いろいろ増えました
人々が寝静まった、深夜のゴルト街。
雪の街の静けさは、夜警の騎士たちや、眠れずに星を眺めていた者たちが上げた大声で破られた。
それというのも、二体の飛竜が続けざまに上空に現れ、しかも騎士団詰所の馬の運動場に降り立ったからである。
「また竜かーっ!」
「今度はなんだ、また古竜か、それとも呪いの竜王か!」
次々と家の明かりが灯り、寝間着に上着を羽織って飛び出してきた人々が、興奮と恐怖で騒ぎ出す。
なにせ集歌の巡礼が始まり魔法使いたちがやってきて以降、古竜の出現に大喜びしたり、禍々しい竜王(と噂されるもの)に雷を落とされたりと、僥倖と災いが次々訪れる大騒動だったのだ。
「大きさが全然違うから、古竜ではないと思うが……なんでこんな立て続けに」
竜を見ようと詰所に押しかけた人々は、騎士たちから「重要な会談の最中だから」と門前払いされ、ブーブー言いながらも危険はないと知って、少なからず安堵した。
ほっとすると、よもやま話にも花が咲く。
「そういや、火事のとき助けてくれたマジ天使な男の子、どうしてるだろう」
「あー。ありゃあ、どうなってんだっつーくらい可愛かったな」
「古竜の歌を解いて、ロックス町を疫病から救ったんだろ? あの子に助けられた魔法使いたちが話してたぞ」
その『マジ天使な男の子』と直接話したことのある顔役の老人は、「おれにはわかる。あのお子は、ただ者じゃない」と、わけ知り顔で腕を組んだ。
「彼は本物の天の御使いだ。きっと今頃は遠い空の下、古竜の歌を集めているに違いない。おれが生きているうちに会えることは、もうあるまいよ……」
が、マジ天使な男の子ことラピスは、たった今彼らを仰天させた竜に乗り、遠い空の下でなく同じゴルト街にいた。
☆ ☆ ☆
「ラピスーッ! 本当に本当に心配したんだよっ!?」
「ご、ごめんね。本当に本当にごめんねっ」
再会した途端、涙目のディードに抱きつかれたラピスは、彼らをすっかり忘れていたことを心から申しわけなく思った。
そしてヘンリックは――と言うより、居合わせた騎士団員たちは皆、普段は馬を走らせている運動場に、二体の飛竜がどっかりと腰をおろしているという現実に、呆然と向き合っているところだ。
雪が月と星の明かりを反射するから、深夜でも廃村よりずっと明るい。
ゆえに一面の雪景色の中、ときおり伸びをするように翼を動かす二頭の飛竜も、くっきりと浮かび上がるようによく見えて、「グオウ」とときおり深く息を吐き出す声にも、皆いちいち跳び上がって驚いている。
「ラピス……飛竜にさらわれたと思ったら、もう一頭連れて戻ってくるって、どういうこと?」
ぽかんとひらいたままの口から、ヘンリックが疑問をこぼした。
「それにグレゴワール様とアードラーを連れてきたことにも驚いたよ……」
複雑な表情になって躰を離したディードの言葉に、ヘンリックも「なんでも増やせばいいってもんじゃないぞ?」とうなずく。
二人や騎士たちの反応が、いつもよりぼんやりしているように感じるのは、たぶん気のせいではあるまい。彼らはこれほどの至近距離で二頭もの竜に接したことがないから、古竜のときほどではなくとも竜酔いしているのだ。
ちなみにもう一頭の竜を呼んだのは、ミロちゃんだ。
ミロちゃんよりも深い蒼色の体躯に、月明かりに照らされた鱗を星空みたいに銀色に煌めかせているその竜は、幼竜だったミロちゃんを“保護”しにきてくれた、あの竜である。
それに気づいた師弟はさらに喜びを爆発させ(コンラートはひたすら目を白黒させていたが)、その勢いのままゴルト街へやってきた。
もともと、ロックス町を出たあとはゴルト街に戻り、王都への帰り支度を整えるという予定だったから、ジークらがラピスを探して追ってくるにせよ、一旦ゴルト街へ寄るはずだとラピスは考えたのだが、その読みは正しかった。
ただし、彼らや街の人々の驚愕の度合いを、軽く見積もり過ぎていたけれど。
そのことに気づかぬまま、ラピスはにこにこと答えた。
「ほら、火災や水不足が心配だから、急いで王都に帰らなきゃいけないでしょ? だったら、みんなで竜に乗ってけば早いよって、ミロちゃんが言ってくれて」
「「へっ?」」
仲良く声をそろえて目を丸くした乳兄弟に、(やっぱり兄弟がいるって良いものだよねぇ)と、ラピスはますますにっこりする。
「あ、そうだ! 増えたといえば、僕の竜の書も二冊になりました~!」
「「…………えええぇーっ!?」」
混乱した様子で、何がどうなっているのかと詰め寄ってくるディードとヘンリックに、あれやこれやと説明しつつ、ラピスは少し離れたところにいるクロヴィスたちに目を向けた。
師はコンラートと、竜酔いをものともしないジークと、そしてクロヴィスに尻を蹴られて竜酔いを醒ましたギュンターと四人で、先ほどから暗い顔で話し込んでいる。
(ジークさんとギュンターさん、まだ怒ってるのかな……)
二人はラピスとクロヴィスを安堵と歓喜をもって迎えたものの、コンラートを見るなり、剣を抜きかけた。
クロヴィスが「子供らの前で何をするつもりだ!」と怒鳴りつけたので、我に返った様子で詫びを口にし、ことなきを得たのだが……
二人が怒るのも当然だろう。
コンラートは王都に災害をもたらした張本人であり、今なお自分たちの家族を危地に追い込んでいるのだから。
「今すぐ王都にかけた呪法を解呪しろ」と二人は迫ったが、「それはできない」とコンラートは答えた。
「相手は竜王だ。千年の昔から呪術師たちが脈々と溜め込んできた生者と死者の怨念に、長年の呪法研究を結集させて、ようやく私の代に竜王を穢れに病ませるに至った。つまり私ひとりでどうこうできる相手ではない。もしもどうこうできたとしても、呪術師にできるのは呪うことだけ。呪詛対象が小者なら呪殺の上書きをして片付けることもできるが、竜王は呪殺できるレベルじゃない。千年単位で病ませるのがやっとだ」
無表情に、淡々と。
それがまた王太子たちの殺気を誘い、ラピスは怖くて髪が逆立ちそうな思いだった。
が、その直後にディードらが駆け寄ってきてくれたのを機に、師はコンラートとジークらをラピスから離して、四人だけで話し合いを始めたのだった。
竜王への呪詛については、ゴルト街へ来るまでにクロヴィスがあれこれ訊き出していたから、ラピスもジークたちが今聞いているであろう事情は承知している。
コンラートも「今さら隠す必要はない」と素直に答えていた。
彼は大祭司長という地位を最大限に活用し、過去の呪術師たちが成しえなかった竜王への呪詛を成功させた。
大図書館の呪法について書かれた禁書を読むこともできたし、竜を呪うため最も有効とされる『人間の怨念』にまみれた呪具を、各地に集めに行くこともできた。
具体的に言うと――過去の呪術師たちは、凄惨な戦場跡や殺戮現場などに呪具を隠すということを繰り返してきた。そうした場では強烈な怨念が宿りやすいからだ。
呪具は増幅器となり、怨念が怨念を呼ぶ。陰惨な念が寄り集まって巨大な怨念の塊となっても、なお強い負の念を引き込み育て続ける。
強烈過ぎて並みの呪術師では扱えなくなり放置されたそれらの呪具を、コンラートは「祈りと鎮魂のため」と称して各地を巡りながら、何十年もかけて収集し利用した――ということらしい。
さらには大神殿にやってくる信者たちからまで、祈りの裏に隠された不満や怒り、恨みや妬みなどの負の感情を、呪具に吸収させていたというから驚く。
「強力な怨念が宿った各地の呪具を安全に回収する際に役立ってくれたのが、兄上が見つけてきた古竜の骨ですよ。あれの底知れぬ残存魔力が、呪具の怨念を完璧に吸収してくれたのです」
コンラートがそう言ったとき、ラピスは師が怒り出すかと思った。
けれど何も言わず――いや、何か言いかけたけれど口を閉ざし、腕の中のラピスをぎゅっと抱きしめてきた。
そのとき、ラピスにはわかった。
おそらくクロヴィスは、確かめたかったのだ。
ラピスの母を呪詛したのも、コンラートなのかと。
ラピスの前でその話をするのは酷だと思ったのだろう。けれどラピスにとっては、別の意味で悲しい。
もしも母を害した呪詛に、クロヴィスが持ち込んだ古竜の骨が使われていたのだとしたら……。
きっと師が今最も気に病んでいるのは、そのことだ。
(お師匠様が責任を感じる必要はないのです、絶対!)
そう言いたかったのに、タイミングがつかめず。
そしてコンラートを責める気にもなれなかった。
いや、さすがに言いたいことは山ほどあるのだけれど。
(でも。怒るのはあと回しでいいことなんだ)
今すべきことは、ほかにたくさんあるから。
亡き母も、きっとそう言う。
『救いを。救いを、待っている』
前回、この場所から見た雪白の古竜は、悲しそうにそう歌っていた。
「……すべきことがいっぱいあっても、ひとつずつ片付ければちゃんと終わります」
「へ? 何、いきなり」
唐突なラピスの呟きに、ヘンリックが眉根を寄せる。
ディードも丸くなった目で、「それ、前にも言ってたね。『お師匠様の教え』って」と瞬きした。
「うん。何もかもいっぺんには解決できないから、今すべきことを、ひとつずつね」
「それがつまり、王都へ行くっていうこと?」
ラピスは「うん!」と大きくうなずいた。
「そして竜王様を助けるってことだよ!」
ディードと顔を見合わせたヘンリックが、「よくわからないけど」と困ったように言った。
「それ、『ひとつずつ』か?」




