この物語について
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
本作は【ソウル・トランジットシリーズ】第三作にあたる作品です。
もともとはホラー作品として始まったシリーズだったのですが、作品を重ねるごとにジャンルが変わっていく、不思議なシリーズになっています。
特に今回は前二作とは異なり、登場人物に共通キャラクターはおらず、「天部が魂を見守る世界」という設定だけを引き継いだ作品となりました。
このシリーズでは、天国と地獄の間に様々な「界」が存在し、魂はその状態に応じてそれぞれの界を巡りながら、最終的な行き先へ向かいます。
今回の舞台となったのは、生と死の狭間にいる魂が穏やかに過ごすための場所として作られた仮存界です。
前二作では、天国側の神の使徒である天部に加え、地獄から派遣された鬼も登場しましたが、今回は鬼は登場しません。
また、他の界と比べても仮存界はトップが良い人だからなのか、天部たちにとって一番ホワイトな職場となっています。
この物語は、私自身が近所で道に迷ったことをきっかけに思いついた作品です。
私の住む街は、江戸へ向かう街道と大きな川のそばに広がっていた田畑を開発してできたこともあり、とても道が複雑です。
農業用水路を埋め立ててできた道はうねうねと曲がり、昔の街道も城を攻めにくくするために曲がりくねっています。その上、ところどころに昔の畦道だったのであろう細い道が残っています。
そのため、少し道を間違えただけで思いもよらない場所へ出てしまうことがよくあります。
そんな細道へ迷い込み、気付けば想定外の場所へ辿り着いてしまった時、「奥野という人物が細道に入り込み、迷う物語」というイメージが浮かびました。
そこから『奥野、細道へ』という作品が生まれています。
そのため、仮存界に暮らす人たちの名前は、『奥の細道』から着想を得て名付けています。
また、現実世界の人物にもそれぞれ意味を込めました。
最初にサッカー選手になる夢を見た兄は「夢人」。
現世で正道を見守る看護師さんは、「生きて帰る場所」という意味を込めて「生方」。
そして加害者の少年は、「坂の下へ駆ける」という意味から「坂下駆流」と、そのままの名前になっています。
この物語は、いわゆる異世界転移ものという形を取っています。ですが、その結末は一般的な作品とは大きく異なります。
主人公は特別な力を手に入れることもなく、むしろ夢や才能を失い、物語の中でも多くの大切なものを失っていきます。そして現実へ戻った彼を待っているのも、新たな力を得た人生ではなく、マイナスからの再出発でした。
こうして振り返ってみると、主人公にとっては決して優しい物語ではありません。
それでも私は、あえてこの結末を選びました。
実は、最初のプロットでは、この先の物語も考えていました。
坂下くんはこの経験をきっかけに理学療法士を目指すようになり、正道くんも社会生活を取り戻して社会人となる。そして、有給休暇で現世へやって来た松尾と料理教室で再会する。そんなエピローグです。
けれど、それを書いてしまうと、この物語のテーマが少し変わってしまうような気がしました。
この物語で私が描きたかったのは、「細道の先」です。
正道は細道を歩く中で、夢も、才能も、大切な人たちも失います。
けれど、細道は行き止まりではありません。
その先には、新しい道があります。
私は、その道を歩き始めた瞬間を描きたかった。
だからこそ、正道が細道を抜け、自らの足で新たな一歩を踏み出したところで、この物語を終えることにしました。
この物語が、皆さまにとって「細道の先」を考えるきっかけとなり、少しでも心に残る作品になれたなら、作者としてこれほど嬉しいことはありません。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
そのエピローグを書くことはやめましたが、松尾の有給休暇の様子を正道くん関係ない形で番外編で執筆させていただきました。
明日、以前にオマケとして発表したものと合わせて短編集として公開させていただきます。




