9-1
今回からさらに部数を分けようかと・・・・さすがに一部、五千文字越えたらしんどいかもな、と。
「伸也君、ちょっといいかしら? 起きてる?」この声は加賀さんだ。僕は会議を続ける三人をよそに、宿の一室で座布団を枕に転寝をしてそのまま朝を迎えてしまったようだ。皆川さんの陰謀論の本が傍らに転がっている。
今何時だ? まだ……八時か。いや、もう八時か。
「いいですよ、入ってください」
眠い目をこすり、とりあえずあたりに散らかった荷物を壁際に寄せ、居住まいを正して彼女を迎えた。きっと一昨日の奥田の件の報告に違いない。
「遅くなってごめんなさい。昨日の事だけど」ああ、正確には昨日なのかな。加賀さんは僕に合わせて座卓についたが、そこから身を乗り出し僕の顔を覗き込むように話す。目が真剣だ。
「伸也君、よく聞いて」
「言われなくても――」どうもこういうのは苦手だ。加賀さん顔が近いよ。それに妙に眠い。まだ頭が半分も起きていない。
「今は他言しないって約束して頂戴」
「今は? ええ、まあ、かまいませんけど……」
「あなた、件の写真学校の同級生の子がこっちに里帰りで来ているって言ってたわよね。その子の実家は判るの?」
「ええ、住所ですよね? わかりますよ。ええと加田屋町だったかな」中学の同級生の奥田美和の住所じゃない、今の奥田美和の実家の住所だ。もしかしたら、後日ロケから解放されたら遊びに顔を出すかもって、奥田に住所を聞いていたんだ。
「なら、私を案内してくれないかしら? 加田屋ならここからなら十五分もあれば着けるわ」
「えっ、今から? なんで? どうしてそうなるん……ですか?」
「直接訊きたいことがあるのよ……」一瞬加賀さんが舌打ちしたように見えた。なんだろうこの気迫というか、焦燥感というか。
「電話じゃダメなんですか」
「電話じゃ怪しまれるでしょ、私は彼女に会ったこともないんだから。それとも伸也君の都合が悪いの?」いや、なにも後ろめたいことなんてない。ただ昨日ほとんど一日一緒にいたのに、また今日になって出向くってのも何だとは思うんだけど。どんだけ初々しい恋人だ、って感じだ。
「じゃあ、ご飯食べてからでもいいですか? それに皆川さん達にも断っておかなきゃいけないし……」
「彼らには私から伝えておいたわ、それに時間もかからないから、昼までには戻って来れるようにするわ。ね? おねがい」
結局僕は加賀さんの弁に抗しきれず、一緒に奥田家へ向かう羽目になる。なんだか年上の女性からお願いとかされるとすごく断りにくい。まあ、出向いて失礼になる時間帯ではないだろう。ただ、久しぶりの家族団らんを朝から邪魔してしまうことにならないだろうかと、少し引っかかる
。
とりあえず連絡は入れておいたほうがいいだろう。僕はメールで簡単に説明をして、今から時間を作ってほしいと打ち込んで送信する。なんだかなぁ、気乗りしないや。
「あの、今日のロケ、僕は内容を聞いていないんですけど……加賀さん聞いてます?」
「今日は午後からよ。まだ連中は寝てるわ。そういう時はたいてい夕方から動き出すのよ」随分おざなりな言い方だな、と思う。夜中までごそごそと話し合っていたのは気づいていたけど、貫徹でもしたのかな。
常宿にしている朝霞荘のある町から加田屋までは三角州の東側の橋を一本渡らなければいけない。この時間帯は混雑するらしく、思ったよりも時間がかかりそうだった。
途中でコンビニに寄ってパンとコーヒーを買ったのだけど、加賀さんは野菜ジュースのみだ。ダイエット中なのかな。
「伸也君。あの時君はどうして樫尾町に向かったの?」
「どうして……どうしてなんでしょうね。今はよくわかりません。あの時は行かなきゃって思って夢中でしたから、後先のことまで考えてなかったっていうか――」
ナビゲーションを操作しながら加賀さんは質問を続ける。
「そこで皆川さんと出会ったのでしょう?」
「ええ、皆川さんが僕を助けてくれました。今じゃなんだか信じられませんけどね。その時の記憶も抜け落ちてるんで」多少おどけて言ってみた。だが加賀さんは前に向き直り車を発進させながら続ける。
「あの人は、あれはあれで意外と真面目なのよ。表側に見せている顔ばかりがすべてじゃないってこと。君もそろそろ覚えたほうがいいわ」
なんで加賀さんはそんなことを僕に言うのだろう。何かの警告だろうか。皆川さんはやっぱり怪しむべきという事なのか。
「伸也くん、君は朝華教国が憎い?」
「いえ。もう、そういう気持ちじゃないです。立場を変えれば見方も変わるから……正直なところ僕はどこにいればいいのかがわかりません。皆川さん――いえ、カヲルさんも含めて彼ら撮影スタッフはどちらかというと政府の失策に憤りを感じてるみたいです。だけど、僕はたまたま一緒にいるだけだし、そこまでのことはわかりません……」
本当の気持ちだ。今は心をどこにもっていけばいいのかが解らない。カヲルさんのように何かに向けて怒りをぶつけるほど僕の記憶ははっきりとしていない。それに記憶が戻ったとしてもやはり同じことだと思う。
詮無い事だと息をついて、コーヒー牛乳のストローを口に付けたところで、加賀さんは「彼らが君を呼んだのは偶然じゃない」と、早口のように抑揚のない声で、確かにそう言った。




