44.愛実の演奏会
(愛実と演奏会)
正美は麗子の話を笑ったりせずに、少し微笑みながら聞いていた。
「それで、香奈ちゃんを見ていたら思い出しちゃった。アミは、今でもあの頃のまんまなのよ。ほら、ピアノが聞こえてきた!」
まだ民宿には少し遠いけれど、耳を澄ましていると微かに、でもしっかりとしたピアノの音が聴こえてきた。
そのピアノの音をしばらく聴いていた正美は……
「じゃ―、私もピアノ弾きたいって言ったら、教えてくれるかな―?」
正美は、思いっきり期待を込めて麗子に言った。
「もちろんよ、でも今、受験勉強を差し置いてピアノを弾く勇気があればねっ!」
「あ―、それなのよね―」
正美は、がっくりと肩を落として、うなだれながら、二人、顔を見合わせて苦笑い。
「でも正美、ピアノを弾きたいと言う意欲さえあれば、アミはいつでも教えてくれるわよ!」
正美は、大きくうなずいた。
二人がようやく民宿にたどり着いた時、愛実の激しいピアノが鳴り響いていた。
その横で真剣な眼差しで、愛実の手の動きを見つめている香奈が印象的だった。
そして、まだ物足りない余韻を残しながら、演奏は終わった。
「いいわね―、どうして、ここにくると気持ちよくピアノが弾けるのかしら。家で弾くのとは大違いよー!」
愛実が胸をそらして、深呼吸しながら呟いた。
「それはね―、ここの海を見て気持ちが大きくなっているからよ―」と愛実の後ろから、麗子が声をかけた。
「そ―よねー、なんだか私、海になったよな感じで弾けたわ!」
愛実は納得して、ピアノを見つめ直した。
「それでは、もう一曲……」と、愛実が弾こうとしたところで、今まで黙っていた正美が口を開いた。
「え―、まだ弾くのー?」
正美に続いて麗子までも……
「そ―よー、私たち一年ぶりの海なんだから。泳ぎに行きましょうよっ!」
愛実は、二人の攻撃にあって、渋々ピアノのふたを閉めたとき、正美が戸惑いながら話し始めた。
「それに実をいうと、夏休みに入ったころから、ピアノのお嬢さんはいつ来るのかと、何人ものお客さんから問い合わせがあって、もし来るようなことがあるなら、私たちが来るときにスケジュールを合わせたいって言うの。それが一人二人じゃなく、よくわわからないんだけど百人以上、問い合わせが殺到したのよ。だからまた今夜、アミにたくさん弾いてもらわなければならないと思うから……」
「凄いじゃないアミ! あんたが去年、調子に乗って毎晩ピアノをお客さんに聴かせたせいよ。ま―あ、アミの実力からすれば当たり前なんだけどね―」
麗子は少し驚いた様子を見せたが、それをもったいぶるように澄まして見せた。
「え―、そんな……、私、困るー!」
香奈は、愛実の気の進まないようすを見て……
「私、武君とピアノの先生にも言っちゃったっ!」
「香奈ちゃん、言っちゃったて、ピアノの先生まで聴きに来るの?」
愛実は、半分あきれ顔で香奈を恨めしそうに見た。
「いいじゃないの。武君とは、仲良しになったの……?」と麗子は、目を輝かせて訊ねた。
その答えは、香奈の恥ずかしそうな態度でわかった。
「でも武君……、いつもアミお姉ちゃんのことばっかし聞くのよ。今度いつ来るのかとか?どうしてあんなに上手なのかとか……?」
香奈は、話をしている間に、だんだん無機になってきていた。
それに気づいた麗子は……
「香奈ちゃん、押さえて押さえて。でも、それはね、本当は香奈ちゃんのことを、いっぱい訊きたいんだけど、武君は恥ずかしくて訊けないの。だから、その代わりにアミを持ち出しているだけなのよ。きっと武君、香奈ちゃんにお熱よ!」
麗子はテレビドラマの恋愛ものを見ているような感じで話した。
香奈は、顔を赤らめてうつむいてしまった。
「いいわね―えー、男友達がいて……」
麗子はそれを見て、愛実とはまた違った感じで、うらやましそうに香奈を見つめていた。
「そう言えば、正美。バレンタインのチョコ、誰にあげたのよ?」
麗子は思い出したように正美に振った。
「えっ、何のこと……?」
正美は、そらっとぼけて見せた。
「二人とも、そんなことより、私はどうなるのよ?」と愛実は二人の間に割って入った。
「なにいってんのよ! ただで泊めてもらって、ごちそうまでしてもらっているんだから、ピアノぐらい弾いたって安いもんでしょう!」と、麗子はあっさり言い返した。
これには、さすがに愛実も何も答えられず……
「ま―あー、いいか……!」と開き直った。
正美もようやくほっとした顔……
香奈は、また愛実の演奏が聴けるとあって上機嫌……




