ディード vs. ヘンリック
ラピスが二人の来訪者とディードを交互に見ながらきょときょとしていると、ジークが何かを言いかけた。が、先に声を発したのはディードだった。
「どうしてここにヘンリックがいるのか、説明していただけますか? ギュンターさん」
口調は丁寧だが、声は氷雨ほど冷たい。
ヘンリックと呼ばれた少年が顔を赤くして「おい!」と進み出たのを、ギュンターというらしき甘いマスクの騎士が、「まあまあ」と肩を押さえて制した。
「もちろん事情は説明するが、まずは熱いお茶でも飲ませてくれ。おっ! ちょうど湯が沸いてるじゃないか」
「なら、ぼくは先に湯浴みをする。お前はお茶を用意しとけ、ディード」
褐色の肌に金茶の髪が映える少年は、緑色の瞳に挑戦的な光を浮かべてディードを見た。しかしディードも彼の鼻先まで歩み寄って嘲笑を浮かべる。
「お前に使わせる湯なんか、一滴もない」
「なんだと!」
「それはラピスが沸かしてくれた湯だ。彼に最初に使わせるのが筋だろう」
「ラピスぅ?」
胡乱なものを見る目で、ヘンリックがラピスをじろじろ見下ろしてきた。
ようやく口を挟む機会ができたので、ラピスもにっこり笑って見つめ返す。
「こんばんは、はじめまして! 僕はラピス・グレゴワールといいます!」
挨拶すると、ヘンリックはちょっとたじろいだように見えた。が、すぐに「フン」と濡れた外套を脱ぎ、手近な椅子に投げつける。
「こんなチビが大魔法使いの名代? 冗談だろ。本気で信じてるのか、ディード」
「――喧嘩を売りに来たなら買ってやるから、その前にラピスに謝罪しろ」
唸るようなディードの声。
険悪な雰囲気に、(きっとこのヘンリックという人は、疲れてちょっぴり不機嫌になっちゃったんだ)と考えたラピスは、「そうだ!」と名案を思いついた。
にらみ合っていた二人が、同時にこちらを見る。
「二人で一緒に、湯浴みをしてきたら?」
「はあ!?」
「疲れが取れてスッキリしたら、きっと仲直りできるよ~」
「何言ってんのこのチビは! この流れで一緒に湯浴みするわけないだろ!? 馬鹿なの!?」
声を上げているのはヘンリックばかりで、ディードはポカンと口をあけてラピスを見ていたが、「……ラピスって……」と呟くや、急にプッと吹き出した。
ラピスは小首をかしげたが、気づけばジーク以外の騎士たちもクックッと笑っていて、目を細めたギュンターが「なんて平和なんだ」とラピスを見る。
「国宝級の邪気の無さ。見てるだけで疲れが吹き飛んじゃう」
きょとんとしているラピスの肩をポンポン叩いたディードが、再びヘンリックに向き直った。
「馬鹿はお前だヘンリック。勝負に負けたくせに、なぜここにいるんだ? お前にはラピスをどうこう言う資格はない」
「それはっ!」
また口論になりかけたところで、ギュンターが「はいヤメ」とあいだに入った。
ヘンリックはなおも続けようとしていたが、山のごとく動かなかったジークがおもむろに片腕を上げたので、ビクッと口を閉じる。
ジークは隣の部屋を指差した。
「ラピス。隣の部屋の暖炉にも火を入れておいたから、部屋が暖まったら湯浴みをするといい……ほかの者は、そのあとだ……」
団長の鶴の一声。
「はっ!」と一同が敬礼し――ラピスはポヤ~と見ていただけだが――諸々の話し合いは、夕食の席までお預けとなった。
☆ ☆ ☆
「じゃあギュンターさんは、ジークさんと同じ第三騎士団の副団長さんなのですね」
「そっ。改めて自己紹介するね。ユストゥス・ギュンターです。団長の次くらいには強いよ。よろしくな、ラピスくん」
「はい、よろしくお願いします!」
夕餉の席は騎士が五人に見習いひとり、謎のヘンリックひとりにラピんこひとりと、一気に賑やかになった。
突然現れた、飄々とした印象の騎士ギュンターが、実はジークの右腕と(本人曰く)聞かされ、ラピスはちょっと驚いた。
肩まで伸びた波打つ薄茶色の髪を無造作に結わえたギュンターは、騎士の制服を着ていなければ、役者や吟遊詩人で通りそうな華やかさがある。
精悍で、いかにも剣士という風情のジークとは対照的だ。
「副団長まで持ち場を離れて、なぜここにいるのでしょう」
ディードの声は刺々しい。
ギュンターが「段取りはちゃんとつけてきたさ」と苦笑した。
「すぐにヘンリックの護衛に就ける者がいなかったから、急遽手続きのため呼ばれて」
「つまりヘンリックの我が儘のせいで、騎士団の仕事に支障が出ているわけですね?」
「なっ! 誰の我が儘だって!?」
食事の手を止めたヘンリックが熱り立つ。
ディードはそれにはかまわず、話の流れについていけずボーッとみんなを見ていたラピスに顔を向けた。
「つまりね、ラピス。俺とヘンリックは、同じ騎士見習いなんだ。で、ジーク団長直属として行動する権利を賭けて、剣で勝負した。結果、俺が勝ったから、グレゴワール様を探すお供ができたし、ラピスに見つけてもらうこともできたんだよ。――なのになんで今さら、敗者がここにいるのかなぁ?」
ディードが薄笑いを浮かべると、ヘンリックは簡単に挑発に乗った。
「ぼくは今、見習いとしてではなく、聴き手としてここにいるんだ! 副団長が護衛についてくれたのも、だからこそさ!」
「――はあ?」
ディードの目が据わる。今度はヘンリックがフフンと笑った。
「お前と違って、ぼくは竜の歌が解けるからね! 竜の書だって持ってる!」
「あれか? 竜を見つけて大騒ぎしてたら『危ない』と竜から注意されて、なのにそのまま竜に見惚れてたものだから木に激突して、『忠告は聞いたほうがいい』ってまた注意されたやつ。注意された歌だけ記録されてる竜の書」
「と、解いたことには違いないだろう!」
笑いをこらえる騎士たちを横目に、ヘンリックが顔を真っ赤にした。
彼も聴き手なのだと知ったラピスは、俄然わくわくしてきた。
「その竜はどんな竜だったの? 飛竜さん? 地竜さん?」
「えっ。あ、ひ、飛竜に決まってるだろ。地竜なんてそう簡単に……」
「ラピスは地竜にも会ってるし歌も解いてるからな」
ディードが割って入ってきて、ヘンリックが「嘘つけ!」と声を荒らげた。が、ラピスはそこには頓着せず。
「飛竜さんだったんだね! 何色だったの? 獣型? 蛇型? どのくらいの大きさだった? どんなふうに歌ってた? きみが木にぶつかりそうって見えてたのかな、危ないって予知したのかな? ね、すごいよねぇ、竜って!」
「い、色なんてテンパってておぼえてな……って、もう、うるさい!」
「そんな簡単にテンパるような奴が、古竜の歌を解けるのかねぇ」
またもディードにおちょくられて、ヘンリックは勢いよく立ち上がった。
「よし、勝負だ!」
「望むところだ。お前が負けたら、今度こそ潔く諦めろよ」
「ぼ、ぼくは……!」
ラピスはにこにこしながら二人を見上げた。
「仲良しさんだねぇ」
「どこ見てその感想!?」
もはや泣きそうな声を上げたのは、またしてもヘンリックのみで、ディードは爆笑するギュンターたちをにらんでいる。
ラピスは「あれ?」と小首をかしげた。あることに気がついたのだ。
「そうすると、これからはギュンターさんやヘンリックくんも一緒に、八人で巡礼の旅をするということですか?」
それなら嬉しいなと思ったのだが、参加を申請した三人の騎士たちの登録は、受理されなかったという。
彼らが申請する寸前にギュンターの護衛派遣が決まったので、ギュンターの代わりに騎士団の仕事をしなければいけなくなったのだ。
「ラピスくんと行きたかった……」
しょんぼりする騎士たちに、ラピスまで寂しくなった。ディードも「『段取り』ってそういうことですか」と憐れみの目を向けていたが、一転、ヘンリックに厳しい視線を送る。
「で? お前とギュンターさんが、俺たちと同行するってこと?」
「ついでだからな!」
「なんのついでだよ」
冷ややかなディードの隣であったかいスープをいただきながら、(お友達がいるっていいなぁ)とほっこりしていたラピスは、また名案を思いついた。
「今夜は三人一緒の寝台で寝たら楽しそう!」
「いや、ラピスと二人で!」
「ぼくひとりで!」
今度はディードも、ヘンリックと一緒に異を唱えたのだった。




