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ドラゴン☆マドリガーレ  作者: 月齢
第4唱 ラピスにメロメロ
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村長でひゅ

「どうしたの? ラピス」

「あのね、シグナス森林で古竜から鱗の欠片をもらったのをおぼえてる? あのときお師匠様が、鱗の効能と、すぐに使える活用方法を教えてくれて」

「え。古竜? 鱗? なんの話だ?」

「うるさいヘンリック。あとで教えてやるから黙ってろ。それで? ラピス」


 寄ってきた途端に追い払われて、傷ついた顔でこちらを見ているヘンリックをラピスは可哀想に思ったが、急を要するので説明を優先した。


「竜の鱗で虫除けを作ることもできるって教わったのを思い出したんだ。もしかしたらバッタにも効くかも。えっと……」


 ラピスは当該部分を読み上げた。


「『すぐに使いたいときは鱗を燃やして、砂礫(されき)状に仕上げます。そのまま蒸すこと数えで十。ほどよく冷ましたら竜鱗香(りゅうりんこう)のできあがりです』」

「料理教室みたいだな」

「お師匠様がそう言ったの。ひとつまみで充分効果があるから、小袋に入れて身に着けるといいんだって」

「助かるよ、すぐ団長に話そう!」


 その後ひとまず、邪魔にならぬよう馬車道から逸れて空き地に移動した。そこにも大量のバッタの死骸が散乱していたが、なるべく踏まないようにして火を熾す。


 急いでいるので、小さな火なら難なく出せるラピスが、集めた枯れ葉に魔法で火を点けると、ヘンリックが目を輝かせて見入ってくれたので、(ご機嫌、治ったかなぁ)とラピスはひそかに嬉しかった。


 そして結果として、『竜鱗香』の効果は絶大だった。

 人はもちろん、馬にも馬車にも小袋をぶら下げたところ、まったく虫が寄りつかなくなったのだ。まるで竜が使う結界のように、虫たちが跳ね返されさえする。


「古竜も『大魔法使いの知恵袋』も、すごいな!」


 今回ばかりは素直に感嘆しているヘンリックの言葉に、ラピスも心から同意した。

 そうして一行は、ようやくトリプト村に入ったのだった。



☆ ☆ ☆



 トリプト村の空は、空中が黒く見えるほどバッタで埋め尽くされていた。

 竜鱗香のおかげでラピスたちに直接的な被害はないが、ブンブンと威嚇するような羽音の大きさも、シャクシャクと盛んに何かを噛む音も、地面を埋め尽くして転がる虫の死骸も、ひどい有様だ。


 ギュンターの話では、今はまだ住民が避難するほどの被害ではないということだったが、それも時間の問題なのではと、ラピスは心が痛んだ。


「先ほどの女生徒は、宿には泊まれないと言っていましたね」

「……行ってみよう」


 ディードとジークが、宿があると思しきほうへ馬首をめぐらせたとき。

 ラピスは馬車の窓外に、こちらに向かって歩いてくる老爺を見た。


「待って、あそこ!」


 言うと同時に扉を開けて、馭者席のギュンターがあわてて降りてくるのを待たず、ぴょんと自分で飛び降りた。


 老人は毛布を引っ被り、バッタが飛び交う中をよろめきながらやってくる。

 そこへラピスが駆け寄ると、


「第三騎士団団長のご一行様でひゅね」


 と息を切らせながら言った。

 どうやら、ひときわ大きな馬に乗るジークの姿に気づいて、あわてて家から出てきたらしい。

 息を整えながらラピスを二度見して目を瞠り、「おおお、なんと可愛いお子だろう」としわくちゃの笑顔になった。


「アヒュクロフト団長は独身で、お子はいないと聞いておったが……輝くようなお子だのう。ご子息同伴? んん? もしやこれは幻、天からのお迎えだろうか」


(歯が抜けて、「す」が「ひゅ」になってるんだな~)


 ラピスはどうでもいいところに気がついた。

 ジークもすぐにやってきて、老人は「おお、やはり団長様!」と彼に向かって這いつくばる。


「わたしはあなた様を存じて上げておりまひゅ。王都に住んでおりまひゅ姪が暴漢に襲われかけた際、あなた様に救っていただいたそうで。心より感謝申し上げまひゅ」

「……当然のこと。礼は不要……」


 ジークは老人を支えて立たせながらそう答えたが、ラピスもだいぶジークの表情が読めるようになってきたので、(あれはたぶん、「おぼえてない」の顔)と思いつつ、老爺のそばで竜鱗香の袋を振った。


「わたしはこの村の村長でひゅ。こたびの集歌の巡礼に、アヒュクロフト団長が直々にお連れした大魔法使い様が参加されたとのこと、たいそう評判になっておりました。この苦難のときに、なんという福音でございましょう!」


「……そうか」


「そうでひゅとも! あなた様がこの村に来てくださることを天と竜とに祈り続けてきたのでひゅ! どうかどうか、この村をお救いください! これまでこの村を訪れた魔法使いたちは、この惨状を見ただけで逃げ帰ったり、できる限りのことはしてくださったものの結果が伴わひゅだったりしました。しかしアヒュクロフト団長ご一行様ならば、このか弱き老人の頼みをお聞きくださると信じておりまひゅ……!」


 涙目ですがりつく村長を見ていたヘンリックが、「か弱いわりによく喋るし押しが強いな」とこぼし、ディードも「魔法使いたちをディスることも忘れてないね」と珍しく同意している。

 その間も黙って老人に抱きつかれていたジークが、口をひらいた。


「……正確には、参加しているのは大魔法使い殿の弟子だ」

「ほ、ほほぅ……なるほどわかりまひゅ。大魔法使い様ももうお年でしょうから、旅に出るのは厳しいでしょう。それでそのお弟子様は、どちらに」


 言いながら、老爺の細い目がギュンターに向かい、ディードに向かったが、騎士の制服であることから違うと判断したのだろう。次にヘンリックに向かったけれどそのまま素通りして、ラピスで視線が止まる。

 途端、またクシャッと相好を崩した。


「天使のようなお坊ちゃん。この爺に、大魔法使い様のお弟子様はどちらにいらっしゃるのか、教えてくれまひゅか?」

「僕ですよ!」

「……んん?」

「僕がお師匠様の弟子です! ラピス・グレゴワールといいまひゅ!」


 小袋を振ったまま、思わず「ひゅ」がうつった自己紹介をすると、老爺は首をひねったまま固まり。やがてハッとして、周囲を見回した。


「ななな、なんてことだ! 周りはバッタだらけなのに、わたし普通に喋ってた! よく見りゃバッタが跳ね返されとるでないの!」

「これ、竜鱗香なの。虫除けなんですよ~」


 にこにこしながら小袋を見せると、老爺は口をぱっかりひらいた。


「……なんてこった……本物の……天使だったんか……!」


 そのとき、家の中から村長に気がついたらしき住民たちが、外套や毛布で虫の雨を防ぎながら飛び出してきた。皆一様に険しい表情をしている。


「よせよ村長、無駄だって! 魔法使いなんかあてにならないって、もうわかっただろう!?」

「そうさ、必死に頼んだのに、あっさり見捨てられちまったじゃないか」

「何が『巡礼』だ、何が『世界を救う』だ。こんな小さな村ひとつ救えないくせに!」


 よほど腹に据えかねていたのか、がたいのいい男たちが喧嘩腰にこちらを睨みつけてきた。が、さらに背の高いジークとギュンターに見下ろされて、ビクッとたじろいでいる。

 そんな彼らを村長があわててなだめた。


「アヒュクロフト様ご一行様に、失礼な態度をとるでない! この方たちは今までの魔法使いとは違うのだ。なんせ、なんせのう、天使を連れてきてくださったのだから……!」


 束の間沈黙が落ちて、バッタの羽音ばかりが響く。

 が、我に返った髭面の男が、「村長……」と顔を歪めた。


「心労でとうとうボケちまったか。おい、早くジジイを家に入れてやれ!」


 おう! と応じる男たちに、村長が怒声を放った。


「ボケとらんし、どさくさ紛れにジジイ呼ばわりひゅるな!」


 そうしてビシッとラピスを指差す。


「お前らには、この神々しき天使が目に入らぬか!」

「だから天使ってなんなん……って、うおっ!? なんでこんなとこに子供が!?」


 虫の大群で視界が悪い上にラピスが小さいので、目に入っていなかったらしい。

 にこにこ顔のラピスと目が合うと、筋肉の塊のような男が「うおぅ」とバッタと共に跳び上がった。隣の丸太のような男も目を丸くしている。


「うわあ、ほんとに天使みたいな子だな……髪の毛ふわっふわ」

「おめめクリックリ」

「どこの子だ? ほれ、バッタに噛まれるから早くうちに来い! ジジイの長話に付き合ってたら切りがないんだから」


 か弱い(と自己申告していた)村長が、いよいよキレた。


「ジジイ言うなっちうのに、この脳筋どもが! いいからジジイの話を聞け! よいか皆の衆。このお子こそ、あの伝説の大魔法使い様の、お弟子さんなのだ!」

「…………はあぁ?」


 そろって眉根を寄せた男たちに、ラピスは元気よく挨拶をした。


「こんにちは! 僕、お師匠様の弟子のラピス・グレゴワールといいます!」

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