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64.香奈のクラスの友達とピアノの音

(香奈のクラスの友達とピアノの音)


 二人が香奈の学校に着いたとき、ちょうど授業の間で、先生たちは出払っていた。 

 応対に出てくれたのが、校長先生だった。

「香奈ちゃん、残念でした……、ここに転校して来たときに、病気のことは聞かされていましたから、他の生徒より注意を払っていましたので、私も辛いです……」

「いろいろ、お世話になりました……」

 静子は、ふかぶかと頭を下げ、改めてお礼を言った。

 そして、また涙した。

 校長は、まずい話しをしたと思い、話題を愛実に向けた。

「私、あなたを知っていますよ。天才ピアニストでしょう!」

 愛実はびっくりして……

「いえっ、とんでもないです」と慌てて否定した。

「そんな謙遜を……、私、聴きましたよ。夏のピアノコンサート、それと香奈ちゃんのときに……、いいピアノでした。本当に心に響きました……」

「は―あ、その節はどうもありがとうございました……」

 愛実は、思いつくままの挨拶をした。

「そうだっ! せっかく学校に来てくださったのだから、生徒たちに何か聴かせてもらえませんか?」

 校長は、今思いついたように、少し大きな声を出した。

「いえっ、そんな……」

 愛実は照れながら、何か断る口実を探していた。

「是非お願いしますっ! きっと生徒たちの励みになります。大人でなくても、やれば出来ると言うところを教えてやってくださいっ!」

 しかし、愛実は断る口実を考える一方で、不思議とピアノを弾きたいと思っていた。

 香奈ちゃんに代わって、みんなにピアノを聴かせたいと思っていた。

 そして、今なら弾けると感じていた。

「さっそく香奈ちゃんの教室に行って見ますか……」

 校長は、一人張り切って立ちあがった。


「それに、あなたの今日の欠席は、私から、お宅の校長に話して、出席扱いにするように言っておきますから……」

「いいえ、おきづかいなく……」

 愛実にとって、出欠席など、どうでもよかったが、それでも、なぜかほっとしたような気持ちになった。


 教室は授業の途中だったが、校長先生が教室に入り二人を紹介した。

 香奈の机がぽつりとあいていて、その上には小さな花瓶に花が飾られ、それがよけいに寂しさを感じさせた。

 担任は、由美子先生と言って、三十を過ぎたぐらいのやさしそうな先生だった。

「良く来てくれました……」

「すみません。授業の邪魔をしてしまって……。ただ、一言みなさんにお礼が言いたかったもので……」

 静子は、頭を下げながら前に進んだ。

「ど―ぞっ、……」

 由美子先生は、前を空けて静子を促した。

 静子は、軽く会釈して生徒たちと向き合った。

「みなさん、香奈へのお手紙ありがとうございました。香奈は、みなさんからのお手紙をもらったときには、もう、自分からは何も出来ないくらいになっていました。だから、私が一つ一つ読んで聴かせてあげました。そして、お手紙を書いて下さった方の思い出を、笑顔を浮かべながら小さな声で話してくれました。香奈にとって辛い時だっただけに、みなさんのお手紙にどんなにか励まされたことか知れません。ありがとうございました。良くなったら、みなさん一人一人に必ず返事を書くと言っていましたが、それも出来なくなりました。代わりに、私から改めて、お礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました……」

 静子は、ふかぶかとお辞儀をした。

 クラスの中なら、すすり泣く生徒が、あとを立たなかった。

「すいません。私こそ、もっと早く気がつけば良かったのですが。いたりませんでした……」

 由美子先生は、静子にふかぶかと頭を下げた。

「いいえ、本当に良くしていただきました。お世話になりました……」

 二人の丁重な挨拶が終わると、由美子先生は、愛実に話しを向けた。

「あなたが、アミさんですね?」

「はい……」

 愛実は、驚いたように返事をした。

「お話しは、香奈ちゃんから良く聞かされていました。世界一のピアニスト……」

「いいえ、そんな……」

 愛実は、困ったように返事を返した。

「香奈ちゃんは、いつも放課になると、あの電子オルガンでみんなに歌って聴かせていたんですよ……」

 由美子先生は、黒板のすみに置いてある電子オルガンを指差した。

「クラスの人気者だったんですよ。帰りの会でも、香奈ちゃんの伴奏でみんなで、今週の歌を合唱して終わっていたんです。アミさんのようになるんだ、と口癖でした……、……」


 由美子先生は、今まで堪えていたのか、突然その場でうずくまって泣き出してしまった。

 校長先生が慰めるように、そばによりそい背中を叩いた。

 愛実は、由美子先生もまた、辛いんだと思った。

「お姉ちゃん、ピアノ弾いてよ……」

 武君が、立ちあがって叫んだ。

 愛実は、驚いて振り返った。

 今の武君の声が、香奈のいつもの呼びかけに聞こえていた。

「……、……」

 愛実は、クラスの中から香奈の姿を探すように、生徒の顔を見まわした。

「お姉さん、ピアノ聴かせてください……」

 愛実のそばにいた。小柄な女の子が、ハンカチで目元を押さえながら言った。

「ピアノ、聴かせて……」

 また別の生徒からも、次々に声がかかった。

 クラスの声で、騒がしくなったとき、由美子先生が立ちあがり……

「静かに―っ!」と叫んだ。

 クラスは一瞬にして静寂を取り戻した。

「すいません。勝手なことを言って……。でも、よかったら、クラスの子供たちとゆっくり話してやってください……」

 由美子先生は、涙をぬぐいながら愛実に言った。

 そこに、校長先生が……

「由美子先生、実は午後からの授業を使って、高学年だけでも体育館のピアノでアミさんに演奏してもらおうと思っているのですが……」と由美子先生に提案した。

「それはも―、願ってもないことですけど。アミさんの都合はいいのですか?」

 由美子先生は、愛実の顔を見た。


 愛実は、再び戸惑いながらも、少し間をおいて小さくうなずいた。

「わ―あっ!」

 それを見ていた子供たちが、一斉に喜びの声をあげた。

「静かに……!」

 由美子先生の大声がクラスを再び静めた。

 間もなく、終業のチャイムが鳴って、給食の時間となった。

「お母さん、アミさん、一緒に給食をどうですか。校長先生、いいですよねー!」

「むろん、いいですともー、すぐに用意させましょう」と校長のふくよかな答え。

 そして、二人の返事より先に……

「お姉さん、一緒に食べよ―」と、そばにいた女の子が、愛実の手を取った。

 愛実は、クラスの女の子たちを見ているうちに、香奈の姿とダブって見えてきた。

 香奈は、生きている。

 愛実はそう思うと、またもや、心の奥からピアノを弾きたいと言う気持ちがこみ上げてきた。

 それと一緒に音たちが、メロディーを連ねて、湧き出して来るのが分かった。

「私もっ!、一緒に食べたい?」

 別の女の子が、愛実のもう片方の手を取った。

「はいはい……」

 愛実は、にこやかに返事をした。

「それでは、当番の人……」と由美子先生が言うと、クラスの生徒が一斉に動き出した。

 それと同時に、愛実の回りに女の子たちが次々に集まってきた。

「お姉さん、あのオルガン弾ける?」

「たぶんね……」

 それを聞いていた由美子先生が……

「ダメよっ!あとでね。早く手を洗ってきなさいっ!」と、女の子たちを追いたてた。

 それに答えて愛実が……

「手を洗いに行こう……」と子供たちを誘った。

 愛実は、オルガンでもいいから、すぐにでも弾きたいと思ったが、その気持ちを押さえて、手洗い場に急いだ。

 その間でも、愛実の心の奥から、いつものようにピアノが鳴り響いていた。


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