それは経費で落とそう
俺は自分の部屋でガウン姿のまま大きくため息をつく。
身体が思ったように動かず、恥ずかしいが杉風理事長に背負われてアパートに戻った。
感覚が戻ってきた身体で、何とかシャワーを浴びて海水でベタついた身体を洗い流した。
そうして、部屋のソファーで一息ついたところだ。
松尾はシャワーを手伝うと言ってきたが、それはさすがに恥ずかしいし申し訳ないので断った。
ガウンは一階の倉庫にあったものらしい。身体がだるいので、袖を通すだけで身体を隠せる衣類はありがたかった。
「皆、本当にゴメン。こんな騒ぎを起こして」
俺は部屋にいる松尾と百代に謝る。
「奥野、俺の方こそゴメン。すぐに俺が対応できなくて」
松尾が珍しく動揺しており、俺にしきりに謝っている。
百代も俺の横に座り、心配そうに見つめている。
「いや、よく分からないけど、俺がなんか無茶してしまったみたいで。
今日、松尾も忙しかったんだよね? それなのに俺が面倒を起こしてしまって」
松尾は顔を横に振る。
「彼女は今眠っているから。大丈夫」
新入居者への挨拶もできない。
「松尾、本当にゴメン。それに百代も。心配かけて」
俺は謝るしかない。
俺はゆっくりと拳を握ったり開いたりして、体の感覚を取り戻す。
「コレは事故みたいなものだから、奥野くんはそんなに気にすることはない」
シャワー室から杉風理事長が出てくる。ガウン姿で、頭からタオルを被っている。ダンディーな人はガウンも見事に着こなせるようだ。
濡れた髪を拭きながら、俺の前のソファーに座る。
「海水浴場と同じだ。穏やかな海岸でも事故は起こりうるものなんだ。
その事故が起こった場合、それをフォローし対応するのが我々の仕事だ。
海水浴中に離岸流にうっかり近づいてしまったみたいなものだし」
「でも俺が、余計なことをしてしまったんですよね?」
杉風理事長はゆっくりと顔を横に振る。
「現世に戻りたい。それは今の君にとって当然の想いで、そのために行動するのは正当な行動だ」
俺と杉風理事長を交互に探るように見ていた百代が口を開く。
「……何があったんですか?」
百代がおずおずという感じで聞いてくる。
俺自身も何がまずかったのか分からないので、頭を横に振る。
「通常はね、少しずつ現世との繋がりを図っていくものなんだ。
前に深い階層に魂を沈めてしまっている状態だと話したよね?
そんな魂を急激に表面へと浮上させると負担が大きすぎるんだ」
「でも俺の魂って今ここにいるのがそうですよね? 深い階層から切り離されているのでは?」
「魂そのものはここにいるよ。ただ、本来は魂を守る殻みたいなものの上昇に合わせて、一緒に浮かび上がっていくものなんだ。
君は、その殻がまだ沈んでいるのに、先に魂だけで身体へ繋がろうとしてしまった」
どういう状況だったかは分かるけど、俺は口を開く。
「でも、俺はそんな無謀なことをしようとしたのではなくて、目の前にナースコールが下がっていたので、それをジャンプして掴んで押しただけなのですが」
杉風理事長は俺の言葉を頷きながら聞いてくれている。
「君の真摯で強い想いと、現世の人の感情によって生まれた揺らぎによって、直接繋がってしまったんだと思う。
だから君は全く悪くない。もう気にしないで」
杉風理事長の言葉に松尾が苦しそうな顔をする。
「松尾くんも、そんなに気にしない。
君は今日、重大な仕事をしていてすぐに動けなかったのは当然だ。
その間をフォローし、そこで起こったアクシデントに対応するのが私の役割だ」
申し訳なくて視線を下に向けると、床に置かれた濡れた理事長の衣類が入ったビニール袋が目に入る。
「ご迷惑をかけて本当に申し訳ありませんでした。
杉風理事長、クリーニング代払います」
杉風理事長は笑い出す。
「君はそういうことは気にしなくていい。
そういうものは経費で落ちるから、逆に今回の活躍で新しいスーツを仕立ててもらうのもイイかもね。
手当もついたから臨時収入もいただけたし。
俺としてはありがたい。
逆に松尾くんの活躍の場を奪ってしまったのが少し申し訳ないかな」
「はぁ」
俺と松尾が同時にそんな返事を返してしまう。
この世界での勤労システムはよく分からないが、経費とか手当とかあるんだと思った。
「たまにする現場仕事も楽しいしね」
そう言って松尾に微笑む杉風理事長の様子を見て、この人は良い上司なんだなと思う。
杉風理事長が俺に視線を戻す。
「とはいえ、魂に大きな負担をかけてしまったのは事実だ。
気持ちが急くのは仕方がないとは思うけど、今は戻ることより、戻れる状態を作ることを優先しなさい。いいね」
そう言われて、俺は頷くしかなかった。




