エピローグ 地獄はまだ、終わらない
ジニアス・スコットが死んでから一ヶ月が過ぎた。
俺の左腕は戻らない。
当たり前だ。病院のベッドで目を覚ます度に、無くなった腕を探してしまう。
そして思い出す。
407号室。
あの男。
あの夜。
もう終わったことだ。そう自分に言い聞かせる。
だが傷跡だけは残った。
身体にも、頭の中にも。
退院した日、ラモンがやって来た。
珍しくスーツ姿だった。
「似合わねぇな」
俺が言うと、ラモンは鼻を鳴らした。
「うるせぇ」
そして、突然頭を下げた。
深々と。驚くほど真面目に。
「おい」
「聞け」
ラモンは顔を上げなかった。
「あの時、お前は俺を庇った」
静かな声だった。
「俺なら見捨ててたかもしれねぇ」
俺は何も言わない。
「借りは返す」
ラモンは言う。
「今日から俺はお前の下につく」
沈黙。
数秒後、俺は煙草に火をつけた。
「好きにしろ」
ラモンが笑った。
「そう言うと思った」
その日から、ドノバンファミリーはさらに大きくなった。
ラモンの組織。
俺の組織。
それぞれの仲間達。
周辺一帯で俺達に逆らう奴はいなくなった。
少なくとも、表向きは敵なしだった。
だが、それから二週間後。
ジャックから連絡が来た。
『集まれ』
それだけだった。
嫌な予感がした。
倉庫へ向かう。
ラモン。
ジェイク。
いつもの面子。
全員揃っていた。
ジャックだけが妙に険しい顔をしている。
「どうした」
俺が聞く。
ジャックは何も言わずノートパソコンを開いた。
画面をこちらへ向ける。
全員の顔色が変わった。
「……嘘だろ」
ラモンが呟く。
例のサイトだった。
ジニアスが運営していたはずの場所。
閉鎖されていない。
それどころか、更新されていた。
新着商品。
新着投稿。
全部増えている。
沈黙が落ちた。
「ジニアスは死んだ」
ジェイクが言う。
「ああ」
ジャックが頷く。
「だから調べた」
キーボードを叩く。
新しい画面が表示される。
「ジニアスのPCだ」
俺達は黙って見ていた。
「分かったことがある」
ジャックの顔は暗かった。
「ジニアスはDr.Deathじゃない」
誰も動かなかった。
理解が追いつかない。
「何だと?」
ラモンが聞く。
ジャックは答えた。
「おそらくジニアスは、製造担当の一人だ」
冷たい声。
「誘拐、解体、商品化、そして販売員」
俺の背筋が冷える。
「つまり」
ジャックは画面を見つめたまま言った。
「あいつも駒だった」
倉庫が静まり返る。
ジニアスは黒幕じゃない。
あれだけの地獄を作った男ですら。
末端だった。しばらくして、ジャックは最後の資料を机へ置いた。
「もう一つある」
写真だった。
数枚。
監視カメラ。
失踪届。
新聞記事。
全部同じ地域を指している。
「隣町だ」
ジャックが言う。
「ここ最近、ギャングの失踪事件が急増してる」
俺は資料を見る。
全員犯罪者。
全員裏社会の人間。
そして、誰一人帰ってきていない。
「偶然か?」
ジェイクが聞く。
ジャックは首を振った。
「俺はそう思わない」
沈黙、嫌な予感だけが膨らんでいく。
窓の外では雨が降り始めていた。
静かな雨だった。
俺は煙草を取り出す。
火をつける、紫煙が天井へ昇る。
「行くか」
俺は言った。
ラモンが笑う、獣みたいな顔で。
「ああ」
ジャックはパソコンを閉じた。
ジェイクが立ち上がる。
誰も迷わない。
まだ終わっていない。
407号室の男は死んだ。だが、本当の地獄は、その先にあるのかもしれない。
雨音だけが静かに響いていた。
――完――
ここまで『407号室の男』を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は私にとって初めてのホラー作品への挑戦でした。
もっとも、私は幽霊や宇宙人といった存在をあまり信じていません。そんなこともあって、本作は怪異やオカルトではなく、「人間そのものの恐ろしさ」を描く作品になりました。
書き始めた頃は純粋なホラーになる予定だったのですが、気が付けばいつものように友情や因縁、信念のぶつかり合いといった人間ドラマが中心になっていました。良くも悪くも、これが私らしい作品なのだと思います。
ジニアス・スコットという男も、ただの怪物ではなく、一人の人間として描きたいと考えていました。彼の行いは決して許されるものではありませんが、なぜそうなったのかを知った時、少しだけ見え方が変わる。そんなキャラクターになっていれば嬉しいです。
また、本作は一応完結ではありますが、エピローグで描いた通り、まだ回収していない謎も残されています。書いていて非常に楽しかった作品なので、機会があれば続編や関連作品を書くかもしれません。
そしてもし、この作品を読んで少しでも私の作風に興味を持っていただけたなら、他の作品にも目を通していただけると嬉しいです。
改めて、最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました。
また次の作品でお会いしましょう。




