第8話:雨のハイウェイと、偽りのない言葉
外は、いつの間にか冷たい雨が降り出していた。
黒塗りの高級セダンの助手席。ワイパーが規則的な音を立ててフロントガラスの雨粒を拭い去っていく。
ハンドルを握る蓮さんの横顔は、いつものように険しく、引き締まっていた。
「いいか、お嬢。本拠地に着いたら、お前は車から出るな。俺が全部片付けるまで、鍵をかけてここで待て」
「でも……」
「命令だ」
彼の低い声には、一切の妥協がなかった。
これから敵の巣窟へ乗り込むというのに、彼の最大の関心事は今も私を危険から遠ざけることだけだ。その過保護すぎる態度に、少しだけ胸が温かくなる。
助手席の窓の外に流れるネオンの光が、フロントガラスを歪ませる。
私はそっと、自分の手を彼の太ももに置いた。ハンドルを握る蓮さんの手がわずかに震えた。
「……蓮さん、怪我はもう大丈夫ですか?」
「……あぁ、絆創膏のおかげでな」
彼はわざとらしくそう言って、口元を少しだけ緩めた。
あの日貼った、ちょっと可愛らしい犬の絆創膏を彼はまだ剥がしていなかった。
「もうすぐ着く。……もしもの時は、この車で屋敷の方へ逃げろ。組の若い衆を数人つけてある」
「蓮さんはどうするんですか?」
「俺は、お前の父親との約束を果たさなきゃいけねぇからな」
蓮さんはそう言って、いつものように少し乱暴に私の頭を撫でた。
不器用で、言葉足らずで、けれど決して私を諦めない。そんな彼の優しさに触れるたび、私の中で膨らんでいくこの気持ちが、本物であると確信できる。
セダンが速度を落とし、古びた倉庫街の一角に滑り込む。
敵対組織『白蛇組』の本拠地だ。薄暗い照明の下、数十人の黒服の男たちが待ち構えているのが見えた。
「……待っててくれ」
蓮さんはそう呟いて、重いドアを開けた。
冷たい雨が彼の黒いスーツを濡らす。振り返った蓮さんの瞳は、獲物を狙う猛獣のように冷たく、そして美しかった。
私は車の中から彼の背中を見つめながら、どうか無事でいてほしいと、両手を強く握りしめて祈り続けた。
第8話・完
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