第11話:花束と、不器用なプロポーズもどき
抗争の夜から数日。
私たちの間には、以前よりもずっと柔らかい空気が流れるようになっていた。
あの倉庫街での事件をきっかけに、涼風組と黒龍組の間には不可侵の協定が結ばれ、私たちを狙う敵対組織の影は完全に消滅した。つまり、期間限定だったはずの「偽装婚約」の契約も、自然消滅のような形になっていた。
それなのに、蓮さんは私を屋敷へ帰そうとしない。
この高級マンションの寝室で、毎晩のように私を腕の中に閉じ込めて眠るのだ。
「……おい、ぼーっとするな。コーヒーが冷めるぞ」
リビングのテーブルには、今日も綺麗に淹れられたコーヒーが置かれている。
マグカップの横には、小さな花瓶に生けられたピンク色のガーベラが飾られていた。今朝、蓮さんが無造作に買ってきてくれたものだ。
「ありがとうございます、蓮さん。お花、すごく綺麗です」
「……あ? 花屋の店員に『お嬢さんにぴったりだ』と勧められただけだ。飾らねぇと枯れるだろ」
彼はそう言ってぶっきらぼうに顔を逸らしたが、その耳元がほんのりと赤い。
不器用で、けれど私を喜ばせようとしてくれるその姿が、本当に愛おしい。
私はコーヒーにそっとミルクと砂糖を入れ、一口飲んだ。
もう苦く感じない。彼の作る甘さの中に、少しのほろ苦さが混ざっている。その味が、今の私たちの関係そのものだった。
「ねえ、蓮さん。私たち、このままここでずっと一緒に暮らすんですか?」
私が何気なく尋ねると、蓮さんは新聞から目を離し、射抜くような鋭い瞳で私を見つめた。いつもの強面だけれど、どこか真剣な色が混ざっている。
「……お前、ここを出ていきたいのか?」
「ううん、そうじゃなくて……」
私は小さく首を振った。
蓮さんがいない生活なんて、もう考えられない。
彼は立ち上がり、私の前まで歩み寄ってくると、大きな手で私の頬をそっと包み込んだ。火薬や鉄の匂いではなく、石鹸とタバコの落ち着く匂いがする。
「いいか、お嬢。俺はもう、お前を他の男の傍に置く気はねぇよ。お前は俺の女だ。そのうち、俺の姓を名乗らせて、涼風組の親父にも正式に挨拶に行く」
「え……それって……」
「プロポーズだ。分かったら、覚悟しとけよ」
それは言葉足らずで、少し横暴で、彼らしい不器用なプロポーズだった。
でも、彼の瞳には確かな誠実さと、一生をかけて私を守るという強い意志が宿っている。
私は胸がいっぱいになり、彼の大きな手に自分の手を重ねた。
「はい。喜んで、蓮さん」
蓮さんは少しだけ口元を緩め、私の額にそっと口づけを落とした。
私たちの危険な契約から始まった恋は、確かな絆へと変わっていた。
第11話・完
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