第13話 俺とアビス姫のデート
朝になって目を醒ますと、俺のベッドの上にアビス姫が看病する形で眠っていた。
俺は、昨日のアレが悪夢であった事を願う。
しかし、俺の前にいるのは、愛するトラッシュではなく、アビス姫だった。
俺の寝ている上に頭を乗せて、スヤスヤと寝ている。
通常ならばドキドキする所だが、俺にとっては彼女は憎い仇だった。
それでも、彼女に危害を加える事はせずに、俺はベッドから抜け出していた。
(いくらアビス姫でも、実の妹であるトラッシュを殺す事はないはず……。
きっとネタがあるはずだ。
まずは、トラッシュの姿をした剥製を調べてみなければ……)
俺は、寝ているアビス姫を尻目にして、トラッシュの剥製がある食堂へ向かっていた。
時刻は深夜だったが、王宮では明かりがあるために行動する事ができる。
俺は迷いながらも、夕食時に来た食堂へ辿り着いた。
俺は、動揺しながらも、トラッシュの剥製があるかどうかを確かめる。
俺が食堂に入って、トラッシュの剥製を探していると、突然に声をかけられた。
「ふーん、そんなにトラッシュを諦められないんだ……。
あの子のどこがそんなに魅力的なのかしら?」
俺の背後にいたのは、アビス姫だった。
彼女も戦闘訓練を受けているのか、気配を殺して俺の背後に立つ事ができていた。
もっとも、俺と彼女の位置に距離があるから攻撃しなかっただけに他ならない。
実践ならば、この部屋に入った時点で彼女を拘束するなり、殺すなりしていた。
敢えて彼女を誘い出し、ここにあったトラッシュの剥製を教えて貰うことにする。
俺が食堂で探したが、すでにどこかへ移動された後だった。
「アビス姫か。
タヌキ寝入りしている事は分かっていた。
俺が部屋から抜け出した後には、誰か付いて来ていたからな。
まさか、本人が護衛も付けずに、俺の周囲をうろついているとはな。
分かっているのか?
今の俺は、トラッシュを失って、あんたを殺す可能性もあるんだぜ?」
「私も一国の王女です。
仮に、スカイが怒りに身を任せて攻撃して来るくらいならばいなすことはできます。
厄介なのは、完璧に計画を立てられて暗殺されるくらいなものです!」
「俺とアビス姫の実力は、拮抗しているというわけか……。
あなたなら、俺の探している者を分かってはいるはず……。
トラッシュを出して貰おうか?」
「残念ながら、トラッシュはもういません。
あのトラッシュの剥製が、彼女の本当の死体ですよ。
顔も、胸の形も、本物そっくりだったでしょう?
彼女は、生きていてはいけないのです。
私があなたと結婚するためには、最大の障害でした。
なので、取り除いただけです!」
「ならば、せめて、あのトラッシュの剥製を見せて欲しい。
あれを見れば、俺も納得できるかもしれない……」
「それは、できない相談です!
もしも、本当に確認したいと言うのであれば、今ここで約束して貰わなければ……。
私とスカイが結婚するという証をね……。
もしも、トラッシュが本当にいない事を悟ったら、あなたは自殺する可能性もありますし……。
その条件を飲むと言うのなら、私はアレを見せても構いませんけど……」
「くう、そんなに俺とトラッシュの結婚を取り止めにさせたいのか?
アビス姫は、どうしてそこまで俺にこだわる?
あなたなら、この星の誰とでも結婚できるだろう?」
「そうですね……。
ここは、茶化さずに真実を教えてあげましょうか?
最初会った時から、私はあなたの事を愛していました。
一目惚れと言われても良いですし、軽い女だと思われても結構です!
この星の誰にもスカイは渡しません!
オーシャンだろうが、もう1人の私だろうとも……」
「分かったよ……。
アビス姫と結婚する……。
だから、トラッシュの剥製を見してくれ。
最後に、ちゃんとお別れしたい!」
俺が諦めたようにそう言うと、彼女はこう返して来た。
「ダメです!
口約束などいくらでもできます!
本当に、私を愛している事を証明しなければ、アレを見せる気にはなりません!」
「なんだと……」
「うふふふふふ、明日から私と一緒にデートしてください!
郵便配達の仕事を一緒に行うだけで結構です。
『雲』地区を案内してください。
その為に、配達用の飛行艇も2人乗りを用意したのですから……。
武術の腕もさっき見せましたし、安全面では問題ないでしょう。
それに、私はスカイに殺されるなら本望ですから……」
「殺しはしませんよ……。
俺とトラッシュとの約束を果たすには、もうあなたがいないと果たせませんから……。
俺とあなたとの子供を産んで、トラッシュの前で懺悔してもらいます!
それが、今俺が彼女にできる最善の事だから……。
怒りで我を失う事はありません……」
「ふふ、明日のエスコートを楽しみにしてますわ♡
トラッシュの剥製は、大切に保管してあるから安心しなさい!」
俺は、アビス姫から逃げるように出て行った。
しばらく彼女の顔を見たくない。
思い返すのは、俺とトラッシュとの思い出ばかりだった。
『王宮の庭』に行き、トラッシュを探す。
本当に彼女が無事ならば、ここのどこかで眠っているはずなのだ。
俺は、あり得ない可能性を探り始めていた。
朝になるまで、俺はトラッシュを探す。
すると、オーシャンが俺を見つけて声をかけて来た。
俺は、生ける屍のように、トラッシュが行きそうな場所を探していた。
「おーい、スカイか?
ここで何をしている?」
「ここに、トラッシュが帰って来ていないか?
あのトラッシュの剥製でも良い……。
ずっと探しているんだが、見当たらないんだ!」
「ここには帰って来てもいないし、アレも見当たらない。
長年愛していた者が、突然いなくなるのは辛いものだ……。
だが、現実を受け入れて進み事も大切だぞ。
私に言えるのは、こんな事だけだ……。
この苦しい状況でも、仕事や家族が癒してくれる。
アビス姫に出会うのは辛いかもしれないが、お前にとっては彼女も家族の一員だろう。
なんとか、彼女とも仲良くしていくんだ」
「分かっている……。
だが……、気持ちの整理ができない……。
今日から一緒に生活したり、仕事に同行するそうなのだが……」
「ふう、仕方ないな……。
ならば、私も一緒に行動しよう。
2人だけでは不安だしな……」
「すまない……。
彼女とも仲良くできれば良いのだが……。
昨日のような事で、俺の気持ちが整理できていない……」
オーシャンは、俺の顔を真面目に見て、同情していた。
しかし、プッと吹き出すような声を出していた。
俺は、思わず彼女を見る。
「いやあ、四六時中緊張していたので、お腹がね……。
女性でも、屁をへる事はあるんだ……。
気にするな……、むしろ忘れてくれ!」
「オーシャンも緊張していたんだな……」
「ああ……、王宮だしね」
オーシャンも真剣にトラッシュの行方を考え始めていた。
あの剥製に疑いの目を向ける。
(とはいえ、トラッシュの剥製は何だろうな……。
まずは、アレの確認が先か……。
本当にトラッシュの剥製か、トリックか……。
いずれにしても、アビス姫は一筋縄ではいかない娘らしいね……)
俺とオーシャンは、飛行艇の準備を整えて、仕事の準備をする。
アビス姫も一緒なので、いつもとは違ったルートで飛行する事にした。
オーシャン自身も行きたい場所があるらしい。
「今日は、アビス姫も初日だ。
危険なルートは避けて、この辺を飛行するというのはどうだい?
私的には、海という物が見てみたいのだが……」
「海か……。
行ってみようか?」
この星では、重力が変動した事によって、水が四散する危険があった。
水が無くなってしまえば、俺達は枯渇するしかない。
そこで、ある程度の水を確保する措置がとられて、『島(二スィ)』の内側に淡水の湖と海水の海が形成されたのだ。
人工太陽の元、循環システムによって水を綺麗にしている。
泳ぐ事もできるレジャー施設となっているのだ。
「お姫様も一緒だ。
午前中に仕事を終わらせて、午後は海水浴といこう!
水着の準備も忘れずにな!」
「はあ、トラッシュもいれば……」
俺がそう呟くと、オーシャンにど突かれる。
さすがに、ウザいのだろうか?
オーシャンは、俺を励ますためにこう語る。
「アビス姫の機嫌が良くなれば、トラッシュも解放されるだろう。
彼女は、スカイを独占したいという思いから、トラッシュを拘束している気がする。
実の妹なら、殺す事はないと思うが……」
「そうかもしれないね……」
俺とオーシャンは、アビス姫の機嫌を良くする事にした。
このデートを彼女を楽しませるものにするなら、囚われた可能性のあるトラッシュが解放されるかもしれない。




