まで駆け上がり、珍しくはしゃいでいた。
「すっごいデカさ! つか、広さだな! 弾力のある岩の上を歩いてるみたいだ。おお……翼の付け根はこんなふうになってるのか」
「わあ、ほんとですねっ! 瘤みたく盛り上がってます。さすがお師匠様、目のつけどころが違いますぅ!」
大きな手が、ラピスの頭をくしゃくしゃ撫でた。
「……まさか竜に乗れる日が来ようとは思わなかったよ……ラピんこのおかげだ。ありがとな」
「いえいえ! ミロちゃんのおかげさまですよぅ」
師がとても嬉しそうなので、ラピスはもっと嬉しい。
月光に負けぬほど綺麗な笑顔に見惚れていたら、大祭司長も、じいっと師を見つめていることに気がついた。
ラピスの視線を感じたか、青灰色の瞳と目が合う。すかさずにっこり笑顔を向けた。
「大祭司長様もやっぱり、お師匠様に見惚れちゃいますか?」
途端、アードラーもクロヴィスも、石像のように固まった。
ラピスは「ありっ?」と小首をかしげた。
「……いきなり何を言い出すのかね」
ようやく、アードラーが声を絞り出す。
「えっと……違うのですか?」
そんなふうに見えたのだけれど。
クロヴィスに双子の弟がいて、しかもそれがこのアードラー大祭司長だということを、先ほど知らされた。だからこそ、こんな兄がいたら自慢に思わないはずがないとラピスは思う。
それにしても、兄弟だと知ったときは本当に驚いた。
クロヴィスからは「家族はいない」と聞いていた。詳しく話そうとしないのは、きっと思い出すと悲しくなるからだと思い、それ以上尋ねることもしなかった。
思えば大祭司長と初めて会ったとき、誰かと似ていると思った。
師と似ている気もしたが、双子とはいえ顔は似ておらず、見た目の共通点はすらりとした長身くらいで、醸し出す雰囲気も異質なものだから、あのときはピンとこなかった。
「完全に縁を切っているから、赤の他人だ」
と師は付け加えていたが。
大祭司長のほうは、ただ黙って兄を見ている。
ゴルト街の騎士団詰所では仲違いしているような発言をしていたアードラーだが、今こうして見ていても、冷たい感情は伝わってこない。絶縁するほど憎み合っているとも思えない。
辛辣な人、嫌悪してくる人、鬱陶しく思っている人。
ラピスもクロヴィスに引き取られるまでは、そういった感情をぶつけられることが度々あった。だからそういう相手の目や表情、空気感などはわかってしまう。
だがアードラーからは、それを感じない。
今の彼は……どちらかと言えば、カーレウムの家にいた頃のラピスみたいだ。
嫌われているとわかっている、でもどうしようもない。そんな印象。
(どうしてかなぁ……)
「縁を切った」なんてクロヴィスは言ったが、ちょっぴりキツいことを言うのはいつものことなので、ラピスには本心とも思えない。
「あのう、大祭ひ長様?」
「……コンラートでいい」
舌が回らず言い間違えたら、思わぬことを言われた。
「え。コンラート様? コンラート・アードラー様というお名前なのですか?」
「聖道に入る前の名がコンラートだ。兄上と兄弟だった頃の名だ」
クロヴィスを見たが、そっぽを向いている。
聖職者が修道に入る際、過去の名前を捨てることも多いということは、ラピスも知っている。ならば名前を呼ばせるとしても、捨てた名前でなく今の名前を指定しそうなものだが……
それでも、名前で呼ばせてくれるのは素直に嬉しく思った。一気に近しくなったような気がするから。
「ではでは、コンラート様と呼ばせていただきますねっ」
「ああ」
「でも、どうして『兄弟だった』なのですか? 今だって兄弟なのに」
師とコンラートの視線が交わった。
と同時に、重い音をたててミロちゃんの翼がしなる。
羽ばたきが粉塵を撒き上げ、巨躯が不思議なほど滑らかに空へと舞い上がった。
クロヴィスはあわてたようにラピスを抱き込み、首の辺りに腰をおろす。が、ミロちゃんの結界の中なので安全であるとわかっているラピスは――しっかり師の腕の中という特等席におさまりつつ――遠くの空を指さした。
「わーい、しゅっぱーつ!」
「こ、これからまっすぐ王都に行くのか!?」
焦ったように訊いてきたのは、うしろに座ったコンラートだ。緊張した様子で視線を走らせ、両手で角に掴まっている。いきなり竜に乗せられて空を飛び始めたのだから、大祭司長だろうが恐ろしさを感じても無理はない。
「角に寄りかかると、安定してラクですよっ」
教えてあげると素直に従う様は、まことに失礼ながら、幼い子のようだ。
(なんだか、印象がくるくる変わる方だなぁ)
初対面のときは、厳しいけれど質問と動物が好きな印象。
今は、どこか心許なさそうな感じ。
そういえばヘンリックは、「痩せてるし爺様だし、いち早く凍死しそう」なんて評していたが……しゃんと背筋が伸びているし、動作もきびきびしてお年寄り特有の難儀さや痛々しさを感じないし、雪山だって元気に登ってしまいそうに見える。
「ラピんこ?」
じいっとコンラートを見つめていたからだろう。クロヴィスから気遣わしげに名を呼ばれ、はっと我に返った。
「すみません、お師匠様。ぼーっとしちゃいました」
「眠いんじゃないのか? 疲れてるんだろう。どこかで食事と休息をとってから移動したほうがいい」
「はい! でも、先に寄っておいたほうがいいところがあるのです」
「うん?」
相槌を打ちながら、クロヴィスは腰に引っ掛けていた鞄を探って焼き菓子を取り出し、ラピスの口に突っ込んできた。
「もご。……おひひょうひゃま、……いつも、なんでも……持ってまふねっ!」
飲み込みながら感心すると、コンラートが淡々と「で?」と促してきた。「どこに寄るのだ。留置所か?」
「ほへっ? なぜですか?」
「私をぶち込みたいのだろう」
「ぶちこ?」
「そのため王都に連行するつもりなのだろう?」
警戒するでも威嚇するでもなく、あくまで淡々とそんなことを言われて、ラピスは困ってしまった。
「あのあの、違いますよぅ。僕、留置所ってどこにあるのか知りませんし……」
「ラピんこ。そいつは小便垂れだから、最寄りの留置所の手洗いに寄りたいんだとよ」
「ああっ、そうでしたか! それは大変! まだ我慢できますか? なんならミロちゃんに、よさげな野原とか見つけてもらって緊急着陸を……」
「手洗いの必要はない。今は」
心持ち憮然としたコンラートが、「兄上は、おかしなことを言うようになりましたね」と呟くと、クロヴィスは「お前が余計なことを言うからだ」と睨みつけた。
「黙ってラピんこの話を聞いてりゃいいんだ」
「聞いていたのに、兄上がもぐもぐさせたから中断したのでしょう」
「アホか。てめえの興味よりラピんこの食事が優先だ!」
何やらとても打ち解けた会話が始まり微笑ましかったが、どうやらコンラートは急を要さないようなので、ラピスは話を続けることにした。
「実は僕、ミロちゃんから指摘されるまで、うっかりすっかり忘れていたのですけど……」
「うん」
弟との会話を切り上げたクロヴィスが、こちらを見る。
「ディードやジークさんたち、きっとものすごく心配していますよね」
「あ」
師もすっかり忘れていたようだった。




