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まず、もう会えまい

お待たせしてすみません。

色々ありましたが、どうにか元のペースを取り戻したいと思います。

よろしくお願いします。

 一声、敵にアドバイスめいた言葉をかけた直後には、ローズメイの動きに躊躇いや手心の類は消えうせていた。

 蹴り飛ばした相手の大まかな位置は把握しており、そこ目掛けて突進する。視界は悪く、足場もよくない。全力疾走すれば、木々の根や地面の凹凸に足を取られて横転しても無理はない悪路だが、疾走する馬上にて必中の射法を心得ているローズメイの平衡感覚は研ぎ澄まされている。僅かなりと姿勢を崩しそうになれば、その筋骨がすぐさま補正し、横転を防いだ。


(……足元が見えているのかっ!)


 セルディオは相手が暗闇の不利などまるで意に解さぬまま、突進してくる疾走音に声を出さぬまま呻いた。

 既に相手と自分の間には絶対に埋められない膂力の差がある事を実感している。

 セルディオの有利な点とは、暗闇の中でも相手の位置や地形を正確に把握できる事。

 そして敵手ローズメイの利点は、その身体能力がセルディオを遙かに凌駕している事と……恐ろしく戦いなれているという事。

 もしセルディオが負けん気を起こしてローズメイの一撃を受け太刀でもしようものなら……その切っ先はカタナごと彼の頭蓋をかち割るだろう。


「ふっ!」


 ローズメイの声が間近に聞こえる。暗闇の中でもこうまで接近すれば、闇の中でも僅かな月光を頼りに未だ衝撃から回復しきらぬセルディオの姿を捕らえられるだろう。

 地面に踏み込み、突きの構えを取っていることを風切り音で把握。セルディオは反射的に彼女の諸手突きを避けるため、横に動く。

 

 どすり、とローズメイの剣の切っ先が、木の肌に突き刺さる音を聞いた。

 その剣勢からして、恐らくは刃が根元まで埋まっている。


(その膂力が仇になったな、勝機ッ!)


 セルディオは深く身をたわめた姿勢から切っ先を繰り出す。

 刃を木に絡め取られた状態では避け得まい。そう思いながら仕掛ける。周囲の木々に突き刺さらぬように繰り出される平突きの一撃。剣は木に刺さり守りには使えない。ならば剣を捨てて避けるならばそれも良し、そのままローズメイを武器から遠ざけるように立ち回る。相手が武器を失ったならそれはセルディオにとって優位に働くだろう。

 

 だが、ローズメイの取った回避はセルディオの予想を超えていた。

 彼女はそのまま木々に埋まった剣の柄を足場に、軽やかに空中へと飛び上がったのである。


(上、飛んだかっ! だがっ!)


 だがこんなもの、ただの悪足掻きでしかない。

 既にローズメイは空中から落下する状態にある。近くに木があるから、木を蹴って落下軌道を変えられるかもしれないが――それだけだ。セルディオの刃から逃れられはしないだろう。そのまま呼気と共に刃を繰り出そうとして……。


「ごっ……ふっ?!」


 セルディオは――突如己の口へと飛び込み、喉奥を強打する球体の存在に目を白黒させた。

 皮膚とは違い、柔らかく繊細な口内粘膜の一番奥。そのまま食道へと通じるそこを打撃する丸い何か。喉に飛び込んできた何かを体外に吐き出そうと激しくえづき、げほげほとむせる。そんな肉体の反射のまま、口から吐き出したものが……このあたりの、木々に成る木の実であることに気付いた時――セルディオは既に致命的な隙を晒した事を悟った。

 

 ローズメイの足が翻り、剣を蹴り飛ばされる。

 続けて頬に、やわらかく暖かい幸せな感触が触れたと思った瞬間――自分の頭蓋に弾力あるもの……恐らくは腕が巻きつくのを感じた。

 最初に感じたのが、黄金の女ローズメイの乳房の感触であり……次に、自分の頭部に巻きついたそれが彼女の強靭な腕である事を悟る。


「ぎ、あああぁぁぁぁぁ?!」


 次の瞬間、セルディオは今までの人生で感じたことのない強烈な圧迫感に悲鳴をあげる。

 頭蓋骨を腕で締め付けられ、ローズメイの恐るべき剛力が、セルディオの頭蓋骨を胡桃のように粉砕しようと圧迫する。

 激しい激痛と、強烈な狭圧感で人生最大の生命の危機に陥りながらセルディオの頭脳は、圧壊のカウントダウンの中で先ほどまでの状況を悟りつつあった。


(……あ、くそっ! 罠に嵌められた、この上なくっ……!)


 空中へと飛び上がってしまえば、姿勢を変えることも避ける事も不可能に近くなる。

 その状況でならば勝てると血気にはやったのだ。

 だがローズメイはそんな自分の心理さえも逆手に取り、剣の柄を土台にして空中に飛び上がり――木の枝に生えていた木の実を指弾しだんの弾丸として弾き飛ばし、自分の口の中へとぶち込んでくれたのだ。

 もしセルディオの眼が見えていたならば、ローズメイが空中で木の実を掴む意図に気付けただろう。


(ち、地の理、天の理を配し、僕にとって優勢な戦場で戦ったつもりだった!!

 だが彼女は僕よりもたくみに環境を利用して、その上を行った! ……く、くそっ……強いが、それ以上に……上手いなっ……)


 ローズメイは言う。


「おれにとって……暗闇の中で命を狙う相手と二人きりの状況を長引かせるのは、精神の消耗が激しく、なるべく避けたい展開だった。

 貴様は闇の中でもおれを把握できるが、おれはそうではない。罠を張り、速攻で決める必要があった。

 もう少し卑屈に、卑怯に、真っ向から戦わぬ選択をするべきだったな、小僧」


 みしみし、とセルディオは顔面蒼白になりながら、自分の頭より発される異音に震えた。

 ヘッドロック。あるいは頭蓋骨固め。腕で相手の頭部を締め付けるだけの単純な技ではあるが――それが超絶の剛力を備えた剛勇ローズメイの手に掛かれば、敵の命を容易く奪う恐怖の殺人万力となる。

 ローズメイの豊かな胸の感触が頬に触れるが、それ以上に締め付けの激痛と頭蓋骨圧壊による死の恐怖が遙かに上回る。

 じたばたと最後の足掻きのように両手を振り回すが、ローズメイの体躯はまるで地面に根を張ったかのように微動だにしない。死を覚悟した瞬間――セルディオは自分の頭蓋の締め付けが解け――地面に激しく叩きつけられる衝撃を浴びた。


「がはぁっ……!!」

「ま、悪くはなかった」


 ローズメイはセルディオを地面にたたきつけた後、木に深く突き刺した自分の剣を折らないように慎重に引き抜くと、苦痛に悶絶し、苦しげに転がりのたうつ相手を見下ろした。

 手心を加えられたことは分かったのだろう、セルディオは命が助かった安堵と、なぜ殺さなかったのだろうか、という疑問を込めて言う。


「……命を狙って。あなたに挑みました。殺されて当然と思いましたが……なぜ?」

「最初に言った。遊んでやると」


 ぐ、とセルディオは無念と屈辱に言葉を呑んだ。

 遊びではない。こちらは命を賭けて本気で挑んだ――と言いたいところであったが、まさしくいいようにあしらわれたとしか言えない戦いの内容を思い起こせば、彼女の『遊んでやる』という言葉は傲慢とは言えない。相手にとっては生死の掛かった戦いではなく、稽古をつけてやっただけの感覚なのだろう。

 

「悔しいか。そう思えるうちはいい。力を研ぐにはその悔しさはバネになる」


 セルディオは拳を握り締め、震える。光が見えずとも自分は強いと思っていたが、この黄金の女が相手だと、光が見えようが見えないが――この世の大抵の戦士は雑魚に区分されるであろう。

  

「……ご指導、ありがとうございました」

「うむ」


 命を奪うつもりで挑みかかったが……ローズメイにとってはセルディオの言葉など、力の差を弁えない子供をあしらう程度の感覚だったのだ。

 実力の差を痛感させられれば、もはや争う気にもならない。ただただ言いようのない戦力差を実感し、無力感に苛まれるのみであった。

 そうして自分を一瞥もせずに去っていく黄金の女の足取りを耳にしながら、知恵を絞る。


 勝てる気がしない。馬鹿力も剣術の冴えも一級であり、同時に空恐ろしいほどに実戦慣れしている。


「……いや、そもそも、もう無理か」


 セルディオは苦笑した。

 アンダルム男爵家は既に危険である。元々家中でも、軍備と練兵に力を注ぐ父の事を危険視する動きもあった。それでも父は政務においては優秀だったし……騎士団という暴力機構を有していたため、統治に異常は発生しなかった。

 だが……父の虎の子の騎士団は、ローズメイ一党に叩きのめされた。まだ父には生還した兵は大勢いるから即権力を失う訳ではないが……それでも発言力は弱まるだろう。



「…………」


 セルディオは頭蓋の割れるような痛みの残滓が鎮まるのを待ちながら考える。どうせ眠れそうにない。

 騎士ハリュに教えられたことを思い出す。……狼龍シーラ。それはサンダミオン帝国から支援された凶悪な戦闘獣。帝国の目的は、『ガレリア諸王国連邦』を内部かく乱させるため。

 だが、あいにくと父の野心は、あの黄金の女ローズメイに粉砕されつつある。

 バディス村の事件も、そして父が野心の尖兵として鍛えた騎士団も、全てあの黄金の女がどうにかしてしまった。


 これはもう、敗戦に等しい。

 セルディオは考える。どうにかしてあの黄金の女と和平を結び、アンダルム男爵領の存続の為に行動せねば。

 それにはまず、サンダミオン帝国の影響力をどうにか排除しなければ――。



 セルディオは、この時。

 氷の塊が背中を這い回るような恐怖を覚えた。

 もう、父であるビルギー=アンダルム男爵は詰みである。



 だが、サンダミオン帝国には、まだ打つ手が一つ残っている。



 

 そしてこの予想が正しければ。

 自領に走らせた早馬は騎士団の大損害を知らせているはずだし。

 それを知った、サンダミオン帝国の走狗である屍術師は、目端が利くならもう行動を開始しているはず。



 セルディオは歯を噛み締めた。

 彼は脳内で敵の繰り出す一手をおおよそ予想をしていたが、もうすでに止めに入れる距離ではない。


「……父上」


 セルディオは小さな声で溜息を洩らし……おそらく。父の訃報か、亡骸に対面することを覚悟し。


 彼は後に、アンダルム男爵領の死者の軍勢の一員となった父の屍と対面する事となる。

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