爆発へのカウントダウン
『ガレリア諸王国連邦』という名称はなかなか的を得ているな、とローズメイは思うときがある。
すなわち、王を名乗るに相応しいものが乱立している。
この竜骨山脈に接する国は、元々一つの大国であり、それがかつてガレリアと呼ばれていた。
しかし長い年月の間、大国ガレリアの王であった一族は内戦やら陰謀やらですっかりと力を失い、南方の少領の王として存続を許されるのみであった。
別に彼らが傑物であった訳ではない。かつての大国ガレリアで隆盛を誇っていた侯爵によってガレリアはほぼ三つに割れた。
北、中央、南の三つだ。
そんな状況ではあるが、かつての国王一族は現在、小競り合いや戦争の仲介役としての存続を許されている。
北にサンダミオン帝国という強大な敵を抱えて一致団結をせねば、という状況であっても、三名の侯爵は時折仲たがいを起こして戦争をする。その際、かつての王の面子を立てて、という形であるなら、しぶしぶ講和するという形に持っていけるのだ。
ケラー子爵領は、『北寄りの中央』という事になる。
このあたりの貴族たちは、北の貴族たちと婚姻することもあり、彼らを助ける為に出兵した経験もある。
サンダミオン帝国の脅威を肌で感じ取ることのできている人々であった。
「……噂の黄金の女にお会いできて光栄……だ。お初にお目にかかる。私がドミウス=ケラー……だ。子爵位を承っている。
見ての通り足が不自由で、このままで失礼いたす」
「はじめまして、ケラー子爵様。ローズメイと申します」
ローズメイは立ち上がって会釈する。
ドミウス=ケラー子爵は、額に向こう傷を残す老人であった。
老いで髪は白く、片足は過去の戦傷で失ったのだろう。枯れ枝のような手足の老いた人物。家来に車椅子を押させている。
ただしまだ両眼からは炯炯とした眼光を発しており、体の自由は利かずともまだ頭の中身ははっきりとしている事が伺えた。
今や絶世の美女となったローズメイをはじめて見れば、大抵の人間は感嘆と賞賛をためいきと言葉で言い現すものだが、ケラー子爵はそれを見せることはない。
「貴殿の家来衆も今現在は寛いでいるだろう。このたびは……我が孫が大変な粗相をして申し訳ない」
「いえ。彼も立派な成人の男児であり貴族。もう親に尻拭いをする年齢でもなし。正しい法の裁きが下されることと期待しております」
椅子を勧められ、ローズメイは腰を下ろし、鷹揚にうなずいた。
アンダルム男爵領で、神父は殺した孤児たちの墓の前で額づかされ続け、ようやく生母の墓の前で罪を明かされ、後に罰を受ける予定であった。
もっとも、ローズメイ自身も言っているが、地位や権力による裁判結果の捻じ曲げさえなければ『一番軽くて死刑』なのは間違いない。
なお、ローズメイは一応騎士ハリュや、シディアたちに神父の本名を聞かされていたりするのだが、生憎とローズメイからすれば、覚える価値も無く、またいずれ処刑されるであろう人間の名前に記憶力を割く必要を覚えなかったため、教えられてもすぐ忘れるのが常であった。
そんなわけで彼女は余裕の風を装っているが、神父の名前を聞かれたらどう誤魔化そうか、実は内心ドキドキしていたりする。
「……それにしても、頭の痛い問題揃いですな……だ」
ケラー子爵は嘆息した。
アンダルム男爵のことは買っていたし、だからこそ娘の一人を嫁としてあてがいもした。
かつてのサンダミオン帝国の侵攻に対して共に轡を並べて戦ったし、彼の槍働きに窮地を救われたこともある。
だが、そこでアンダルム男爵は……ガレリア諸王国連邦に対して絶望したのだろう。
ケラー子爵とアンダルム男爵の差は一つ。
ケラー子爵は、その当時から連邦を変えるために新しいことを始められるほどの若さは無く。
当時まだ若かったアンダルム男爵は、帝国に蹂躙される未来から、せめて自領のみを守るために行動したのだろう。
「だが……おかげで状況は掴めた。こうなった以上、膿みは出し切らねばなるまい」
「ええ」
ローズメイは頷いた。
ケラー子爵は、アンダルム男爵に対して出兵しても角の立たない大義名分がある。
表向きは、長年長男の殺人事件を隠蔽、隠匿し、そのうえケラー子爵の娘である実母にさえ手をかけた息子を庇い立てした彼の責を問うという形で。
そこまでは予想通りである。
しかし、その次の言葉は珍しくローズメイにとって予想外のことであった。
「そこでローズメイどの。あなたには一軍を率いる将として参戦していただきたい」
「……意外なお申し出だ」
ローズメイは首を捻った。
彼女はアンダルム男爵を殺すつもりである。しかしそれはそれとして神父の不義を正さねばならないと考えていた。
要は、順番だ。
彼女は順番どおり先に神父の不義を正したのち、自分と、自分に付き従う酔狂者共を連れてアンダルム男爵を殺しにいくつもりであった。
そして恐るべき事に……ローズメイは自分と手下たち、アンダルム男爵の兵士達の彼我戦力を計算して、十分正面から殴りこんで勝ち目があると見ていたりする。
「おれは噂どおり漂白の身。思わぬところで忠誠を誓うもの達を得ましたが、一介の武人です。指揮官としての能力を実証した訳ではない」
「……はは。まぁ、確かにそうですが、十分あなたを指揮官に据える価値はあるのですよ。
あなたはアンダルム男爵の不義を訴えて領内を歩き回ったことで顔が売れている。正義の御旗を掲げるには必要。
加えて、アンダルム男爵の兵はそれほど数を残してはいない。せいぜい100を越えぬ程度でしょう。
それにローズメイどのは狼龍を従えるお方。あなたの愛騎が一声叫べば100を越えぬ数など一撃で粉砕できますとも」
「では。動員数はいかほど?」
「即座にとはいきませんが、兵を集めて、500。それを二分し、男爵領を慰撫しながら、ビルギー=アンダルム男爵の身柄を捕らえます」
ふむ、とローズメイは感心したように頷いた。
アンダルム男爵にはもはや100以下の兵しかいない。そこに対して500名の兵士を投入するのは実に正しい。兵を二分割したところで敵戦力の総数を上回っているのだから。
それに、ここまで数に差が開ければ、相手が戦わぬまま白旗を上げる可能性も十分にある。
ローズメイは頷いた。
「承知しました。微力ながら全力を尽くさせていただきます」
「……なんであんなのが在野におるのだ」
ケラー子爵は……ローズメイが去った後、なんとも言えない表情で椅子に深く身を預けた。こうまで緊張したのは戦場での窮地か、あるいは『王』の血統のご尊顔を拝した時以来か。
呟きは心からの本心である。
彼も貴族の身、時折、意識もせぬまま頭を垂れなくなる『威』を持つものと遭遇した事がある。
生まれながら他者が傅くことに慣れたものが発する気配。生来の高貴さと、生きるうちに培った威厳が合わされば、ああいう女が出来るものなのか。
会話をする時だって苦労したのだ。
相手が何者であれ……あのローズメイという絶世の美女は、今やただの平民でしかない。貴族である自分がへりくだるような発言をすれば、威厳が損なわれる。
だがそれでも、会話の後半では気付けば丁寧な言葉を使っていた。心の中ではあの黄金の女が上位者であると認めてしまっているのだ。
「傑物を探すなら、まず名馬に学べ、か」
大陸に伝わる慣用句を思い出し、ケラー子爵は立ち上がった。
そのまま……屋敷の中、錠の設けられた一室に赴く。
左右には鎧兜を身に纏った完全武装の兵士が立ち、ケラー子爵の姿を認めて敬礼する。
「彼の様子は?」
「はい、我儘を仰ることもなく。いつものようにお静かな御様子です。
いつものように……メイドのリーシャ殿に本を読ませていらっしゃいます」
「うむ」
ケラー子爵はそのまま鍵の掛かった室内に入る。
……窓は鉄格子がかけられ、外部へと脱出する事はできず。外側から掛けられた鍵と、質素ながらも整った室内は、そこが貴人用の牢獄であると知らしめていた。
「セルディオ。不自由はないかね」
「……ありがとうございます。ケラー子爵様」
セルディオは目を閉じたまま立ち上がり、丁寧に一礼する。メイドのリーシャも頭を下げ、主人達の会話を遮らぬように移動する。
「よいよい、家族同然の君の事だ。そんなに堅苦しくせずとも。……君の言う、黄金の女に会ってみた」
「目が眩むほどに美しいと聞いています」
「ああ。……彼女が単騎で、平気で何十人も斬り殺す怪物めいた武威の持ち主など容易には信じられぬ。信じられぬが……セルディオ。君がそういう意味のない嘘をつく男でないとも知っているつもりだ」
……先日、夜。セルディオはローズメイに挑み。そしてメイドのリーシャに泣きながら怒られた後で自分の行動をいたく反省した。
父の傍で生活しながらも、結局はその罪と野心に気付くこともなく。止められる位置にいながら何もできなかった。盲目でありながら、戦士としての名声を欲して無意味にローズメイに挑み、殺す価値もないかのごとく一蹴された。
その後で、一つ、最悪の事態に思い至り――そのままケラー子爵の下に身を寄せている。
だが、この後でケラー子爵はアンダルム男爵領へと兵を出す予定だ。そこに敵大将の子息であるセルディオを自由にしておくわけにはいかず……こうして軟禁の状態にしていた。
「それで、セルディオ。……お前が考える最悪の状況とは?」
「……父の目的は、サンダミオン帝国の侵攻後でも自領の独立を維持することと、更なる発展。サンダミオン帝国の目的はガレリア諸王国連邦の中に獅子身中の虫を住まわせること。ですが、今や父はローズメイ殿に散々兵を潰されました。父にはもう男爵領を維持する事しかできないでしょう。
なら。最後に帝国がやることは一つ。
金鉱山の存在を周囲に知らせ、屍術師の存在をほのめかし、アンダルム男爵領を中心に戦争状態を招くことと推測します」
「……最悪の予想にならずにすめば良いがの」
サンダミオン帝国からすれば、屍術師によって男爵領に蠢く死者の軍勢を呼び起こしたところで……戦略的な意味は持たない。
せいぜい今まで策謀に費やした元を取ろう――程度の感覚だろう。
だが、それで滅ぼされる国や大いに迷惑をこうむる隣国の人々からすればたまったものではない。
この時点で彼らにできるのは、未だ世に知られざる無名の英傑にできる限りの戦力を割いてやること程度であった。
さて。ケラー子爵との会話を終え、ローズメイは子爵の屋敷を歩いていた。
思わぬところで思わぬ数の兵員を指揮することになったローズメイは、少しだけ新鮮な気持ちであった。
「250とはなかなか可愛らしいな。ふふ」
思わず顔もほころぶ。
元々ダークサント公爵家の令嬢として育ったローズメイは、当時はお飾りだったとはいえ初陣の時点で数千の兵を率いている。
こんなにも少ない数で戦に出るなどあまりない経験である。
いや、少ない数というのもこれはこれでいい。なんと言っても補給への負担はとても少ない。敵に察知される危険も少ない。
「う、うぉっ……」
そう考えていると、廊下の向こう側から来る男の視線と息を呑む声を感じる。
適当に会釈して受け流そうとしたローズメイは、相手がずかずかと初対面の相手に近づく音に首を傾げ。
「お……お前はどこの娘だ。いや、どこの奴の娘だろうが、どこの妻だろうが構わんっ!
喜べ、このケラー子爵家の次期領主、ファリク様が妾にしてやろう!」
ローズメイは困ったように微笑んだ。
相手の馬鹿さや、愚かさをどうやって諭すべきか、考え中の笑顔であった。
そしてその笑みは、目の前の男が非礼を重ねるにつれてどう殺害するか考えるような獰猛さに繋がる危険の笑顔であった。




