18-3
「リトルフラワーズに写ったかつての少年は、交渉の末に我々の取材を受け入れてくれました。彼が体験した北岸戦争は真実であり、ここは彼が行きついたあの場所でもあります」
LittleFlowersが撮影された場所、そこはバス停のロータリーから少し離れた場所にある商業ビルのふもとで、ビルそのものは当時からは建て直されてはいたが、テナントが入っていないのか一階部分はほとんどシャッターが下りていた。
雨のせいもあるだろうか、樫尾町の中心街と言って差し支えない場所なのに、人影はまばらで、離れた待合のベンチには老人が座っているだけだった。
桐生さんが構えるカメラに目を向けて、妙にかしこまった口調のカヲルさんが僕に向かって歩いてくる。
カヲルさんは当時の情景を身振り手振りで僕を交えて、そのロータリーの待合所付近で再現して見せる。そして僕にカメラが向けられる。
「撃った兵士の姿を君は見た?」
「いいえ、銃声を聞いただけです」
「君が駆け付けた時には彼女は撃たれた後だった?」
「はい、瓦礫の上に仰向けになって倒れていました」
「彼女の様子はどんな?」
「胸を撃たれて、息を引き取る、その……直前でした」もう目の前が真っ暗になったりはしない。胸の鼓動が早まって体が動かなくなることもなかった。
「その時……彼女は君に何か言っていた?」
だけど、涙が出た。やっぱり悔しくて、悲しくて。どんどん涙があふれてきた。ごめん、奥田。今はもうこうするしかないんだ。僕に出来ることはこれしかない。君を助けられなかった僕が出来ることは。
「ええ彼女は……彼女が話していたのは、その……外国語だったので全てはわかりませんでしたけど……、多分助けてって言っていたんだと思います。華南語で、そういう言葉だって、後になってから知りました」
あの時君は死にたくなかっただろう。懸命に助けてって言いたかったと思う。
僕みたいな頼りない奴にでも無我夢中ですがって生きたかっただろう。
それでも君から、君の口から出た言葉は僕への感謝の言葉だった。
そして目を閉じた。
微笑みをたたえながら。
あの日と同じような曇天が空に広がっている。ただ、もう黒い雨が辺りに降りかかることはない。澄んだ水が細かな縦線を描きながら僕らの周囲を包んでいる。
僕もカヲルさんもそれ以上の台詞が続かなかった。二人ともカメラの前で立ち尽くしているだけだった。涙も鼻水もぬぐうことを忘れて、何分もそうしているだけだった。
やがて後ろからカヲルさんに肩を抱かれた。撤収の合図だ。皆川さんが左手を上げて撮影終了を告げようとした時、もう開かないと思っていた唇が音を発した。
「……なさい。助けられなくって、ごめんなさい。今まで何もできなかった……許して。君のことは、忘れたことはない。そして、これからも、忘れない」
二日後、撮影スタッフの車で南辺の町に戻った僕を待っていたのは両親と美咲だった。対してカヲルさんの事務所はえらい騒ぎになっていた。皆川さんはまだ北岸市の病院だ。
ネット上じゃ喧々囂々(けんけんごうごう)の勝手な憶測と議論めいた雑談が飛び交っていた。皆川譲二と嶋田カヲルっていう強力なビッグネームのコラボレーションはその内容も相まって、世界中に伝播し続けている。けど、この国のテレビ業界はまだ陰でこっそり様子を見ているといった態で、お茶の間にまでまだ映像は届いていない。
そこにありとあらゆる利害関係があることは知れる。都合の悪い真実を流さないという姿勢は今に始まったことではない。カヲルさんの事務所も沈黙を貫いているようだし、カヲルさんのブログも閉鎖したままだ。竹田島関連の報道なども一切ない。
表向きは、だ。
こちら側の情報筋によると、裏の方じゃこんなことが進んでいたそうだ。ああ、情報筋ってのは大島さんの事だ。彼は総務省諜報部情報課の課員。そう、この国のれっきとした諜報機関の現役スパイだ。
もう、どうだっていいってのが、それを聞いた僕の感想だ。
皆川さんからすれば、秘匿しなければいけない仕事なら、その仕事をする部署だって秘匿すべきだろうって、だからこの国に諜報機関は存在しないってことだそうだ。訳が解らないよ。
なんでそんなポジションの人物が皆川さんの陣営にいるかって? 政治家も党派も派閥も様々であれば、官僚だって一枚岩じゃないってことだ。
イムを足止めするために口座を止めたのもこの人の仕業だ。そんなことが出来るなら僕の口座の預貯金額も操作して減額したんだろって言ってみたけど、それはしてないらしい。残念。
とにかく、そういう筋の情報によるとだ、政府は竹田島へと国防軍部隊を展開し、矢部元首相拉致監禁の容疑で首謀者とされる後藤雄輝を確保。矢部元首相は無事保護された。
ただし、これは国防軍情報部による内部報告によるものであり、司法の介在を許さない案件により法的拘束力は発動しない。よって後藤と矢部および竹田島駐留の国防軍部隊の関わった、一連のイムウァ・レイランにまつわる事変は内部機密文書として永久に封印される運びとなった、んだそうだ。
まあ、矢部元首相の約二日間の失踪は、外向きには天候不良により船が出航できなかったとでも言って済まされている。
同時にイムウァ・レイランの名は裏社会の名簿から永久に抹消され、合衆国は一連の極東工作戦を一時凍結するとした。一時凍結ってことは終わってはいないという事でもあるけど、現段階ではあちらもこちらも皮算用だ。あと、加賀さんたちの消息はつかめてない。あれだけの規模で暗躍していた合衆国諜報部員たちは霞のようにどこかへ消えてしまった。
あと一つ。その加賀さんに脚を撃たれて北岸市内で入院してる三浦さんこと、レイは一週間以内に退院するって話だ。
僕が得た情報はそのくらいかな。ああ、イムは加田屋の実家に戻ってるそうだ。元気にやってるらしい。
防潮堤の上に腰かけながら南辺の美しい海岸線を眺めていた。この海岸を見るのがずいぶん久しぶりに思えた。それにもう一度見られることが嬉しかった。
だけど、そんな僕のセンチな気持ちを察することもなく、美咲は僕を追い立てて舌を出して笑っている。優しくない、彼女なのにちっとも優しくない。
「だいたいね、伸也はお人よしなのよ!」
「もう、その話はいいよ」
美咲から怒られるのはこれで何回目だろう。彼女にとっても今回はショックの連続だっただろう。宿でカヲルさんに電話を代わってもらった以来音信不通で、その後いきなり花屋のお客さんからネットの映像に僕がカヲルさんと映っていることを知らされたのだから、もうそれは訳が解らなかっただろう。
しかも自分の彼氏は号泣しながら意味不明なことを叫んでるときた。
指の処置を終えた皆川さんと一緒に車で帰ってくる途中、ずっとどう言い訳したものかを考えたけど、答えは出なかった。結局僕の両親には四年前の出来事からすべてを話すより仕方がなく、何時間もかかって“他言無用”と釘を何度も刺しつつ説明をした。
もちろん怒られた。
なんでそんなこと黙っていたんだって。だって仕方がないじゃないか。僕は記憶を失っていたんだから。
こっちに帰ってきてからしばらくはその話題が尽きなかった。地元や写真学校の方々の友達からも声を掛けられたが、まあ、僕がLittleFlowersの少年だって事はもう回避しようがない事実で、誤魔化すことも出来ないから素直に認めて頭を掻いた。
「だからあたしはあの時、行かないでって……言ったのに」
「美咲が? そんなこと言ったか?」
「言ってないけど、言った!」
「何だよそれ、意味わからねぇ」
「また帰ってきて泣きつかれるのも嫌なのよ!」
「だれが!」
「泣いてたじゃん! 今回だって動画の中でびぃびぃ……ま、カヲルさんはかっこよかったけどねぇ?」
かっこ悪いけど、今だって泣きだしそうだ。あの怒涛の一週間を思い返すと。
でも、言われっぱなしじゃ腹も立つ。だから懸命に抗戦を試みた。
「おっ、俺だってあの時は必死で! だって、彼女は何も……だから……もうちょっと……しくしてくれたって……いいだろ」
それでも出た言葉は弱っちい。恥ずかしくなって美咲から顔をそむけた。
「いいよ」
「なにがだよ」ふてくされ両ひざに顔をうずめる僕の右の耳に彼女の声が咲く。
強い海風に吹かれても凛と咲き続ける一輪の花のように、僕の真横で大きく両手を広げる彼女がいた。
「泣いたっていいよ……おかえり」
僕は彼女に向きなおり、柔らかな両頬を伝う涙を両手でそっと掬い取る。
「バカ言うな。俺は男だ……それに…………ごめんな、ありがとう」
構わず美咲が広げた両手ごと、細い身体を強く抱きしめた。
いつになく――いや、初めてだったかもしれない。
彼女はいつまでも僕の胸の中で泣きじゃくっていた。




